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第九章 胎動
8 羽ばたき
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《ほう。では本人が自分は『エルケニヒ』だと主張していると》
「いや。はっきりそうとは言えねーんだけど……」
与えられた大きな肉の塊を抱え込んでかじっているドラゴンの子ども──本人の主張によれば《エルケニヒ》──を腕に抱えて、リョウマは残った手で後頭部を掻いた。
ここはザイード艦長の部屋である。翌朝になってから、リョウマは人目を避けるため幼ドラゴンをそっと布に包んで、ダンパとともにこちらにやってきたのだ。
テーブルの上に置かれたリョウマの紅石の指輪から、いつものように空中に通信映像が映しだされている。そこにいるのは将軍トリーフォンと《レンジャー》の仲間たちだった。
《レンジャー》のみんなは、驚いた目で食い入るように腕の中の子ドラゴンを見つめている。それはこちらのザイード大佐も似たようなものだった。半信半疑ながらも、一応、礼を失することがないようにドラゴンに対する態度に気を付けているのがわかる。
やがて《イエロー》サクヤが聞いてきた。
《えっとそれ、本当にあのエルケニヒなの? 確かにあのとき、姿が変わってドラゴンになったのは見えたけど》
それはもちろん、あの彗星との衝突の瞬間のことだろう。
「いや、それは俺もわかんねえ。なにしろ言葉が通じねえし。……あいや、こいつはこっちの言うことわかってるみてえだけどさ」
途中で言い直したのは、腕の中のドラゴンが抗議するように「がうがう、がうるるるっ」と吠えたてたからだ。
ついでながら、どうもこいつは自分に「エルケニヒ」と名前を全部言わせたくないように見える。リョウマが「エル……」と言いかけたところですぐに「がうがうっ」と返事をして飛んでくるので、残りの「ケニヒ」まで言わせてくれないのだ。
つまり「エル」と呼んで欲しいということなのだろうか? よくわからない。
わからないけれど、もし本当にこれがあのエルケニヒなのだったら、きっとこうするだろうなとも思える。
そうして、そう思えば思うほどリョウマの胸は痛むのだった。しくしくと。
「こいつ、連れて帰ってもいいんだよな? あと、そっちの状況はどうなってんの」
《ドラゴンは非常に希少性の高い生き物ゆえ、養育のノウハウが分かっている者は少ない。が、いまのところ、基本的にリョウマ殿が世話するというなら問題はないと思う。こちらでも一応、世話をする体勢は整えておくが》
「ありがとう」
「ががう、がうっ」
幼竜はなんとなくバカにしたような声を出した。「養育など必要ない」と言わんばかりだ。妙に不遜な態度にちょっと笑ってしまう。食事をさせればすぐにスープまみれになるし、まだまともに飛ぶこともできなくて世話ばかりかかるくせに、変な自信だけは持っているのがおかしいのだ。
その後、ザイードとトリーフォンは互いの情報交換をはじめた。ザイードは、相変わらず収集した魔王の残留物が時々失われていくという状況が続いていることを報告。トリーフォンたちは地球の現状についての報告をしてくれた。
魔王の存在が消失してしまったことを知っているのは、政府内でもごく限られた者たちだけだ。しかしそれでも、人の口に戸は立てられぬもの。いずれ噂は少しずつ広がって行ってしまうに違いない。
政府内での権力争いは初めと比べれば一見沈静化したように見える。だが、実は水面下での争いは激化しているらしい。魔王不在の間、たとえ代行だとしても政府の実権を持ちたがる輩は予想以上に多かった。誰がだれの支持に回るのかという「根回し争い」が激しくなっているのだ。
支持、不支持の離合集散が繰り返され──おそらくは多くの「袖の下」なども行きかって──次第に将軍サムイルを推す派閥と、とある高位文官を推す派閥とに分かれてきているということだ。ほかに、少数派のいくつかの派閥が三つほど。
《ともあれ、リョウマ殿は早く戻ったほうがよいと思う。両陣営ともに、そなたの立場を疑問視する者らは多い。もともと反対していた者らも含め、魔王陛下の安否に関わりなく、早急に廃位を求める者も多いのだ》
「そーなんすか」
《というか、本来ならあるべきだった配殿下の擁立を祝う式典すら行われておらぬであろう。それゆえ、「そもそもあれは正式な配殿下ではない」と主張する者さえ現れている》
「へー」
正直、「配殿下」などという地位に未練はなにもない。というか、どうでもいい。もともと望んでついた地位でもなかったのだし。そもそも、気が付いたらあのエルの野郎が勝手に人をその地位につけていたというだけの話だ。
だが、最初こそそうだったがエルケニヒのそばにはいたかった。だから最近では、そのために必要な地位なのだと言われれば「それでもいいか」と考えるようにさえなっていたのだ。
しかしエルケニヒが行方不明となった今、その地位になんの意味があるというのか。
「別に俺は……それはどーでも」
「ぎゃうっ! がう、がるるっるる!」
「うわっ?」
急に腕の中の幼竜が暴れ出して、翼をばたつかせ始めた。
と思ったら、抱え込んでいた肉の塊を放り出して宙に浮きあがったのだ。
「え、エル……? 飛べるようになったのか」
とはいえ、大き目の体に小さめの翼なので非常にバランスが悪い。不格好に、体を右に左に傾けながら、なんとか宙にとどまっているような感じだ。
これは、あれだ。人間の子どもが立って歩き始めたときのような感覚なのだと思った。
「すっげえ! 上手! すげえなエル!」
リョウマが手放しで大喜びするのを、ザイードもダンパも画像の向こうのトリーフォンも《レンジャー》のみんなも、なんとなく反応に困ったような顔で眺めていた。そのことに気づいてようやく、急に恥ずかしくなる。
「あ。えっと……ごめん。エル、はじめて飛んだもんだから」
おほん、とトリーフォンがしわぶきを落として話をつづけようとしたときだった。
宙に浮いてふらふらしていた幼竜の姿が白く輝きはじめ、一瞬小さな細かい光の粒に分裂したように見えた。
(えっ……?)
あまりのまぶしさに、思わず手で目をかばう。
凄まじい光が艦長室全体を包み込んだ。次第にその光が消えていき、そろそろと目を開けてみて驚いた。
「えっ……?」
ザイードもダンパも声を失って同じ存在を見つめている。
指輪の映像の中の面々も、みんな同じような顔だった。
部屋の中央。さきほどまで幼い竜が羽ばたいていた場所に、みたところ八歳程度の少年が立っていた。
「いや。はっきりそうとは言えねーんだけど……」
与えられた大きな肉の塊を抱え込んでかじっているドラゴンの子ども──本人の主張によれば《エルケニヒ》──を腕に抱えて、リョウマは残った手で後頭部を掻いた。
ここはザイード艦長の部屋である。翌朝になってから、リョウマは人目を避けるため幼ドラゴンをそっと布に包んで、ダンパとともにこちらにやってきたのだ。
テーブルの上に置かれたリョウマの紅石の指輪から、いつものように空中に通信映像が映しだされている。そこにいるのは将軍トリーフォンと《レンジャー》の仲間たちだった。
《レンジャー》のみんなは、驚いた目で食い入るように腕の中の子ドラゴンを見つめている。それはこちらのザイード大佐も似たようなものだった。半信半疑ながらも、一応、礼を失することがないようにドラゴンに対する態度に気を付けているのがわかる。
やがて《イエロー》サクヤが聞いてきた。
《えっとそれ、本当にあのエルケニヒなの? 確かにあのとき、姿が変わってドラゴンになったのは見えたけど》
それはもちろん、あの彗星との衝突の瞬間のことだろう。
「いや、それは俺もわかんねえ。なにしろ言葉が通じねえし。……あいや、こいつはこっちの言うことわかってるみてえだけどさ」
途中で言い直したのは、腕の中のドラゴンが抗議するように「がうがう、がうるるるっ」と吠えたてたからだ。
ついでながら、どうもこいつは自分に「エルケニヒ」と名前を全部言わせたくないように見える。リョウマが「エル……」と言いかけたところですぐに「がうがうっ」と返事をして飛んでくるので、残りの「ケニヒ」まで言わせてくれないのだ。
つまり「エル」と呼んで欲しいということなのだろうか? よくわからない。
わからないけれど、もし本当にこれがあのエルケニヒなのだったら、きっとこうするだろうなとも思える。
そうして、そう思えば思うほどリョウマの胸は痛むのだった。しくしくと。
「こいつ、連れて帰ってもいいんだよな? あと、そっちの状況はどうなってんの」
《ドラゴンは非常に希少性の高い生き物ゆえ、養育のノウハウが分かっている者は少ない。が、いまのところ、基本的にリョウマ殿が世話するというなら問題はないと思う。こちらでも一応、世話をする体勢は整えておくが》
「ありがとう」
「ががう、がうっ」
幼竜はなんとなくバカにしたような声を出した。「養育など必要ない」と言わんばかりだ。妙に不遜な態度にちょっと笑ってしまう。食事をさせればすぐにスープまみれになるし、まだまともに飛ぶこともできなくて世話ばかりかかるくせに、変な自信だけは持っているのがおかしいのだ。
その後、ザイードとトリーフォンは互いの情報交換をはじめた。ザイードは、相変わらず収集した魔王の残留物が時々失われていくという状況が続いていることを報告。トリーフォンたちは地球の現状についての報告をしてくれた。
魔王の存在が消失してしまったことを知っているのは、政府内でもごく限られた者たちだけだ。しかしそれでも、人の口に戸は立てられぬもの。いずれ噂は少しずつ広がって行ってしまうに違いない。
政府内での権力争いは初めと比べれば一見沈静化したように見える。だが、実は水面下での争いは激化しているらしい。魔王不在の間、たとえ代行だとしても政府の実権を持ちたがる輩は予想以上に多かった。誰がだれの支持に回るのかという「根回し争い」が激しくなっているのだ。
支持、不支持の離合集散が繰り返され──おそらくは多くの「袖の下」なども行きかって──次第に将軍サムイルを推す派閥と、とある高位文官を推す派閥とに分かれてきているということだ。ほかに、少数派のいくつかの派閥が三つほど。
《ともあれ、リョウマ殿は早く戻ったほうがよいと思う。両陣営ともに、そなたの立場を疑問視する者らは多い。もともと反対していた者らも含め、魔王陛下の安否に関わりなく、早急に廃位を求める者も多いのだ》
「そーなんすか」
《というか、本来ならあるべきだった配殿下の擁立を祝う式典すら行われておらぬであろう。それゆえ、「そもそもあれは正式な配殿下ではない」と主張する者さえ現れている》
「へー」
正直、「配殿下」などという地位に未練はなにもない。というか、どうでもいい。もともと望んでついた地位でもなかったのだし。そもそも、気が付いたらあのエルの野郎が勝手に人をその地位につけていたというだけの話だ。
だが、最初こそそうだったがエルケニヒのそばにはいたかった。だから最近では、そのために必要な地位なのだと言われれば「それでもいいか」と考えるようにさえなっていたのだ。
しかしエルケニヒが行方不明となった今、その地位になんの意味があるというのか。
「別に俺は……それはどーでも」
「ぎゃうっ! がう、がるるっるる!」
「うわっ?」
急に腕の中の幼竜が暴れ出して、翼をばたつかせ始めた。
と思ったら、抱え込んでいた肉の塊を放り出して宙に浮きあがったのだ。
「え、エル……? 飛べるようになったのか」
とはいえ、大き目の体に小さめの翼なので非常にバランスが悪い。不格好に、体を右に左に傾けながら、なんとか宙にとどまっているような感じだ。
これは、あれだ。人間の子どもが立って歩き始めたときのような感覚なのだと思った。
「すっげえ! 上手! すげえなエル!」
リョウマが手放しで大喜びするのを、ザイードもダンパも画像の向こうのトリーフォンも《レンジャー》のみんなも、なんとなく反応に困ったような顔で眺めていた。そのことに気づいてようやく、急に恥ずかしくなる。
「あ。えっと……ごめん。エル、はじめて飛んだもんだから」
おほん、とトリーフォンがしわぶきを落として話をつづけようとしたときだった。
宙に浮いてふらふらしていた幼竜の姿が白く輝きはじめ、一瞬小さな細かい光の粒に分裂したように見えた。
(えっ……?)
あまりのまぶしさに、思わず手で目をかばう。
凄まじい光が艦長室全体を包み込んだ。次第にその光が消えていき、そろそろと目を開けてみて驚いた。
「えっ……?」
ザイードもダンパも声を失って同じ存在を見つめている。
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