星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 辺境の惑星(ほし)

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 しかし。
 そんな浮かれたアルファの気持ちは、その後すぐに打ち砕かれることになった。

「違う。そうじゃない」

 ベータは言下に否定したのだ。
 つまり、アルファとベータが恋人同士そういう関係だということを。
 二人はいま、海岸に流れついたものらしい大きな木に、並んで座っている。

「え? でも――」
 戸惑って彼を見返したアルファを、ベータは少し首の後ろをさするようにしながらちらっと見た。
「……すまん。俺も、男なもんでな」

 それも、彼は詰まるところ、相手が男でも女でも、またでもけっこう普通に相手をすることができる性質たちだというのだった。
 富豪の持ち物になり、三年もの間それを飽きさせずにおくほどのたぐいまれな容姿の男が、必死の面持ちで自分にむしゃぶりついてきた。男として、ついそれを味見してみたいという自分の欲望に逆らえなかった。
 ベータはしれっとした顔で、先ほどの行為の理由をそう説明してのけたのだ。

「そんな……」

 アルファは少し愕然として、小ぶりな衛星からの明かりに照らされた、精悍な男の顔を見返していた。それは自分の母国語でなら「ツキ」などと呼ばれるはずの衛星である。
 周囲は、ただただ静かである。すでに暗くなった海岸を洗うさざなみだけが、ささやかな音をたてて自分たちを包んでいた。
 悄然となったアルファをちらりと見やって、ベータはやや憮然とした顔になっている。

「三年前までのお前と俺は、純粋にビジネスライクな付き合いでしかなかった。これは本当だ。もちろん、金銭かねを介してそういう関係だったという意味でもない」
「…………」
「何度も言うが、お前は軍属だった。だから、依頼主クライアントとの連絡等は主に俺が受け持っていた」
「…………」
「とはいえ仕事の大半は、基本的には俺ひとりでやっていた。もちろんその場合の報酬は、俺だけのものだった」

 ベータは淡々と事実を並べているだけ、といった口調でさらに続けた。

「二人でこなさざるを得ない依頼が来た場合だけ、俺がお前に連絡をとり、お前の都合がつけばその仕事を受ける。その時に限って報酬は折半。お前の都合というのはつまり、賜暇しかとの兼ね合いだな。とはいえ、たとえ佐官でも、そうそううまく休暇などとれるはずもないんだが――」

 そこで一旦、男は言葉を切った。
 そしてじっとアルファを見つめながら、思い切ったように言った。

「……何しろお前は、『特別』だったから」
「特別……?」

 アルファは意外な言葉に目を上げた。とはいえさきほどのベータの爆弾発言から、ようやく浮上してきた程度のことである。

「そうだ。本来、軍属の身でそこまで自在に休暇なんぞ貰えない。お前はまぎれもない『特別待遇』だった」
 くくっと喉奥で笑うその声は、いかにも皮肉げだった。
「ユーフェイマス軍の上層部でも、お前の扱いには実際、さぞや頭を悩ませていたことだろうよ。なにしろ下手にかすり傷を負わせるだけでも、将軍クラスの首がいくつかとばされる事態になっただろうからな。いや、下手をすればそんなものでは済まなかったかも知れん」

 ということは、「ちょっとした怪我」どころではなかった今回の事態の中で、いったいどれほどの軍人がその責を問われ、立場を追われたというのだろうか。
 アルファは呆然として、彼の顔を見つめているばかりである。

「まあお前自身は、決してその特別扱いを喜んでいたわけじゃなかっただろうが」
「それは、いったい……? つまり、私の出自というのは――」

 恐るおそる彼の顔を覗きこむようにしてそう訊いたら、ベータは例によって流木の上に片足をあげ、顔を歪めてばりばりと頭を掻いた。それはいかにも、「もう面倒くさくなった」と言わんばかりに見えた。

「つまり、お前が『スメラギ一族』の出だからだ。本来であれば間違っても、一介の軍人になんぞなるはずもない、高貴なお方だからなのさ」
「…………」

 スメラギ一族。
 アルファにとって、それは聞き慣れない名前だった。
 首をかしげたまま沈黙しているアルファを見やって、ベータは「やっぱりな」という風に目を細めると、軽くため息をついた。

「お前が思い出すまで、待つつもりだったんだがな。別にかすつもりもなかった。……重ねがさね、申し訳ない」
「いや、……うん。構わないんだ」
 ひょいと頭など下げられて、アルファはどぎまぎした。
「そんなことより、もう少し詳しく教えてくれ。どうか、続けて」
 ベータはまだ逡巡するような顔で、しばらくこちらを見返していた。それは明らかに、これ以上のことをアルファに話すかどうかを迷う顔だった。

 彼にもなにか、事情があるのかも知れなかった。
 その事実をアルファに知られたくない、彼だけの何かの事情が。
 しかし。

「ベータ……お願いだ」

 たまりかねて先を促すと、男は遂に、はっきりと腹を決めたような目をしてこちらに向き直った。そうして一度だけ、深く息を吸い込んだ。
 言うと決めたら、あとは一気呵成いっきかせいだった。

「お前が言ったとおりだ。俺はお前の素性のことはずっと前から知っていた。お前が明かさないからと言って、確かにそのまま手を組むなどはありえん話だ。近づいてきたのはお前のほうからだったが、こちらで独自に情報を集め、背後関係について裏を取った。こんなのは通常業務のうちだからな」
「……それで」

 とくとくと、胸の鼓動が早くなる。
 アルファはじっと、続くベータの言葉を待った。
 ベータはそこから、たっぷり数十秒は黙りこみ、アルファを見つめ返してきた。
 鋭い目の光。あの鷹のマスクをつけていなくとも、その目はあの鳥のようだとアルファは思った。

 やがて。

「お前の真名マナは、タカアキラ」
「タカ……アキラ?」

 ベータが黙ってうなずいた。

「この宇宙には、唯一、母星で栄えた地球人類アース・ピープルとしての純血を守るといわれる人間型ヒューマノイドの一族がいる。それがスメラギ家だ。お前はその、スメラギ皇族の一員だ」
「…………」
「もっと言うなら、現皇の三人目の息子にして皇位継承権第二位。スメラギ皇国の第三皇子、タカアキラ殿下というわけだ」
「…………」

 スメラギ皇国。
 第三皇子。
 タカアキラ――。

 アルファはしばらく、ただ絶句するばかりだった。

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