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第二章 辺境の惑星(ほし)
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しおりを挟むベータの話は、こうだった。
要するに、あの子たちはそのスメラギ一族と深い関わりのある者らしい。
詳しい事情は、やはり以前のアルファが固く口を閉ざして語ろうとしなかった。が、ともかくも、彼は自分個人の自由になる財産であの惑星を手に入れたあと、さまざまな防御対策を講じ、そこをちょうど子供たちの保護施設のように整備してかくまっていたのだという。
ベータは当初から、アルファがなぜ軍属でありながらも非合法の危険な仕事に手を染めたかが気になっていた。だからこそアルファの背後関係について独自の調査をしたのである。そうして出てきたのが、あの隠された謎の惑星の存在だった。
かの惑星を闇のルートから手に入れたあとは、さすがのアルファの手元も不如意となった。あの人数の子供たちをきちんと食べさせ、ひととおり不自由のない暮らしをさせるためには、単純に軍属として得られる給金だけでは足りなかったというわけだ。
「それはそうだろう。何しろ二十人以上だからな。単に食わせるだけじゃなく、惑星そのものの整備や防御システムのこともあるわけだし」
「うん……そうだな」
「それどころか、以前のお前はあそこからまだまだ、人数を増やすつもりでいたようだったぞ」
「え……」
「いったい、どこから連れてくるつもりだったかは知らんがな」
驚くアルファを見返して、ベータは軽く鼻の頭を掻くようにした。
「当時の俺も、今のお前とまったく同じ反応だったさ。『お人よしも大概にしろ』と笑ったもんだ」
「…………」
見たところ完全体のヒューマノイドにしか見えない子供たちではあったが、彼らは明らかにスメラギの一族というのではなかった。なぜならその血をまことに引くのであれば、それがどんな傍系の子孫であったとしても、あんなところであんな扱いをされているはずがないからである。
しかし以前のアルファはベータに対して、頑としてあの子らの出自について語らなかった。
ただひと言、「これは自分の責任だから」と漏らしたのみだというのである。
「当時それを聞いたとき、俺は冗談半分に言ったもんだ。『まさか全員、貴様の隠し子だとか言うまいな』、とな」
「え、……ええ?」
「いや、すごかったぞ。それはそれは、恐ろしい目で睨まれた。すぐにも銃を抜いて、頭を吹き飛ばされかねなかったな」
当時を思い出したのか、ベータはくすくす笑いながら両手を挙げるまねをした。
「それでも、お前は言わなかった。あの子らが何者で、どこから来たのか。なぜ匿わねばならないのかもな」
要するに、このベータにとっても事実は藪の中なのだ。
しかし、そうして分からないなりにも、彼はこれまで三年ものあいだ、行方不明となったアルファの代わりに度々この惑星を訪れては、かれらの世話をしてくれていたというわけである。
記憶にないことだとはいえ、アルファは改めて彼に申し訳なく思った。そして、こんな風に飄々として、時には冷酷な殺人者にもなるこの男が、やはり本当の芯の部分ではひどく優しい人なのではないかと思った。
あの子供らに向けていた優しい笑顔。
あれこそが、この男の本質なのではないのかと。
「そうだったのか……。あなたには、大変な迷惑を掛けてしまったんだな。わけのわからないことに巻き込んでしまって、申し訳ない」
「やめろ。お前に謝られたくてしたことじゃない」
途端、やや不機嫌そうな声になり、男はそっぽを向いた。
(そうだろうとも)
見殺しになんて出来なかっただけだ。
あんな可愛いくて純真な子供たちを、ぽいと放り出すことなんて出来ない人だから。
そういう、優しい男だから。
だからアルファは、心から言った。
大切な言葉を、彼にきちんと届けるために。
「……ありがとう」
そして深々とベータに頭をさげた。
が、ベータは意外や、むしろさらに不機嫌な顔になった。
「やかましい。こんなことで貴様に礼を言われる筋合いはない」
そして多少乱暴な言葉遣いで「ミーナ」を呼び出し、異空間航行に切り替えると、ぷいと立ち上がって艇内の整備に行ってしまった。
取り残されて呆然としていたら、そのミーナが穏やかなアルトの声でこう言った。
《お気に病まれることはありません。マスターは少し、お恥ずかしいだけなのですよ》
「え? ……恥ずかしい?」
思わず聞き返したら、ミーナは落ち着いた声のまま答えてきた。
《はい。マスターの脈拍、体温、呼吸数が、『羞恥を覚える』ときのデータに酷似しておりますので。八十五パーセントの確率で、そうではないかと》
「…………」
気が利くのだかそうでないのだかよくわからないコンピュータだ。いや、「空気を読む」という意味では、かなり失敗しているような気もする。
アルファは少しくすぐったいような気持ちになりながら、ふと思いついてミーナに尋ねた。
「あの、……ミーナ。訊いてもいいかい」
《はい。なんでしょうか》
「その……。無理なら、いいんだけれど。君の中に、『スメラギ皇国』についてのデータはあるかな。ごく一般的なことでいいんだけど」
《はい。存在しておりますが》
そこでちょっと、アルファは次の言葉をつむぐのを躊躇った。
「……えっと。教えて、もらえないかな……? そこは、どんな惑星なんだろう。これまでどんな歴史があって、スメラギ一族というのはどんな人たちなのかとか。できる範囲で構わないから――」
が、ミーナはごくすらりとこう答えてきた。
《少々お待ちくださいませ。マスターの許可をいただいてまいります》
(あ、そうか……)
それは当然のことだった。ミーナは彼の下僕なのだ。ベータが「否」と言うならば、いかな彼女であってもアルファの質問に答えることは叶わない。
が、あれこれと気をもむほどの間もなかった。ミーナは即座に別室にいるベータと話をしたらしく、すぐに返事をしてきたのだ。
《マスターからの許可をいただきました。『スメラギ皇国』の情報にアクセスします。どうぞ正面のメインモニターをご覧ください》
言われるままにコクピットシートに座り、目の前のモニターに目をやると、すぐに画像が映し出された。
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