40 / 191
第二章 スメラギの秘密
1
しおりを挟むそれから。
ヒナゲシの言葉の通り、二人はときどき日にちを合わせて、その池の端で会うことになった。「会う」とは言うが、それは最初のときと同様に目と目を合わせてのことではない。相変わらず、彼女は池を見つめているばかりだし、タカアキラは己が姿を隠して、ただ心の声でのみ言葉を交わすだけである。
ヒナゲシの話は、驚くことばかりだった。
そうしてタカアキラにとってはひどく、不愉快なものだった。
《では……あなたがたは、両親のもとに生まれた人たちではない、ということなのですか──》
愕然として問い返したタカアキラの思念に、ヒナゲシは平板な調子で「ええ」と答えた。その長い睫を、そよと揺らすことさえなかった。
彼女の話を要約すれば、こうである。
具体的に、それがいつから始まったのかまでは彼女も知らない。しかし、スメラギ皇国が始まってから一千年の後にはすでに、その一連の「仕事」は行われていたのだという。
すなわち、自然な状態であれば父の体内にあるはずの種と、母の胎内にあるはずの卵とを、人工的につなぎあわせて「人」にする。そうして生まれた子どもたちを、スメラギ皇家は数千年もの間、選別してはミカドやその皇子らの后にしてきたというのだ。
タカアキラは呆然とし、しばしその事実を飲み込むのに時間を要した。
《……いったい、何人の子らが生み出されてきたのです》
《わかりません。ですが、わたくしの代だけでも全部で数十名はおりましたわ。毎回、后妃を決める時期に合わせて子らが『産出』されるらしいのです》
(数十名、だと……?)
それを聞いたとき、タカアキラはぐらりと眼前が暗くなるのを覚えた。が、どうにか傍らの木の幹によりかかり、危うく踏みとどまった。直衣を着た胸をおさえて呼吸を整える。正直なところ、こみ上げる吐き気を抑えるだけでも精一杯だった。
聞けば「子ら」は、男女合わせて一度に数十名が生まれてくるのだという。そこは内部に赤子の浮かんだ無機質な筒がただ整然と並ぶ、どこかの研究機関のような様相を呈した冷たい空間なのだそうだ。
「子ら」の観察、研究と世話を担当する技官らによれば、そこは<燕の巣>と呼称されているらしい。「子ら」がある程度育ち、選別されてやがていなくなるまでの間の、単なる居所に過ぎないからであるのだろう。「子ら」が飛び立っていなくなればまた、次の「産出」のための準備がなされる。
しかし実際の渡り鳥とは異なり、「子ら」はひとたびそこを離れれば、決して戻ってくることはない。それぞれに、選別にしたがって行き場所を与えられ、別れてからは二度と会うこともないのだと。
タカアキラはからからになった喉の奥で唸った。
《いったい、何のために……そのような》
実際に声を出しているわけではないのだが、その思念もやはり、震えているように思われた。
《あなた様のように、入内の叶わなかった子らはどうなるのです。それに、男子たちは……? そもそも彼らは、入内などできないのでは──》
《詳しいことまでは、わたくしにも分かりません。……けれど》
そう言って、彼女は自分なりの見解を淡々と述べた。それは彼女がこの十年ばかりの間に、あの<恩寵博士>や技官らの心のうちを読み取り、情報をつなぎ合わせて編み上げた推理であると言い置いて。
つまり、これらの「子ら」は、スメラギ皇家を存続させるために生み出されているのだろうと。今では宇宙全体の中でもかなりの「希少種」だと思われる完全体の人間型。その形を数千年前から失わずに存続しつづけているのがこの惑星スメラギの人々だ。
言うまでもなく、その筆頭がスメラギ皇家の一族である。しかしその血を守るために、皇家がその家の中、一族の中ばかりで婚姻を繰り返した結果、ある時代に非常に虚弱であったり、体のあちこちに異常をきたしたりする者が現れだした。医学的にも、そうしたことはかなり昔から危惧されていた事態だった。
そうして、皇家は選んだのだ。自分たちの血が濃くなりすぎないよう、自分たちの遺伝情報をより安全に、かつうまくバランスを取りながら存続させる方策を。
それがつまり、この「子ら」を生み出し、意図的に自分たちの血に混ぜあわせるという暴挙だった。
「混ぜ合わせる」とは言ったけれども、これも皇族の血には違いない。つまり、古くから採取され続けてきた多くの皇族の遺伝情報を用いて子らを生み出し、その血が濃くなりすぎぬようにバランスをとりながら「掛けあわせ」、かつてのような虚弱な者や障害をもつ者を生まないように「調整」していく。それが、かの<燕の巣>の最大の使命だったのだ。
《まって……。待って、ください……!》
タカアキラは頭を抱えて、何度もヒナゲシにそう言った。無論、心の中だけで。
《まだ、わかりません。結局、あなた様のように后妃として選ばれるのはたった一名の、しかも女性だけなのではありませんか。それなのになぜ、数十名も生まれさせる必要があるのです? そもそも、男子が生まれる理由がわからない。彼らはなぜ――》
《殿下》
しかし、相変わらずヒナゲシの心の声は冴え冴えとして静かなばかりだった。
《殿下も皇子であらせられる以上、これまでスメラギを治めるための政治学、帝王学などは修めておいででございましょう》
《え? ……はい、それは》
《でしたら、不思議に思われたことはないのでしょうか。この国では、ほぼ九割ほどの人々が農業や漁業などに従事する、庶民と言われる者たちです。残りの一割が商業に携わる者、さらにそれよりずっと少ないのが、貴族階級とこちらスメラギ皇家のご一族――》
《ええ。そのように、聞いておりますが……》
そうだ。タカアキラのもとに日々通ってくる政治学や帝王学の教師である文官たちから、それらの話はすでに聞いている。実際、さほど多いわけではないが惑星スメラギに生きる人々を毎日食わせていくだけでも相当な食糧が必要になる。それを産出するためには、やはり多くの人手が必要なのだ。
もちろん、スメラギでは農作物の産出効率を上げるため、多くの科学的な技術も導入している。天候に左右されすぎないようにするため、必要とあらば農地の上を覆うことのできるシールドを発生させる装置を地中に埋め込み、大風や嵐のときにはそれを用いて作物を守るのだ。
さらに作物の品種改良であるとか、太陽光を用いての屋内での野菜の栽培等々、さまざまな場所に科学技術は導入され、用いられてもいる。
そのように思い巡らせていたタカアキラの頭の中に、再び静かにヒナゲシの声が響いた。
《……それだけで、立ち行くとお思いですか? タカアキラ殿下》
《え……》
タカアキラは、驚いて彼女を見つめ返した。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる