星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
43 / 191
第二章 スメラギの秘密

しおりを挟む

 ヒナゲシの葬儀は、ごく小規模に、かつしめやかに行われた。
 皇太子に嫁してまもなくの自死ということで、あまりおおっぴらには出来ないというのが、重臣らの大方の意見だったからである。
 例によって、もちろんヒナゲシの親族はその場にいない。
 
(自死……だなどと)

 はらわたの煮えくり返る思いをしながら、タカアキラは葬儀の場で奥歯を噛みしめていた。色の濃い墨染めの衣の袖に隠して、ひそかに拳を握りしめる。
 そうなのだ。ヒナゲシは突然の精神錯乱を起こして皇居から遁走し、都の北東、山中の滝壺から身を投げたというのが、事後のあらために入った衛士らからの報告だったのである。
 あの状況で、自死であるはずなどないではないか。
 ちらりと喪主の座に座っている長兄ナガアキラを見やれば、自分と同様、濃い墨染めの衣を身にまとい、憎らしいほど涼しい顔で経をあげる僧侶の背中を見つめている。その切れ長の瞳には、悲しみはもちろんのこと、あの夜の恐るべき鬼面のごとき怒りのほむらなど、ちらとも見えはしなかった。

 以降、しばしの喪に服すことになった皇家にあって、タカアキラはしばらくの間はごくおとなしくしていた。そうして薄墨の衣をまとい、日々の勉学と鍛錬に集中することに努めた。
 政治学や帝王学などを教えに来る文官は老齢の者が多かったけれども、剣術や柔術の鍛錬には壮年の武官がつくことが多い。勉学のほうはともかくも、これらの鍛錬の時には他所事よそごとを考えている暇などなく、かえってタカアキラは助かった。
 ただ、それでも時おりは「殿下、気を散じておられますぞ」とたしなめられたけれども。

 ちなみに剣術なのであるが、この皇家では鋼でできた昔ながらの刀を用いるものと、現在主流となっている光線剣レイ・ブレードとの二種類を学んでいる。
 貴族の子弟が長くて少し湾曲した大太刀をくのは単に儀礼的なことで、護身用にはもっと短い刀を差す場合のほうが多い。実際に腰に差していることもまれな話で、お付きの小者が捧げもってつき従うほうが普通である。
 鋼の刀と、ボタン操作によって光線の刀身を発生させるレイ・ブレードとでは重心のありかたからして相当な違いがある。この両者を同列で語ることもできないし、扱いかたや鍛錬の方法もかなり異なるのだ。
 もっと言うなら、現実問題としてまことの護身用としてならば飛び道具であり小型でもある光線銃レイ・ガンのほうがはるかに有用だ。こちらならば、小型のものなら女性にょしょうであっても懐に隠し持っておくことが可能である。

 そんなこんなで、特にそう望むまでのこともなく、タカアキラは多忙に過ごした。
 いずれにしても、今すぐに何かことを起こせるわけもない。あの夜の長兄の恐るべき姿を目にしていれば尚更なおさらだった。どうにかしてあの兄に対抗できるすべを身につけなければ、少なくとも今なにをやってみたところで、ことの端緒でつまずくことは必至である。
 だが、あのヒナゲシの最期の断末魔にも似た叫びは、タカアキラの耳の奥から消えなかった。

『子らを。……子らを、お願いいたします』──。

(もちろんだ。このままには、決してしませぬ──)

 ヒナゲシが身罷みまかったことで、またすぐに次なる「子ら」の「産出」が計画され、始動するやもしれない。そうすればまた、かの<燕の巣>で無辜むこの子供たちが産み落とされ、この国の利益のために人柱にされることになる。
 タカアキラにとってそれは、彼ら一人ひとりを知らないとは言え、やはり耐え難いことに思われた。

(だが、どうすればいい。どうすれば──)

 今の自分には、その<燕の巣>がどこにあるのかも分からない。誰がそこの責任者であるのかも知れないし、いったいどうすればその子らを救う道につながるのか、その糸口すらつかめていない有り様なのだ。
 一連の剣の鍛錬を終え、邸うちの井戸端で上体の衣を脱いで汗を拭きながら、タカアキラは考え続けている。頭の中では、いまや夜も昼も鳴り続けているあのヒナゲシの声がする。
 その時だった。

(……そういえば)

 タカアキラはふと、とあることを思い出したのだ。

(『ウロ』、……とかおっしゃっていたような)

 あの夜、千々に乱れる意識のそこここで、ヒナゲシはその単語を叫んでいた。それだけではどうも意味が分からず、タカアキラもつい思考の外に追いやっていたのだったが。

(『ウロ』……うろつく、胡乱うろん、うろ覚え……いや、もしかすると)

 そこではたと、とある可能性に思い至ってタカアキラは手ぬぐいを使う手を止めた。
 うろ、とはすなわち、木のうろのことなのでは。そして木と言うならば、二人で再々秘密の会合を果たしていた、あの池の端の木でしかありえないのでは――。

 途端に、手ぬぐいを放り出して駆け出したくなる衝動を、タカアキラは必死にこらえた。すぐ側には、自分の身の回りの世話をするために小侍従の青年や女官たちが控えている。おかしな行動は厳に慎まねばならない。
 タカアキラは何食わぬ顔を作るのに最大限の努力を注いだ。なんのかのと言っても、自分はまだたかだか十四の小僧なのだ。特に女性にょしょうは、人の顔色を見る力に長けている者が多い。うっかりと顔に出して要らぬ不審を招かないことこそが、この場合最大の要件だった。

 結局、じりじりしながら夜を待ち、タカアキラは<隠遁>の技を使って再び寝所を抜け出した。
 月のない夜であり、ところどころに焚かれている松明の明かりだけを頼りに、ひたすらにあの池に走る。
 すでに初冬を迎えた皇居の庭園には、冷たい夜風が吹いていた。耳元でする風鳴りの音を聞きながら、タカアキラは一散に走り、その池の端へと辿りついた。激しく呼吸しすぎれば、誰かに気づかれないとも限らない。だからできるだけ、体を低くして息を整えた。

 例の木の幹にそろそろと手を這わせ、どこかにそれらしい場所はないかと探る。
 果たして、それはあった。
 タカアキラの膝丈ほどの位置、池のほうからすると裏側にあたる場所に、ちいさく窪んだところがあったのだ。
 タカアキラは高鳴る鼓動を喉の奥におしこめて、そっとその中に手を差し入れた。
 かさりと、指先に触れるものがある。

(義姉上さま……!)

 タカアキラは取り出したものを素早く確かめると、寝巻きのあわせのあいだにそっと差しこみ、また足音を忍ばせて自分の寝所へと取って返した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

処理中です...