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第二章 スメラギの秘密
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しおりを挟むヒナゲシの葬儀は、ごく小規模に、かつしめやかに行われた。
皇太子に嫁してまもなくの自死ということで、あまりおおっぴらには出来ないというのが、重臣らの大方の意見だったからである。
例によって、もちろんヒナゲシの親族はその場にいない。
(自死……だなどと)
腸の煮えくり返る思いをしながら、タカアキラは葬儀の場で奥歯を噛みしめていた。色の濃い墨染めの衣の袖に隠して、ひそかに拳を握りしめる。
そうなのだ。ヒナゲシは突然の精神錯乱を起こして皇居から遁走し、都の北東、山中の滝壺から身を投げたというのが、事後の検めに入った衛士らからの報告だったのである。
あの状況で、自死であるはずなどないではないか。
ちらりと喪主の座に座っている長兄ナガアキラを見やれば、自分と同様、濃い墨染めの衣を身にまとい、憎らしいほど涼しい顔で経をあげる僧侶の背中を見つめている。その切れ長の瞳には、悲しみはもちろんのこと、あの夜の恐るべき鬼面のごとき怒りの焔など、ちらとも見えはしなかった。
以降、しばしの喪に服すことになった皇家にあって、タカアキラはしばらくの間はごくおとなしくしていた。そうして薄墨の衣をまとい、日々の勉学と鍛錬に集中することに努めた。
政治学や帝王学などを教えに来る文官は老齢の者が多かったけれども、剣術や柔術の鍛錬には壮年の武官がつくことが多い。勉学のほうはともかくも、これらの鍛錬の時には他所事を考えている暇などなく、かえってタカアキラは助かった。
ただ、それでも時おりは「殿下、気を散じておられますぞ」と窘められたけれども。
ちなみに剣術なのであるが、この皇家では鋼でできた昔ながらの刀を用いるものと、現在主流となっている光線剣との二種類を学んでいる。
貴族の子弟が長くて少し湾曲した大太刀を佩くのは単に儀礼的なことで、護身用にはもっと短い刀を差す場合のほうが多い。実際に腰に差していることもまれな話で、お付きの小者が捧げもってつき従うほうが普通である。
鋼の刀と、ボタン操作によって光線の刀身を発生させるレイ・ブレードとでは重心のありかたからして相当な違いがある。この両者を同列で語ることもできないし、扱いかたや鍛錬の方法もかなり異なるのだ。
もっと言うなら、現実問題としてまことの護身用としてならば飛び道具であり小型でもある光線銃のほうがはるかに有用だ。こちらならば、小型のものなら女性であっても懐に隠し持っておくことが可能である。
そんなこんなで、特にそう望むまでのこともなく、タカアキラは多忙に過ごした。
いずれにしても、今すぐに何かことを起こせるわけもない。あの夜の長兄の恐るべき姿を目にしていれば尚更だった。どうにかしてあの兄に対抗できる術を身につけなければ、少なくとも今なにをやってみたところで、ことの端緒で躓くことは必至である。
だが、あのヒナゲシの最期の断末魔にも似た叫びは、タカアキラの耳の奥から消えなかった。
『子らを。……子らを、お願いいたします』──。
(もちろんだ。このままには、決してしませぬ──)
ヒナゲシが身罷ったことで、またすぐに次なる「子ら」の「産出」が計画され、始動するやもしれない。そうすればまた、かの<燕の巣>で無辜の子供たちが産み落とされ、この国の利益のために人柱にされることになる。
タカアキラにとってそれは、彼ら一人ひとりを知らないとは言え、やはり耐え難いことに思われた。
(だが、どうすればいい。どうすれば──)
今の自分には、その<燕の巣>がどこにあるのかも分からない。誰がそこの責任者であるのかも知れないし、いったいどうすればその子らを救う道につながるのか、その糸口すらつかめていない有り様なのだ。
一連の剣の鍛錬を終え、邸うちの井戸端で上体の衣を脱いで汗を拭きながら、タカアキラは考え続けている。頭の中では、いまや夜も昼も鳴り続けているあのヒナゲシの声がする。
その時だった。
(……そういえば)
タカアキラはふと、とあることを思い出したのだ。
(『ウロ』、……とかおっしゃっていたような)
あの夜、千々に乱れる意識のそこここで、ヒナゲシはその単語を叫んでいた。それだけではどうも意味が分からず、タカアキラもつい思考の外に追いやっていたのだったが。
(『ウロ』……うろつく、胡乱、うろ覚え……いや、もしかすると)
そこではたと、とある可能性に思い至ってタカアキラは手ぬぐいを使う手を止めた。
うろ、とはすなわち、木の虚のことなのでは。そして木と言うならば、二人で再々秘密の会合を果たしていた、あの池の端の木でしかありえないのでは――。
途端に、手ぬぐいを放り出して駆け出したくなる衝動を、タカアキラは必死に堪えた。すぐ側には、自分の身の回りの世話をするために小侍従の青年や女官たちが控えている。おかしな行動は厳に慎まねばならない。
タカアキラは何食わぬ顔を作るのに最大限の努力を注いだ。なんのかのと言っても、自分はまだたかだか十四の小僧なのだ。特に女性は、人の顔色を見る力に長けている者が多い。うっかりと顔に出して要らぬ不審を招かないことこそが、この場合最大の要件だった。
結局、じりじりしながら夜を待ち、タカアキラは<隠遁>の技を使って再び寝所を抜け出した。
月のない夜であり、ところどころに焚かれている松明の明かりだけを頼りに、ひたすらにあの池に走る。
すでに初冬を迎えた皇居の庭園には、冷たい夜風が吹いていた。耳元でする風鳴りの音を聞きながら、タカアキラは一散に走り、その池の端へと辿りついた。激しく呼吸しすぎれば、誰かに気づかれないとも限らない。だからできるだけ、体を低くして息を整えた。
例の木の幹にそろそろと手を這わせ、どこかにそれらしい場所はないかと探る。
果たして、それはあった。
タカアキラの膝丈ほどの位置、池のほうからすると裏側にあたる場所に、ちいさく窪んだところがあったのだ。
タカアキラは高鳴る鼓動を喉の奥におしこめて、そっとその中に手を差し入れた。
かさりと、指先に触れるものがある。
(義姉上さま……!)
タカアキラは取り出したものを素早く確かめると、寝巻きの袷のあいだにそっと差しこみ、また足音を忍ばせて自分の寝所へと取って返した。
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