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第三章 ユーフェイマス宇宙軍
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タカアキラはその一年後、十六になるのを待たずして故郷スメラギを後にした。
目指すはもちろん、ユーフェイマス宇宙軍だ。
「殿下! まあ、まあ……なんと、御髪をそのように──」
「あのようにお美しかったものを、もったいない……」
旅立つ支度をととのえたタカアキラの姿を目にして、これまで身の回りの世話をしてくれてきた女官らの多くは涙を堪えるのに苦労しているようだった。銘々が「おいたわしゅうございます」と涙声を出し、タカアキラの袖にすがって離れがたい様子である。
いま、タカアキラは宮中の男子が結う髷をほどき、背中の中ほどあたりまであった黒い長髪をばっさりと切って、宇宙軍士官がよくするようなざんばら頭になっていた。いや「ざんばら」などとは言うけれど、これでも十分、軍内で品のある形だという話だった。
タカアキラは短くなった自分の髪を指先でちょっといじりながら微笑んだ。
「どうせ、あちらへ着いたらすぐに切るのだ。聞けば一介の士官風情が、あのようなぞろぞろ長い髪をしての入隊などありえぬという話だからな。今から切っておけば世話もあるまいし」
「ですが、殿下……」
「私自身は、なんだか頭が軽くなって清々しているぐらいなのだよ。だからどうか、皆ももう泣かないでくれ」
泣かすまいとしてそう言ったのに、タカアキラのその言を受けて女官の中からはさらに悲鳴のような嗚咽があがった。
実を言えば、タカアキラの仕官の件を打診したところ、ユーフェイマスからは「それはそれは、もったいないことでございます」と、すぐに将軍待遇として迎えるとの返事があったのだった。つまりはなんの実権もない、お飾りとしての将軍職を準備しようということだ。しかし、タカアキラは頑として断った。そして、一般の貴族筋などの子弟が入隊するときと同様、士官の最下位、つまり少尉として入隊することを希望したのだ。
涙に咽ぶようにしている女官らを苦笑しながら眺めやり、タカアキラはいっそすがすがしいぐらいの笑顔で、遠くから自分を見送る様子のミカドや兄たちのほうを見た。とはいえ三人とも御殿の御簾のうちである。
タカアキラは威儀を正すと、そちらへ向かって一度、深々と頭を垂れた。そうして、それからは後も顧みず、宇宙船の発着場へ向かう飛行艇に乗り込んだ。
◆◆◆
「ほほう! なんと、なんと。それではあなた様が、例のスメラギ皇国の――」
そう言い掛けて、この隊の責任者であるという恰幅のいい大佐は、自分の執務机から投影されている画面を覗き、手元のデータを確認した。
ユーフェイマス宇宙軍、第三方面軍第百三十四部隊の駐屯する、とある惑星の基地である。どこもかしこも硬質な金属で囲まれた無骨な印象の基地の建物は、科学技術の恩恵を受けてはいつつも常に雅な雰囲気を失わないスメラギ宮とはいかにも隔世の感があった。
「ええっと……そう、スメラギ皇家のタカアキラ殿下ですか。遠いところを、まことにご足労をお掛けしまして。さぞやお疲れになったでしょう」
「いいえ、さほどのことは」
スメラギでは「虎」と呼ばれる生き物にそっくりの顔をしたその大佐は、名をホーガンと言うらしい。黄色と白の下地に黒の縞模様がくっきりと浮かんだ毛むくじゃらの体躯。鋭い眼光に、口元には獣そのものの牙が見える。堂々たるその体躯に着るには、詰襟の軍服は随分ときゅうくつそうに見えた。
こちらの軍隊では、佐官は軍服の色が紺地、尉官は薄青と決まっている。したがって今タカアキラが着ているものは、少尉として普通に着用される薄青の詰襟だった。襟元や肩、袖口には少しばかりの金糸の刺繍がなされており、足元は黒い長靴という出で立ちだ。
「それよりも、どうかその言葉遣いはおやめください。わたくしは、これからあなた様の部下になる身なのですから」
「いや……そうではありますが、あなた様は」
「どうか、伏して。他の方々と同様に扱ってくださいませ。この通り、お願い申し上げます」
「むむ……」
最後の台詞とともに深く礼をしたタカアキラを黄金色の眼で睨んだまま、男は「こんな面倒なものを押し付けてきやがって」という気分を隠そうともせず、巨大な爪のはえた指で首もとをばりばり掻いた。その手の甲にもびっしりと獣毛が生えている。
「わ~かった。分かったから、頭を上げろ」
ひらひらと分厚い手――タカアキラの感覚で言うと「前肢」とでも言いたくなるような造形ではあるが――を顔の前で無造作に振って、ホーガン大佐はさっさとタカアキラを部屋から追い払おうとした。
が、頭を上げたタカアキラは、上官が剣呑な顔をして自分の両脇を見つめていることに気がついた。その喉からぐるるる、とまさに肉食獣がたてるような唸り声が聞こえる。虎の眼光が燃え上がり、不快げにタカアキラの両隣にいる者らを睨みつけていた。
「どうでもいいが、そいつらは貴様がしっかり躾けておけよ。そもそもそんなモノ、少尉風情につくこと自体が異例なんだ。自分の飼い犬がそんな目つきで上官を睨んでいるなら、それを粛清するのは貴様の仕事だ。今日のところはお目こぼしをしてやるが、次はないぞ。いいな」
「……はい」
おとなしくまた頭を下げて、タカアキラは釘を刺された当の「付き人」二人を従え、隊長の部屋を辞した。
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