星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 ユーフェイマス宇宙軍

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 おとなしくまた頭を下げて、タカアキラは釘を刺された当の「付き人」二人を従え、隊長の部屋を辞した。
 履き慣れない長靴ちょうかで歩くと、廊下はかつかつと硬質な音を立てる。やがて人目に立ちにくそうな場所までくると、タカアキラは足を止め、少し背後から静かについてきている二名を見やった。

「そういうことだから、あまり上官を睨まないでくれ。ミミスリ、ザンギ」
「いえ、しかし」
 苦々しい顔ですぐにそう答えてきたのは、灰色狼のなりをした武官である。
「斯様な無礼は、いくらなんでも捨ておけませぬ。殿下は畏れ多くも、かのスメラギの皇子みこさまにございますれば」
 背丈はタカアキラとほぼ同じほどで、成人男子としてはやや小柄だ。しかし贅肉のかけらもないような締まった体躯は、その敏捷さを物語るようだった。
 全体に濃い灰色と白色をした体毛に包まれ、頭の上には内側が白くふさふさした毛に覆われた大きな耳がある。下級士官のものである鶯色うぐいすいろ――こちらでは「カーキ色」と呼称するのが一般的だが――の軍服の尻からも、触れればさぞや気持ちのよさそうな尻尾がふっさりとのびていた。ヒューマノイド用のものとはちがって、軍服のその部分にはちゃんと、尻尾を出すための穴が装備されているらしい。
 タカアキラは灰色狼としてのその夢のような薄鳶色うすとびいろの瞳を見返して、そっと微笑んだ。

「頼むよ、ミミスリ。気持ちは分かるが、今の私はスメラギの皇子でもなんでもない、こちらのただの尉官なのだから。出自と階級は、基本的には分けて考えるようにせねば」
「なれど――」
「いまさらにはございますが、殿下。なにゆえこのようなお立場を望まれたので」

 反対側から野太い声がして見上げれば、もう一人の男が鋭い眼差しでこちらを見下ろしていた。
 こちらはこちらで、ミミスリと同じ軍服を着ているとは思えぬような、見上げるばかりの見事な体躯だ。彼の方は全体に、鳥類の形質をうけついだ姿である。鳥のなかでもっとも似ているものを探せば、恐らく鷲になるのだろうか。
 猛禽のものである金色のまなこに、鋭いくちばし。手指や足の形は人のものに近いけれども、その二の腕がもはや丸太のような太さだ。盛り上がった胸筋が、軍服の上からでも鋼のようであるのがわかる。

「これでも最下級から始める一般の者らよりは、数段恵まれているではないか。貴族の子弟と同じ扱いにしてもらえるだけでも、今の私には十分なのだよ」
「……左様にございますか」

 まだ何か言いたそうな二人の男を交互に見て、タカアキラはふふっと笑った。気のせいか、ミミスリがそれを見てぎくりとしたようだった。ふさふさした彼の尻尾が、一瞬、ぱたんと振られそうになって凍りつく。ふと見れば、それを横から冷たい目でザンギが見据えていたようだった。

「すまないな、二人とも。斯様かようなわがままばかり申して。そなたらには苦労を掛ける」
「い、いえ――」
「畏れ多きことにございます」

 この二名、名をミミスリと、ザンギという。
 二人とも、今回タカアキラがこちらに従軍するにあたってスメラギから派遣された警護の者だ。まあその実、「警護」と言うよりは「監視」に近いものだろうとタカアキラは踏んでいるけれども。
 あのヒナゲシが教えてくれたとおり、スメラギ皇国は多くの「子ら」を国外へ派遣しては諜報活動をさせ、あるいは傭兵として金を稼がせたり、またあるいは他政府の要人の懐に忍び込ませたりしているようだ。
 そしてどうやらこの男らは、そういうスメラギの裏の仕事をおもな生業なりわいとする者らであるらしい。今は便宜上、この隊の下級士官、伍長や兵長といった身分を得ているが、また違う仕事をあてがわれればまったく違う職分で動くのに違いなかった。

(それにしても、この姿――)

 不思議なのは、彼らのこの姿だった。彼らがスメラギびとであるというなら、もとは完全な人間型ヒューマノイドの姿であったはず。だが、今は二人ともこの獣じみた風体である。人間型のままではあまりに目立ちすぎて仕事に支障がでるということで、こうして別種族の形質を体に埋め込まれた、いわば「人為的な変異体ミュータント」なのだろう。

(しかし……厄介だな)

 タカアキラはにこにこ笑いながらも考える。
 <恩寵>のない「子ら」に関しては国家ぐるみでの人身売買の憂き目を見てきたはずなので、この男たちにはなにがしかの<恩寵>があると見るべきだろう。今後自分があの「子ら」を救い、かれらを食いものにするような政府組織を改変していくにあたり、裏で様々に動くにはこの男らが第一の関門となるは必至だ。
 彼らが忠義を尽くす相手がだれであるのかを見極めるまでは、ともかくも軽はずみなまねはできなかった。
 幸い自分には<隠遁>の<恩寵>があるので当面の問題はない。だがこの二人のどちらか、あるいは両方にナガアキラの息が掛かっているとすれば、安易にその力に頼るのもまた危ない。彼らの前でおいそれとこの能力を見せるわけにはいかないからだ。それがナガアキラの耳に入れば、自分は確実に、いずれあの兄に足元をすくわれることになる。

(まあ、いずれにしても)

 折を見て、自分はなるべく早く動き出すことを考えねばならない。そのためにこそ、あの惑星ほしを出てきたのだ。
 次にもし、あのスメラギがすぐにも新しい「子ら」を産むことになれば、かれらを引き取るためにまた莫大な金が要る。それをあがなうのはもちろんのこと、いずれその体制を覆すためにできることは今のうちになんでもやっておかねばならない。
 あの惑星オッドアイの維持費も馬鹿にはならないし、正直いってそのためには、この宇宙軍からもらえる給金などでは到底足りないのだ。早晩、自分の私財など底をつく。
 「だったらお飾りでもなんでも、将軍職におさまっておけば」ということも考えないではなかったが、その立場では相当数の部下もいようし、今よりもさらに自由には動けなくなろう。
 いずれにしても、痛し痒し。なかなか頭の痛いところなのだった。





 少尉が与えられるにしては非常に広いのだろうと想像される自室に戻り、一人になったところで、タカアキラは自分の執務机に軽く触れた。秘密のコードを入力し、マサトビとの間で事前に設けておいた極秘の通信回線を開く。
 「警護」の二人はいま部屋の前で、この部屋に近づこうとする者を追い払っているはずである。彼らはこうして、夜ですらも交代で寝ずの番をし、自分のそばを片時も離れぬようにと命令されているのだ。

 しばしの間をおいて、空中に浮かんだ画面が反応しはじめ、やがてあの優しくぽっちゃりした中年男の顔が浮かびあがった。

『おお、殿下。ご無事にお着きあそばされたようで、なによりにござりまする』

 もちろん、あのマサトビだった。
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