51 / 191
第三章 ユーフェイマス宇宙軍
2
しおりを挟むおとなしくまた頭を下げて、タカアキラは釘を刺された当の「付き人」二人を従え、隊長の部屋を辞した。
履き慣れない長靴で歩くと、廊下はかつかつと硬質な音を立てる。やがて人目に立ちにくそうな場所までくると、タカアキラは足を止め、少し背後から静かについてきている二名を見やった。
「そういうことだから、あまり上官を睨まないでくれ。ミミスリ、ザンギ」
「いえ、しかし」
苦々しい顔ですぐにそう答えてきたのは、灰色狼の形をした武官である。
「斯様な無礼は、いくらなんでも捨ておけませぬ。殿下は畏れ多くも、かのスメラギの皇子さまにございますれば」
背丈はタカアキラとほぼ同じほどで、成人男子としてはやや小柄だ。しかし贅肉のかけらもないような締まった体躯は、その敏捷さを物語るようだった。
全体に濃い灰色と白色をした体毛に包まれ、頭の上には内側が白くふさふさした毛に覆われた大きな耳がある。下級士官のものである鶯色――こちらでは「カーキ色」と呼称するのが一般的だが――の軍服の尻からも、触れればさぞや気持ちのよさそうな尻尾がふっさりとのびていた。ヒューマノイド用のものとはちがって、軍服のその部分にはちゃんと、尻尾を出すための穴が装備されているらしい。
タカアキラは灰色狼としてのその夢のような薄鳶色の瞳を見返して、そっと微笑んだ。
「頼むよ、ミミスリ。気持ちは分かるが、今の私はスメラギの皇子でもなんでもない、こちらのただの尉官なのだから。出自と階級は、基本的には分けて考えるようにせねば」
「なれど――」
「いまさらにはございますが、殿下。なにゆえこのようなお立場を望まれたので」
反対側から野太い声がして見上げれば、もう一人の男が鋭い眼差しでこちらを見下ろしていた。
こちらはこちらで、ミミスリと同じ軍服を着ているとは思えぬような、見上げるばかりの見事な体躯だ。彼の方は全体に、鳥類の形質をうけついだ姿である。鳥のなかでもっとも似ているものを探せば、恐らく鷲になるのだろうか。
猛禽のものである金色の眼に、鋭い嘴。手指や足の形は人のものに近いけれども、その二の腕がもはや丸太のような太さだ。盛り上がった胸筋が、軍服の上からでも鋼のようであるのがわかる。
「これでも最下級から始める一般の者らよりは、数段恵まれているではないか。貴族の子弟と同じ扱いにしてもらえるだけでも、今の私には十分なのだよ」
「……左様にございますか」
まだ何か言いたそうな二人の男を交互に見て、タカアキラはふふっと笑った。気のせいか、ミミスリがそれを見てぎくりとしたようだった。ふさふさした彼の尻尾が、一瞬、ぱたんと振られそうになって凍りつく。ふと見れば、それを横から冷たい目でザンギが見据えていたようだった。
「すまないな、二人とも。斯様なわがままばかり申して。そなたらには苦労を掛ける」
「い、いえ――」
「畏れ多きことにございます」
この二名、名をミミスリと、ザンギという。
二人とも、今回タカアキラがこちらに従軍するにあたってスメラギから派遣された警護の者だ。まあその実、「警護」と言うよりは「監視」に近いものだろうとタカアキラは踏んでいるけれども。
あのヒナゲシが教えてくれたとおり、スメラギ皇国は多くの「子ら」を国外へ派遣しては諜報活動をさせ、あるいは傭兵として金を稼がせたり、またあるいは他政府の要人の懐に忍び込ませたりしているようだ。
そしてどうやらこの男らは、そういうスメラギの裏の仕事をおもな生業とする者らであるらしい。今は便宜上、この隊の下級士官、伍長や兵長といった身分を得ているが、また違う仕事をあてがわれればまったく違う職分で動くのに違いなかった。
(それにしても、この姿――)
不思議なのは、彼らのこの姿だった。彼らがスメラギ人であるというなら、もとは完全な人間型の姿であったはず。だが、今は二人ともこの獣じみた風体である。人間型のままではあまりに目立ちすぎて仕事に支障がでるということで、こうして別種族の形質を体に埋め込まれた、いわば「人為的な変異体」なのだろう。
(しかし……厄介だな)
タカアキラはにこにこ笑いながらも考える。
<恩寵>のない「子ら」に関しては国家ぐるみでの人身売買の憂き目を見てきたはずなので、この男たちにはなにがしかの<恩寵>があると見るべきだろう。今後自分があの「子ら」を救い、かれらを食いものにするような政府組織を改変していくにあたり、裏で様々に動くにはこの男らが第一の関門となるは必至だ。
彼らが忠義を尽くす相手がだれであるのかを見極めるまでは、ともかくも軽はずみなまねはできなかった。
幸い自分には<隠遁>の<恩寵>があるので当面の問題はない。だがこの二人のどちらか、あるいは両方にナガアキラの息が掛かっているとすれば、安易にその力に頼るのもまた危ない。彼らの前でおいそれとこの能力を見せるわけにはいかないからだ。それがナガアキラの耳に入れば、自分は確実に、いずれあの兄に足元をすくわれることになる。
(まあ、いずれにしても)
折を見て、自分はなるべく早く動き出すことを考えねばならない。そのためにこそ、あの惑星を出てきたのだ。
次にもし、あのスメラギがすぐにも新しい「子ら」を産むことになれば、かれらを引き取るためにまた莫大な金が要る。それを贖うのはもちろんのこと、いずれその体制を覆すためにできることは今のうちになんでもやっておかねばならない。
あの惑星オッドアイの維持費も馬鹿にはならないし、正直いってそのためには、この宇宙軍からもらえる給金などでは到底足りないのだ。早晩、自分の私財など底をつく。
「だったらお飾りでもなんでも、将軍職におさまっておけば」ということも考えないではなかったが、その立場では相当数の部下もいようし、今よりもさらに自由には動けなくなろう。
いずれにしても、痛し痒し。なかなか頭の痛いところなのだった。
◇
少尉が与えられるにしては非常に広いのだろうと想像される自室に戻り、一人になったところで、タカアキラは自分の執務机に軽く触れた。秘密のコードを入力し、マサトビとの間で事前に設けておいた極秘の通信回線を開く。
「警護」の二人はいま部屋の前で、この部屋に近づこうとする者を追い払っているはずである。彼らはこうして、夜ですらも交代で寝ずの番をし、自分のそばを片時も離れぬようにと命令されているのだ。
しばしの間をおいて、空中に浮かんだ画面が反応しはじめ、やがてあの優しくぽっちゃりした中年男の顔が浮かびあがった。
『おお、殿下。ご無事にお着きあそばされたようで、なによりにござりまする』
もちろん、あのマサトビだった。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる