星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
58 / 191
第三章 ユーフェイマス宇宙軍

しおりを挟む

「……なるほど。だ」

 マスクの下から現れたタカアキラ本来の顔を見て、羊の男は満足げに頷いた。いつのまにか、慣れた手つきでその指先が軽くタカアキラの顎に掛けられている。

「これなら、大抵の損害は埋められよう。なによりだった」

 タカアキラは訳もなく自分の耳が熱くなるような感じを覚えた。男の言わんとすることはいまひとつぴんと来ていなかったが、褒められたことには違いないらしい。それよりも、気になったのは別のことだった。
 タカアキラは威儀を正すと、彼に向かって頭を下げた。

「申し訳ありません。素顔を隠して依頼に来るなど――」
「は! そんなことは構わない。そういう依頼人もごまんと居るしな」
 思わず破顔したような声で笑うと、男もなぜか、ひょいと自分の首元あたりに手を掛けた。
「そう言う俺も、この通りだ」

(えっ……!?)

 タカアキラは息を飲んだ。
 今まで羊の姿をした男だとばかり思っていた相手の顔が、あっという間にヒューマノイドのものに豹変している。見ればその手に、自分のものと似たようなマスクが握られていた。

「だからまあ、お互い様ということだ。こんな仕事をしていて、素顔を晒しているほうが馬鹿だろうしな」
「あの、では何故――」
「これから一緒に仕事をしようと言うんだからな。お互い、素顔もわからんのではややこしかろう。まあ、どうせこんな皮一枚のこと、いくらでも変えることは出来るわけだし」

 ぴたぴたと自分の頬を叩くようにしている彼の顔は、精悍な男そのものだった。やや癖のある蜂蜜のような色をした髪に、印象的な青白い光を放つ強い瞳。その本来の口調にも似つかわしい、全体に男らしい顔立ちだった。

(それにしても……人間型ヒューマノイドとは)

 いや、同じヒューマノイドでも、彼はあのスメラギと関係があるわけではなさそうだったが。スメラギびとは基本的に、黒い瞳に黒髪であるのが普通なのだ。
 呆然と立ち尽くしているばかりのタカアキラを見て、男はにやりと笑ってみせた。
 
「ああ、この顔か? あんたも知っているだろう。たとえ親がそうでなくとも、たまにこういう『先祖返り』が起こる。俺はそっちのタイプなんだ」
「そう……なのですか」

 なんとなく釈然としないのは、その時だけ急激に、彼のほうから嘘をく人の発する「気」のようなものが放散されたからだった。もちろんこれも、<感応>をもつタカアキラだからこそ分かることだ。

(本当だろうか。……いや)

 そう思って、タカアキラは自嘲した。
 彼がこんな、ほとんど初対面に近い自分に本当のことをすらりと話すわけがない。
 男は軽く鼻を鳴らした。

「納得できない顔だな」
「い、いえ……。そういう訳では」
「どうだかな」

 くすくすと笑っている。
 その顔がまた、声と同じでいやに色気をはらんだものだ。彼の声を初めて聞いたときと同じような、むずむずと体の奥で何かが叫びたがるような衝動を再び覚えて、タカアキラはどぎまぎした。
 自分の感じているものが、一体なんなのかが分からない。どうしてこうも、自分はこの男の前だと落ち着かないのか。

「ま、あんたが信じようが信じまいが俺は構わん。これにて交渉は成立だ。今後ともよろしく頼む……と、その前に」
 男はふと何かに思い至って苦笑した。
「お互い、名前もないのでは不便だな。さっきの『<鷹>どの』では笑えるし」
「わら……そ、そうだろうか」
 なんだか少し、言いようがひどい。が、男はタカアキラの反応などほっぽって、勝手に話を進めている。
「仕事柄、本名などは当然使えん。あんたもそんなものは名乗るつもりもないだろうし」
「いや……その」
「今後、なんと呼べばいい。ああ、『少佐どの』とでも呼ぶとしようか?」
「いや、それは──」

 それは明らかに冗談で、なおかつさっきの「<鷹>どの」に対する意趣返しのようだった。しかし、タカアキラは特に腹立ちなどは覚えなかった。むしろ彼から発せられていた激しい怒りや憎しみの「気」がやや薄れたように思われて、ほっとしたぐらいのことだ。
 そうして、ちょっと考えてからこう言った。

「では……『アルファ』と、お呼びください」
「『アルファ』?」

 男はなぜ、とは訊かなかった。
 だが、少し顎に手を当ててからこう答えた。

「なら、俺は『ベータ』と呼んでもらおう」と。



◆◆◆



 そこからは、今後の連絡の取り方等々について再び簡単な打ち合わせをし、タカアキラは元通りにマントとマスクに身を包んで、<鷹>の男──いや、いまや「ベータ」だ──の店を辞した。そうして前回と同じく、<隠遁>を使ってホテルの自室に滑り込み、軽くシャワーを使ってからベッドの上で一息ついた。
 なんだか、帰って来るまでがあっという間だった。周囲の人々とトラブルにならないよう、もっと注意深く歩くべきだったというのに、どうもふわふわと足元が頼りなくて、胸がへんな音を立てつづけていた。

(なんだろう……これは)

 相変わらず、奇妙にはねる自分の胸に手を当ててタカアキラは窓の外を見た。夜中の繁華街はまぶしい明かりの洪水で、光を遮蔽するカーテンを使っても部屋の中がほんのりと明るくなるほどだ。

(次は、いつ会えるだろう)

 彼に。
 ベータに。

 これっきりじゃない。
 また会える。

(また……会えるんだ)

 「アルファ」というのは、とある言語のアルファベットの最初の文字だ。
 それは「ひとつの」だとか、「物事の最初」あるいは「わずかな量」を意味する文字でもある。
 世界中にいくらでもある、多くのなかのひとしずく。

 あのスメラギ皇国の第三皇子、タカアキラなどではなく。
 ただの、ひとりの男でいたい。
 彼の前では、ただの男でありたかった。
 あの時それほど深く考えた訳ではなかったけれど、思い返してみれば自分は、そんなことを思っていたのではないかと思う。

(……ベータ)

 そしてそれは、彼が自分だけのために考えてくれた名でもある。
 「アルファ」とはちょうどついになるようなその名前を、彼は即座に選んでくれた。それが自分でも不思議に思うほどに、タカアキラの胸を高揚させていた。

 ……ただの男として、彼に会う。

 ただそれだけのことをこんなにも嬉しいと思う自分が、なんだか不思議でならなかった。
 タカアキラはもそもそと、ごく一般的なホテルのシングルベッドに寝転ぶと、毛布を体に巻きつけて静かに目を閉じたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

処理中です...