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第五章 鷹の男
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しおりを挟むベータと別れて、まだ少し時間的な余裕があるのを確認してから、アルファは自分の持ち物である小型艇に乗り換え、とある惑星に向かった。
とはいえ、自分がこの仕事をするためにいつもいつも警護対象を見失う形にさせられているミミスリとザンギには本当に申し訳ないと思っている。彼らがこのために職を失うようなことになっては困るので、アルファとしても普段からできるだけ短いスパンで完了できる仕事しか請けないよう心がけている。
彼らが自分のこうした活動を知っていることはもうわかっているが、それでもなるべく早く戻って、彼らを安心させてやらねばならないと思っていた。
実は今回など、その最たるものだった。
今回、アルファはとある惑星にある有名な露天市場の中で<隠遁>を使い、迷子を装ってあの二人の監視を逃れてきた。そこはちょっとした大陸ほどの規模がある巨大な市場で、それによって有名になった人気の観光スポットなのである。
だが、いくら巨大な市場だとは言っても、いい大人の男がそう何日も「迷子」を続けていられるわけもない。だからいつもにも増して、この訪問にはわずかな時間しか使えなかったのだ。
◇
「アレックス!」
「来てくれたんだね、アレックス……!」
白い着物を着た様々な背丈の子供たちが、小型艇が着陸するのを待ちかねたようにして砂地の上を走ってくる。
小さな子ではまだほんの二、三歳ぐらいだろうか。もっとも年長の子供でも、まだ七、八歳といったところだ。アルファは小型艇のタラップからおり立つと、駆け寄ってきた子供たちをいつものように微笑みで迎えた。
「なかなか来られなくてすまない。アヤ、タイキ……サラサに、ヒヨウ」
二十人ほどいる子供たちひとりひとりの名を呼んで、とびついてくる小さな子を抱き上げる。
「ああ……トウマ。重くなったな」と笑いかければ、その数十倍の明るい笑顔が返ってきた。幼児特有のはちきれそうなほっぺたがまぶしいようだ。
「みんな、少し背がのびたかな。元気にしていたかい?」
「うん! みんな大きくなったよ。ぼくが一番、のびたんだ!」
「うそよ。ぜったいあたしのほうがのびたわよ」
「このあいだ、ちょっとマユが熱を出しちゃったけど、カプセルに入ったらすぐに治ったんだよ。ね? マユ」
「そうだったのか。マユ、こっちにおいで」
片膝をつき、その名をもつ小さな女の子に向かって手を伸ばせば、黒く豊かな髪をした三つぐらいの少女が嬉しそうにアルファの胸にとびこんできた。「もう大丈夫なのかい」と尋ねれば、「うん!」と首がもげそうなほどに縦にふられる。きらきらした大きな瞳には、はちきれそうな嬉しさがいっぱいに輝いている。
アルファはにっこりして、少女のつやつやした髪をそっと撫でた。
「ほかに、困ったことはなかったかい。いつもそばに居られなくて本当にごめん」
いつものようにそう言えば、子らはまた、先を争うようにして答えてくれる。
「ううん! そりゃあちょっとはさびしいけど、ここにはみんな居るもの」
「うん、だから大丈夫だよ!」
「マサトビだって、ときどき来てくれてるしね」
「心配しないで、アレックス」
「……そうか」
この子らが惑星オッドアイのこの小さな美しい島に暮らすようになって、すでに二年近くが経過している。
かれらを引き取ってすぐの頃には、こうしてアルファやマサトビに会っても「自分たちは一体この男たちにどうされるのか」と戦々恐々として、みんなかちんこちんになり、身を寄せあって震えていたものだった。
小さな子らを守るようにして抱きかかえた年嵩の子らからは、明らかに刺のある視線が飛んできていたのを思い出す。しかしそれも、こうしてときどき顔を見に寄るうちに、少しずつ和らいでいったのだった。それにはもちろん、あの人のよいマサトビによるとりなしも大いに功を奏しているに違いなかった。
「イヤよう! いつまでもトウマとマユばっかり! アレックス、あたしもだっこぉ!」
「ぼくも、ぼくも! だっこして、なでなでしてよう!」
「なんだよ、キラはこの間もずーっとだっこしてもらってただろ! 今日はオレが先だからな!」
「なによお! タイキはもう大きいじゃない。大体、男の子はひっこんでてよっ!」
「そうよ、そうよ!」
「な、なにをー!」
今ではもう、この通りのてんやわんやだ。
アルファはやや興奮しすぎの子供たちにまとわりつかれるようにしながら、彼らの住居へと歩き出す。
あのとき、すでにどこぞのお大尽によって「お買い上げ済み」だった幾人かの子らについては、その後マサトビとも協力してアルファは方々を探したのだった。けれども、残念ながら運悪く飽き性の主に買われてしまっていた子らは、すでに儚くなっていたり、他の主や組織に売られるなどして行方知れずになった後だった。
この子供たちは、友達だったその子らのことを覚えている。そしてかれらが自分たちから引き離された後どうされたかを、うすうすは知っている様子だった。
だからアルファは、ここで自分の本名など名乗れなかった。かれらとて、あのスメラギ人の一員なのだ。まさかその星の第三皇子の名を知らぬはずはない。かれらをこんな苦界に叩き落した元凶とも言うべき皇家の子息が自分だなどと、とても名乗れるものではなかった。
仕方なく、アルファはこうしてまた別の偽名を使い、たまたま彼らを助けたどこかのお人よしのお金持ちの息子だという触れ込みで、子供たちとつきあっているのである。ついでながらマサトビは、そのぼんぼんのお世話係だということになっている。
「ねえねえ、アレックス。今日は泊まっていけるんでしょ?」
「あ、いや……」
ミミスリとザンギの渋面が脳裏をよぎる。これ以上、彼らに「迷子探し」をさせておくのは忍びなかった。
「すまない。今日もちょっと、無理なんだ」
「えええーっ……」
みんなから一斉にがっかりした声があがる。
「じゃあ、じゃあ、早く行こうよ! 畑の野菜が、すっごく大きくなったんだ。アレックスに見せようねって、みんなで言ってたんだから」
「トマトがとてもあかーくなってきたの」
「なすび、すごいんだよ! ぷくーっておおきくてまるくって、きらきら光ってるの」
「はやく、はやく。こっちよ! アレックス」
「わかった、わかった。あんまり慌てて転ぶんじゃないよ、みんな」
苦笑するアルファの周りを、子供たちがとびはねるようにしてついてくる。
頭の上では黄色い色をした恒星が、この世に不幸なんてなんにもないよと言わんばかりに輝いている。真っ青な空に、綿毛のような白い雲が浮かんで、まるで笑っているようだ。
アルファの胸は、そのとき突然、痛みを覚えた。
しあわせに、なってほしい。
この子らの笑顔を、守りたい。
そのためだったら、なんだってやる。
狂おしいほどに、そう思う。
人の親になったことはないけれど、もしもそうであったなら、子を思う親の心というものは、こういうもので出来ているんじゃないかと思う。
この子らと親しくなるにつれ、そんな思いがどんどん強く、また深くなっていく。それと同時に、子らの血を吸うあのスメラギ皇家と、そこに連なる黒い重臣連中を許せぬ思いを新たにする。
こうして少しずつ足場を整え、いつかあの皇家と重臣たちにこれまでの政治体制を改めさせるのだ。そのためにこそ、今は着実に金を貯め、情報と人脈を積み上げるときなのだ……。
しかし。
その後基地に戻ったアルファを、一通の辞令が待っていた。
それはザルヴォーグとの大海戦に備え、この第三方面軍からも数隻の宇宙戦艦を出すようにとの命令のなかのひとつだった。
そこに、本来であれば後方にですら参戦するはずのないスメラギの第三皇子タカアキラ少佐も参陣するようにという、驚くべき辞令が含まれていたのである。
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