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第七章 大海戦
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しおりを挟むアルファはそのままザンギを伴って艦尾のほうへ向かった。
ミミスリは打ち合わせどおり、艦首のほうへと向かっているはずである。ともかくも、彼から十分に離れた場所へ退避してくれるようにと、これもミミスリからの嘆願のひとつだったからだ。
周囲を歩き回っている乗員にぶつからないよう細心の注意を払いながら、アルファはどんどん艦尾のほうへと歩いた。
《では、敵はミミスリを目標にこちらを攻撃する予定ということですか》
《ああ。そう聞いている》
《それゆえ、あれは殿下のお傍をずっと離れぬことを命令されていたと》
《……だろうね》
ザンギの表情はほとんど変わらないが、その声にはありありと不快な気分が混ざりこんでいた。
ミミスリを標的にするということは、もはや彼の命令者はミミスリの命などどうでもよいと考えているということだ。第三皇子タカアキラを道連れに、彼はここで死ねと言われたも同然である。その見返りとして、妻子の無事とかれらの今後の生活の保証でも約束されたのだろうか。
《外道の輩が。斯様な卑怯無軌道の真似をしおって》
ザンギの思念の声は、まさにアルファの思いそのままだった。
《左様な汚らわしき手段をもって、恐れ多くもスメラギ皇子タカアキラ殿下のお命をつけ狙うなど、言語道断──》
思念ではありながら、ザンギのそれはもはや吐き捨てんばかりに聞こえた。
《殿下。どうか自分の傍を決してお離れ召されますな。殿下のお命は、自分がこの一命に代えても必ずお守り申し上げますほどに》
《ありがとう、ザンギ。よろしく頼むよ》
ミミスリのことを思えば決して笑えるような状況ではなかったものの、アルファはザンギに向かってそっと微笑み返し、さらに艦尾へと向かう足を速めた。
◆◆◆
補給医務艦ミンティアは、動力室等々の重要部分をおおむね艦の中央部とそれより艦尾に至る部分に集中させている。敵の攻撃を受けた場合、そこを損壊すれば動けなくなるような重要部分を艦首側に置くということはまずないからだ。
それぞれの部署で働いている乗務員たちの動きを邪魔せぬように、<隠遁>を使って隠れたままの状態で、アルファはザンギとともにひたすら艦尾を目指した。
(ミミスリ……)
彼のことを思えば気持ちが沈む。
本来であれば、この艦に最小限の損害だけで済ませようと思うなら、自分とミミスリが小型艇かなにかでこの艦を離れて行動すべきだった。だが、艦長が作戦中に自艦を離れるなどは言語道断の暴挙だ。さらに、それではミミスリがタカアキラに内通したことがおのずと明白になってしまう。
彼の監視者から母国に連絡が入ってしまえば、彼の家族は見せしめのため、あっという間に抹殺されよう。それでは困るのだと、「どうかご勘弁くださいませ」と、アルファはあの夜ミミスリにかき口説かれてしまったのだ。
動力室は大きな空間となっていて、そこここでモニターを監視する乗員が働いていた。広いスペースのその隅に駆け込んで、アルファとザンギは一息ついた。
と、エリエンザの声による艦内放送がかかり、皆は一様に手を止めた。
『艦首側の生命維持システムに不具合が生じた。ゆえに艦首側の乗員はすべて、艦尾側へ退避せよ』──
それが命令の趣旨だった。
アルファとザンギは黙ったまま、目を見かわしてうなずきあった。周囲の乗員らが不安げな目をして互いの顔をうかがっている。しかし、続く落ち着いたエリエンザの指示によって次第に平静を取り戻した。
『作戦上、大筋での変更はない。乗員は移動して、各個、艦尾での任務にあたれ』
『繰り返す。艦首側の乗員は速やかに移動を開始。艦尾へ避難するように』
『AブロックとBブロックの乗員は、速やかに艦尾へ移動せよ。繰り返す』──
まことの異常な事態が発生したのは、乗員の移動がおおむね完了し、小一時間ほどしてからのことだった。
不気味な振動音がして、艦の防衛システムである対ビーム砲シールドに攻撃の第一波が到達したことがモニターに表示された。
「敵の攻撃……? こんな後方で?」
「どういうことだ……!」
周囲の士官や兵らが慌ててモニターを確認する。見ていると、どうやらこんな後方の宙域にいきなり敵の戦艦が一隻だけ、異空間移動してきたらしかった。敵方もどうやら重巡洋艦クラスのようである。
「なんだって……? 目の前に?」
「こんな補給艦を攻撃するのか?」
「ありえない……!」
兵らの動揺は当然だった。通常ではこんなことはあるはずがない。
大きな海戦のみならず、前線でやりあっている戦艦はそれぞれに戦闘隊形を組み、滅多にそこから外れた行動はしない。このような敵のど真ん中にいきなりジャンプしてきても、周囲の敵艦からの総攻撃を食らってあっというまに沈む羽目になるだけだからだ。
たとえ目標が敵の旗艦であるとしても、周囲を護衛艦に囲まれた場所にジャンプしてきたりなどすればその場で一瞬にして沈められることになる。ましてこちらは、旗艦でもなんでもない、ただの後方支援の補給医務艦。こんな艦をわざわざリスクを負って攻撃してくる意味が分からなかった。もちろん、アルファたちを除いては。
斯様な補給医務艦とはいえども、一応は防御シールドを張って防備を施している。戦艦に搭載されている巨大なビーム砲をもってしても、一発や二発で沈むようなものではない。そうこうするうち、飛び込んできた艦は近くの駆逐艦等々に発見されて沈められるのがおちなのだ。自分もろとも相手を沈める、それはまさに「特攻」と言っていい。
しかし、現実にことは起こった。
目の前に敵艦が現れて、まぎれもなくこの艦を攻撃しているのだ。兵らの動揺は無理もないことだった。
と。
ゴゴゴォン──
鈍い轟音と振動がして、動力室全体が激しく揺れた。
「直撃! 直撃!」
誰かがモニターを見て叫ぶ。厚いシールドの壁を破壊せしめて、遂に艦首のほうにビーム砲が直撃した瞬間だった。
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