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第三章 潜入
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しおりを挟む「いや、待て。その上、ということになればもう──」
父はすうっと顔色を失くして、困ったようにアルファを見た。
(それは……そうだな)
アルファも困って苦笑する。
そんな大臣どもに命令できる人間など、もはやかなり限られてくる。彼らをまとめる立場にある右大臣、あるいは左大臣。さらにその上の皇子二人。すなわち、皇太子ナガアキラと次兄ツグアキラである。
父は訥々と、アルファの思った人々を言葉にのぼせてベータに伝えた。
「そのうちの誰、ということになると余にもわからぬ。いや、そもそも左様なことを信じたくはないのだが……」
「あるいは何人かが結託している可能性もある。そこいら辺りのことをよく考えて、今後は言動を慎んでいただけると有難い」
ベータはごくしれっとした顔のまま、再び口調をぞんざいなものに戻してずけずけ言った。ここまで来ると、もはやいっそすがすがしいくらいのものだ。
「ベッ、ベベ……ベータ殿……!」
マサトビがびっくりして、わたわたと両手をばたつかせている。ベータが構わず先を続けようとするので、慌ててアルファが先に言った。
「こ、これからわたくしたちは、<恩寵>もちである諜報部員らの囚われている家族たちを解き放とうと考えております。まずは彼らを保護し、その命と生活を安んじてやりたいのです」
「なんと……?」
父が驚いてアルファを見つめてくる。
「しかし、タカアキラ。左様なことをすればそなた、あのナガアキラから反逆者の汚名を着せられぬとも限らぬぞ──」
「承知の上にございます」
一度唇を噛んでから、アルファは改めて父を見た。
「彼らの命を質にとり、スメラギは長い間<燕の巣>出身の能力者たちを自在に利用して参りました。……わたくしは、それをどうにかして正してやりたいのです」
「…………」
「スメラギに住む多くの民は、こんな事実を知りませぬ。スメラギが<燕の巣>の子らを各方面へ売り叩き、そのことで得られている莫大な金銭が、主に宮廷で消費されていることもです。その一方で、民らは相変わらずの貧しい生活を余儀なくされている──」
「うむ……」
「斯様なこと、いつまでも続けるべきだとは思えませぬ。知らせてやればもちろん、民らの中からも『あさましきご政道よ』との反発や、『ご政道の変革を』との声が湧き起こるは必至」
「できればそのあたりで、お父上にもご協力願いたい」
突然、アルファの言を引き取ってベータが言った。
「なに……?」
そこで起こるであろう皇家に対する不信、不満、嫌悪。スメラギでこれまで数千年もの間くすぶってきた民らの中の反発心、反抗心。タカアキラがあの兄ナガアキラに反逆するつもりなら、さらにその政権をひっくり返すつもりなら、それらすべてを利用すべきだとベータは言った。
話を聞くうち、父ははっきりと驚愕の顔色になっていった。
「ま……まさか。スメラギの政道そのものをそこまで変革しようというのか? しかし──」
「父上……」
父の驚きも戸惑いももっともなものだ。この反応は予想されたものだった。しかしアルファはごく落ち着いた声音を保って静かに言った。
「驚かれるのは無理もないことだと存じます。しかしながら、母君、光の上や皇太子妃ヒナゲシ殿下のことを鑑みても、もはやこのようなこと続けられぬ……いや、続けてはならぬのではないかとわたくしは思うのです──」
「…………」
父はわずかにうつむいて、かつて儚い最後を遂げた二人の女人のことを思いめぐらすようだった。ひとりはミカドが心から愛したかけがえのない妻であり、いまひとりはわずかの間とは言え息子の妻になった娘だ。
アルファは色々に思いめぐらす様子の父の表情をうかがいながら静かにつづけた。
「そもそも、斯様に不自然なことが数千年も続いたことこそ驚くべきことかと。ユーフェイマス内にもいまだ君主制の惑星はありますれど、ここまで王の純血にこだわっているところはほかにございません。ましてや王妃に選ばれなかった子らをここまで利用し、叩き売り、その血を吸って生き延びるような皇家など──」
「…………」
頬のあたりにベータの鋭い視線を感じながら、アルファはさらに言い募った。
「おぞましいとは、思われませぬか……?」
父はまだ沈黙している。
「斯様なご政道は、もはや潮時ではないのかと。できれば今後は、身分を問わず能力のある者たちで知恵を出し合い、国の行く末を話し合って決められる合議制や共和制を敷くほうがまだしもかと思うのです……」
もちろんそうした国のありようも、完全だとは言いがたい。なぜならそうした制度を敷いた国々でも、内紛や内乱は引きも切らないものだからだ。
(しかし……それでも)
この、子らの血を吸う吸血の皇国であるよりはマシであろう。
もう二度と、あのヒナゲシやこのベータのような子を一人たりともこの世に生まれさせたくない。
それは今ではもはや、アルファにとって悲願に近いものになっている。
やがて、長い長い沈黙のあと。
「……そうか。そなた、そこまで考えておったのか……」
父はようやく、やつれた顔を上げられた。しかしその瞳には、今までのようなどこか投げやりで無気力な光はもうなかった。
「……わかった。そなたがそこまで覚悟しておるのなら」
「父上……」
「余は勿論、そなたの味方だ。政変の後、余の待遇がどのようなものになろうと文句は言わぬ。これまでの皇家の過ちへの責任を取れと言うならこの身で取ろう。無論、臣らにも文句は言わせぬ」
「父上……!」
アルファは思わず、父の夜着の袖をつかんだ。
「あ、ありがとう存じます──」
父はにっこりと微笑んで、その手をぽんぽんと軽くたたいた。
マサトビがまた、もらい泣きして嗚咽をかみ殺す。
ベータはなんとも言えない目をしてそんな父子をじっと見ているようだったが、やがてアルファがやっと父の袖を離したところを見計らって言った。
「これにはタイミングが重要です。タカアキラ殿下が<恩寵もち>の家族たちを解放する。ゆえに『反逆者よ』と断罪されるその前に、スメラギのこれまでの歴史の裏側、この真実を民に知らしめる」
その声には、今まであったような人を小馬鹿にしたような色は少しも見えないように思われた。まあそれは、かなりなところアルファ自身の欲目であるかもしれなかったけれども。
「いくらスメラギが独裁政権であるといっても、あらゆる民意をないがしろにして立ちゆくものではないはずだ。義なき王、民を愛する心なき君主には民はついて行かぬもの。そういうものです。無論、綺麗ごとだけでは政道は立ち行かないが、それがないのもまた困る。……いつの世もね」
「…………」
父は絶句して、まっすぐに自分を見つめてくる黒い瞳の男を見返した。その視線がアルファのほうへやってきて、明らかに「この男は何者ぞ」と尋ねる様子だったけれども、アルファは苦笑するしかなかった。そしてやっぱり、胸のどこかに誇らしい気持ちが湧きたつのだった。
「家族らの処遇についてはご安心を。あとは例の<燕の巣>の扱いをどうするか。今のままでは到底存続は無理でしょう。かといって、その内部にあるはずの『人間のもと』とでも言うべきものを廃棄するべきなのか否か。考えることは山ほどある──」
「…………」
アルファとマサトビも、やはり言葉を失ってベータをじっと見つめるばかりだ。
「そこいら辺りの細かいことも、今後は考えねばならん。が、ともかくは目の前のことだ」
そう言って、ベータは再び手短に、ミカドと今後の相談を続けたのだった。
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