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第四章 恩寵部隊
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しおりを挟むそこに居た家族たちは、アルファとベータが戸を開けて忍び入ったことにまったく気づいていなかった。いや、家族とは言ったけれども、そこに大人はいなかった。
そこはあのミミスリ家族が住んでいたものと似たり寄ったりの貧しい小屋で、十二、三歳ぐらいに見える痩せて日に焼けた少年と、まだほんの小さな少女がたった二人で住んでいた。少女はまだ三つか四つといったところで、くるくるっとした大きな目が印象的なかわいらしい子供だった。
この二人の母親がスメラギのエージェントとして働いている<恩寵>もちであり、<恩寵>のない父親が四年ほど前に事故で他界したらしいということは、すでにベータたちが調べ上げている。
夕食時ということで、部屋の中央にある小さな竃には粗末な鍋が掛けられていた。雑穀にわずかの野菜や魚などを入れただけのごく貧しい食事である。
アルファは小さな部屋に忍び入り、まずはベータと二人で部屋の隅に片膝をついた。二人が驚いて鍋をひっくり返したりしてはまずいので、うまくタイミングを見計らい、そっと<隠遁>を解く。そうしてミミスリ家のときと同様、即座に子供二人を含めた部屋全体にまた<隠遁>の帳をおろした。
「ひ……!」
「うわっ! な、なんだ……!?」
それでももちろん、子供たちの驚愕は一通りのものではなかった。
それはそうだろう。二人だけでほっとしていたはずの空間に、いきなり見ず知らずの男が二人、忽然と現れたのだから。
と思ったら、兄らしい少年のほうがぱっと妹の前にたちはだかり、彼女を守るように身構えた。
「あんたら、何だ! ど、どこから入った……!」
声はどうしようもなくひっくり返っているけれども、少年は勇敢にもそこいらにあった薪のひとつを手に持って、必死にこちらに構えている。
「あ、ああ……えっと、ごめんね。驚かせてしまって──」
落ち着いて、と両手を上げて兄をなだめる。
「こんな出かたをしておいてなんだけど、私たちは決して怪しい者じゃないんだ。ええと、その……君たちの母上から頼まれて来たんだよ」
「えっ……?」
少年は一瞬ぽかりと口を開けたが、それでもまた薪を構えなおしてこちらをにらみつけた。
「う、ウソをつけ! どうせまた、カンナをどこかへ売り飛ばそうっていう奴だろ! オレはもうだまされないぞっ……!」
(……そうか。そんなことが)
彼の言葉を聞いただけで、アルファは暗澹たる気持ちになった。この兄妹のこれまでの苦労の一端をまざまざと見せられた思いがした。
父を亡くし、母は非常な遠方で働く身。年端もいかないこの兄はどんな思いで小さな妹を守りながらこれまで生きてきたのだろう。見れば兄も妹も、さすがスメラギ皇家の血を引く者らしく顔立ちの整った子供たちだ。これなら妹ばかりでなく、兄もそれなりの値段で売れてしまうに違いない。
しかも彼らはこんなところで子供だけで暮らしているのだ。その筋の人間たちにはまさに垂涎の的、かつ大した「鴨ネギ」であるのに違いなかった。
アルファが気が重くなって沈黙してしまったところで、ちょいちょいと脇腹をひじで小突かれた。ベータだ。
見ればひょいと自分の顔を指さして、何か言いたげな目をしている。「いいからお前、マスクを取れ」と言わんばかりだ。アルファは「ああ」とうなずいて、勧められるまま変装用のマスクを取った。
「……え」
兄妹が目をひん剥いて、あんぐりと口をあける。
ベータは案の定、にやりと口角を引き上げた。完全に「してやったり」の顔である。
(まったく、こいつは……)
マスクの顔と素顔との間にそこまでの差があるのだろうか。どちらも同じヒューマノイドの青年の顔ではないか。自分ではよく分からないが、とにかく子供たちが虚を衝かれている今が好機だ。アルファは畳み掛けるようにして語りだした。
「ええっと、いきなりこんな風に忍び込んできておいて『信じて』って言うのは乱暴なんだけれどね。それは私もよーくわかっているんだけれど、無理は承知でお願いするよ。場合が場合なので、どうか許して欲しいんだ。なにしろこの小屋は、スメラギの監視のもとにあるものだから。普通に戸口から伺うわけにはいかなくてね」
「え……」
兄の方がはっとしたように周囲をちらっと見たようだった。妹のほうは兄の腰のあたりにしがみついて怖々とこちらを見ている。
「ああ、今は大丈夫。私の力で、その監視システムには分からないようになっているから」
兄の視線がこちらに戻って、訝しげにその眉がひそめられた。
「あ、あんたは……?」
アルファは土をならしただけの床に膝をつき、改めて自分の胸に手をあてた。その上で、できるだけにっこりと微笑みかける。
「私の名は、タカアキラ。君たちのお母上からすると、一応、上役にあたる者だよ。先般、お父上が亡くなられて、お母上は君たちのことを大変案じておいでなんだ。なにしろ子供二人で働きながら、こんな山中に暮らしているわけだから」
「…………」
「ここに、お母上から君たちへの伝言を預かってきている。良かったら見てくれないだろうか」
言って、アルファは自分の手首に巻いていた薄いバンド状の機器にそっと触れた。すぐにそこから薄緑の光が湧きあがり、空間にツバメの顔をした女性の姿が現れる。ザルヴォーグのものである凛々しい軍服姿の女人だ。
実はこれはつい先ほど、「なるべくでしたらこの者の家族からお願い申し上げます」と、ザンギから送信されてきた映像だった。女は名をアヤメと言うらしい。見たところ全身の姿なのだけれども、映像の大きさはせいぜい三十センチといったところだ。
と、映像が涼やかな声で語りはじめた。
『タケル。カンナ。お母さんよ。聞こえている……?』
「お、お母さぁん……!」
その途端、カンナと言うらしい妹の方がぱっと兄の体から離れ、その制止をふりきって飛ぶようにこちらにやってきた。
「か、母さん……?」
タケルという兄の方も、目を白黒させている。こんな映像を見ること自体、彼らには初めての経験らしい。二人は夢中で母の映像を食い入るように見つめている。母親の声は淡々と、そして切々と、我が子らを説得する言葉を紡いでいた。
ちなみにベータによると、こうして録画に応じてくれたエージェントには必ず、かれらの家族内だけでわかる何かの言葉を含めるようにとあらかじめ申し渡してあるらしい。
やがて兄妹の瞳があふれだした熱い雫にきらきらしだして、妹はべそをかきだした。兄のタケルも、こらえきれずに少し肩を震わせ、低く嗚咽を漏らしている。
アルファは自分も思わずつうんと鼻の奥に痛みを覚えたが、隣から投げられてくるベータの苦笑まじり視線を感じて、「いやいや、ダメだ」とこみあがってきたものを必死に飲みくだした。
ここでまた不覚にも涙など見せてしまったら、あとでこの男お得意のどんな揶揄の言葉が投げられてくるやら分かったものではない。
ともかくも。
そこからしばらく、ツバメの顔を持つ女の毅然としつつも母らしい温かな声が、小屋の中を満たし続けたのだった。
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