星のオーファン

るなかふぇ

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第七章 兄二人

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「アルファ、アルファ……! しっかりしろ、くそっ……目を開けろッ!」

 口元から下をべったりと赤いものに濡らした人を抱きしめて、ベータはめちゃくちゃに吠えていた。
 
(バカ野郎。バカ野郎っ……!)

 そうしてありとあらゆるものに、聞くに堪えない呪詛と罵りを叩きつけた。
 皇太子と第二皇子に。
 アルファに、ミカドに、周囲のエージェントたちに。
 そして誰より、この自分に。

 あれほど、「次兄ツグアキラに気をつけろ」と言ったのに。
 いや、わかっている。人とは弱いものなのだ。
 ナガアキラにナノマシンを挿入して縛り上げ、皆がついつい、安堵した。その瞬間、それまでの緊張をふと解いた。つまり、気を抜いてしまったのだ。
 それは本当にほんの一瞬、僅か数秒のことだったが。あの時ツグアキラのことは誰も、だれ一人として注意を払っていなかった。それは自分自身もそうだった。
 だから、誰のことも責められぬ。
 だからベータは誰より自分自身に向かって、ありとあらゆる罵詈雑言を吐いていた。

 どうして。
 なぜ。
 どうしてこいつを守れなかった……!

(目を開けろ。この、バカ皇子──!)

 こうしている間にも数名の<治癒>もちのエージェントたちが必死にアルファの体に手を触れて念をこめてくれている。だが、抱きしめているアルファの体はもうぴくりとも動かなかった。その体温がどんどん奪われていくのが分かる。
 その美しく長い睫毛も、ふるとも動く様子がない。頬などもう真っ白だ。
 微笑みながら最後にひと筋、彼が目尻からこぼした銀色の糸が、目の前でただ冷えていく。

(何が『愛してる』だ。バカか。貴様は、バカなのかっ……!)

 そんなこと、今ごろ告白してどうしろと?
 このスメラギの腐りきった体制を根本から是正しようと、お前と起こしたクーデター。その結果としてお前が生きていないなら、それに何の意味がある。
 皆の神輿になる以上、その自覚を持たないでどうするのか。
 周り中の誰が死んでも、お前だけは生きていなくてはならなかった。
 最後まで生き延びて、結果を見届けねばならなかった。
 それなのに。

(アルファ……!)

 奥歯を軋むほどに噛みしめる。気のせいでなく、唇から血の味がした。
 と、がしりと背後から大きな手で肩を掴まれた。

「……どけ。槍をお抜きする」

 それでやっと、ベータは自分が彼の体を抱きしめたままそこにうずくまっていたことに気づいた。腕も胸も、アルファの吐き出したもので真っ赤に染まっている。
 <治癒>を続けていたはずのエージェントたちも、いつのまにか呆然とこちらを見下ろして立ち尽くしている。両手をだらりと下げ、居たたまれぬ様子で皆、それぞれ悲しげに目を伏せているばかりだ。その中のそこここから、低く嗚咽が聞こえ始める。
 見ればすぐそばに来て膝をついていたミミスリも、その目を真っ赤にして歯を食いしばっている。ふさふさした耳は伏せられ、尻尾もだらりと下がって、しょんぼりと力なく土の上に落ちている。

「ふは、あっははははは──!」
 沈黙を破ったのは、例の第二皇子だった。
「ざまを見ろ! ざまを見ろ……! 兄上を蔑ろにするなど、罪深きことをするゆえよ! 天誅である! この反逆者め。大罪人めが。当然の天罰よ……!」

 エージェントたちに抑え込まれていながらも、嬉しくてたまらぬように唾を飛ばしながら哄笑している。
 人々は涙に濡れた瞳で呆然とその皇子を見つめ返した。
 唯一、大極殿の高座から縛られたままこちらを見ているナガアキラだけは、不愉快そうに口の中で小さく舌打ちをしたようだった。

「…………」

 ベータは抱いていたアルファの体をミカドの手にそっと預けた。そうして、ゆらりと立ち上がった。
 まさに幽鬼さながらだった。
 そこからやったことは、あまりよく覚えていない。

 瞬時に左腕の形を変えたことも。
 それが研ぎ澄まされたやいばの形をしていたことも。
 それをいまだにげらげら笑い狂っている奴の、なまっちろい喉元に振り下ろしたのも。
 すべてはあとになって認識したことだ。

 ベータの目は、手は、ただ求めた。
 アルファの命を奪ったそいつの首が、すぐさま数メートルも跳ね上がるのを。

 ──しかし。

 それは、叶わなかった。
 ガキィン、と激しい金属音がして、ベータは左腕に鋭い衝撃を覚えた。
 それでやっと、ここまでの自分の行動を把握した。

 まさに紙一重だった。
 峻烈なやいばと化したベータの左腕は、あと数ミリというところで止まっていた。それを受け止めているのは、やはり瞬時に変形したザンギの腕だった。ザンギの腕は刃の形はしておらず、まるい棒状に変わっており、まだ刀身の形をしたベータの腕をうねうねと巻き取るように絡みついていた。
 そこはまさに、ツグアキラの首の皮から指一本ぶんもない場所だった。
 それはすさまじい膂力であって、さすがのベータもそれ以上、ぴくりとも動かすことができなかった。

「ひ、……ひいいいっ……!」

 ツグアキラは情けない悲鳴をあげると、そのまま白目を剥き、ばたりと気を失った。見れば泡を吹き、どうやら失禁までしたようである。その体を抑え込んでいるエージェントたちが思わず顔を顰め、薄汚いものを見る目でその少し湯気をたてた下半身を見下ろした。
 ぼんやりとそんな様子を見ていると、上から野太く落ち着いた声が降ってきた。

「いま殺すな。気持ちは分かるが、今はこらえろ」
「…………」
「ここに居る者、みなお前と同じ気持ちだ。だがそやつからは、まだまだ聞き出さねばならぬことがある」
「…………」
「だから今は、まだ殺すな」

 ベータは黙って、のろのろと目を上げた。そうして自分を見下ろしている男の、厳しい猛禽の瞳を睨み返した。

「いつものお前ならそう言うはずだ。ここに居る誰にも率先してな。……違うか」
「…………」

 ベータは無言だった。そうしてやっぱりのろのろと相手の目から視線を外し、いまだ血みどろの姿のままのアルファのほうへ向き直った。
 が、そこではっとした。
 彼の父たるミカド、モトアキラが、息子の体をかき抱き、なにかを必死に念じていた。

(なに……?)

 ミカドはアルファを抱いたまま目をつぶり、その額を彼のそこに押し当てて、なにか必死の様子で「気」を集中させているように見えた。「何を」と声を掛けようとした矢先、あちらから先にいらえがあった。

「まだ、間に合うかも知れぬ。……ささやかな余の力でも、まだ、今なら……!」

 そうしてあとはまた必死に息子の額に顔を押し付け、精神を集中させる様子だ。
 そこでベータはハッとした。

(まさか──)

 まさか、それは。
 その<恩寵は>──

 ──<反魂はんごん>。

 もしや、この男の<恩寵>はそれなのか。
 <反魂>はスメラギの長い歴史の中でも非常に稀有に現れるものだと言われている。がしかし、不幸なことに相手が亡くなってからすぐでなくては用を為さない上に、今の時代、あの医療用カプセルなどで多くの疾病が速やかに完治できるようになってからはほとんど意味を持たぬと言われてきた恩寵だ。
 なるほどそんなたぐいの力では、極めて攻撃に特化した恩寵をもつ長男に対抗できなかったはずである。
 と、脇からぐいとザンギが割って入った。

「陛下。では、我らは傷の治癒と修復を」

 言って男は片手をしばらくアルファの胸にかざし、それから「ふんっ」と一気に槍を引き抜いた。途端にどっと血があふれ出すかと思われたが、予想に反してそれはほとんど起こらなかった。
 周囲のエージェントは勿論だったが、ベータもしばし呆気にとられてその様子を見守り、目を瞬いた。

(そうか。<修復>……!)

 なるほど、彼がかの大海戦時、片腕を失って宇宙空間に放り出されてもなお生きのびられた理由がこれか。宇宙服ごと失った片腕の血管と体組織、それに宇宙服を<修復>することにより、彼はどうにかあのどさくさで命をつなぐことが出来たのだろう。そうして流れ出る血液を最小限にとどめ、救助の手を待ったのだ。
 とはいえ彼を「救出」したのは、あのフクロウの顔をしたとんでもないマッドサイエンティストのジジイだったわけなのだが。

「<治癒>の者! ひきつづき治療を行うのだ。必ずや殿下はお戻りになる! 陛下がきっと戻してくださる! ゆえに、泣くのも諦めるのもまだ早い。いまここで諦めるな。よいか!」
「お、おお……!」
「はいっ……!」

 すっかり男泣きやら女泣きやらになりかかっていたエージェントたちも、それでさっと顔を引き締め直した。そうして<治癒>を行う者、その後の病室の準備に走る者、ナガアキラとツグアキラを連行する者等々ですぐに手分けが行われた。
 ベータはよろよろとミカドとアルファに近づいた。ミカドはまだ息子をひしと抱きしめて目を閉じたまま、額に玉の汗をにじませて気を集中させている。そっと耳を寄せてみれば、父王はずっと小さな声でこんなことを呟き続けていた。

「戻ってまいれ。戻ってまいれ……タカアキラ……!」
「そなたはまだ、死んではならぬ。こんなところで死んではならぬ」
「これからではないか。やっとこれから、幸せになるのではないか──」
「そなたを愛する者を置いて、逝ってはならぬぞ、タカアキラ……!」

 ベータは地面についた膝の上で、両手をぐっと握りしめた。
 不覚にもこみ上げるものがあって、喉がぐうっと痛みを持った。
 と、隣からその肩にぐいと腕を回す者がいる。

「泣くな、小童こわっぱ
 ミミスリだった。
「殿下は必ず、お戻りになる」
「……誰が泣くか。そっくりあんたにお返しするぞ」

 その言葉どおりだった。
 ミミスリはもう、その赤褐色をした素直でまっすぐな瞳から、ぼたぼたと熱い雫を地面に落とし続けていた。

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