ルサルカ・プリンツ 外伝《小さな恋のものがたり》

るなかふぇ

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小さな恋のものがたり

3 説得

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(だから。なんなんだよ……!)

 ロマンは悶々と考えながら、朝餉あさげの給仕の手伝いをしている。
 料理は東宮御所内の厨房でつくられて、ひととおりの毒見を終えたあと女官らの手で運ばれてくる。「毒見」とは言うけれど、もちろん人にさせるわけではない。こちらはアルネリオとは違い、すべてAIが食材の段階から厳しい検査と管理を行っている。
 それらが有能な料理人の手によって注意深く調理され、AIのチェックが済むと、最後に人の目でも丁寧に確認がなされ、ようやく料理が運ばれてくるという流れだ。かなりの手順があるように見えるけれど、それでもアルネリオのように料理がすっかり冷めているということはない。実は盆や食器そのものにも、保温のしくみがあるのだそうだ。

 朝の鍛錬と政務を終えて朝餉の席についた玻璃は、湯殿で汗も流してさっぱりとした姿である。いまは隣のユーリ殿下とごくなごやかに会話しながら箸や匙を動かしておられた。
 滄海式の料理では箸をつかって食事をすることが多い。ユーリ殿下もロマンも最初のうちはまごまごしたものだった。今ではふたりともすっかり慣れたものだが、やっぱり洋食が出てくるとほっとするのは否めない。

(こちらの宮で働くには、僕では力不足だよね。年齢のことはもう仕方がないけれど、とにかく知識も経験も少なすぎる。それは分かってる。僕だって分かってるのに……)

 しかし、自分がユーリ殿下のお傍を離れるわけにはいかない。寝室の中まではさすがにご一緒できないけれども、それ以外で一時たりとも離れることは、職責の放棄だと思っている。

(だけど……)

 ロマンの頭の中では、先ほどの黒鳶の台詞がぐるぐると回っている。

『こちらで暮らすために必要な知識はかなり多岐にわたっております。様々な仕事に必要な資格を得るには、さらに上級の知識ばかりでなく、ある程度の経験も求められます』──。

(つまり、今の僕ではまだまだ力不足なんだ。ユーリ殿下に大変なご迷惑がかからないうちに、早くどうにかしなくては)

 が、ロマンは気づいていなかった。
 あまりにも自分の考えに集中しすぎて悶々としていたために、黒鳶や玻璃殿下はおろか、肝心のユーリ殿下までが彼の表情を窺って、心配そうな目をしていたことに。 





「ということで。私もこの際、いちから勉強してみようと思うんだけど。どう思う? ロマン」
「えっ……。殿下? それは」

 ユーリ殿下が突然そんなことを言い出したのは、その日の午後のことだった。午前中、朝議が行われている時間帯にはユーリも玻璃とともに朝議の間に出向くようになっている。とりわけ、帝国アルネリオと関係のある議題が話し合われる場には必ず参席しておられた。
 したがって、ユーリ殿下の日々は意外と忙しい。国によっては皇太子妃とてかなり忙しいのかもしれないけれど、「蝶よ花よ」と育てられてきた普通の貴族のお嬢様は、後宮の女性たちを束ねる以上の仕事はする必要がないものだ。少なくともアルネリオではそうだった。

 だが、ユーリ殿下は「お嬢様」ではない。れっきとした男子であり、アルネリオの王子殿下だ。今では玻璃殿下から国の運営についてもよく参加し、積極的に意見を述べ、アルネリオとの国交をさらに緊密にするために尽力してほしいと頼まれてもおられる立場だ。こんな侍従の少年の基礎的な勉強につきあっている時間などないはずなのに。
 困惑しつつもそう申し上げたら、ユーリ殿下は困ったように微笑んだ。

「ああ、どうかそんなことを言わないで。私だって、朝議に参加するのはいいけれど、時々出てくる言葉そのものがちんぷんかんぷんなことがあってね。もう、本当に困ってるんだよ──」
「え、そうなのですか」
「そうなんだよ!」

 ユーリ殿下がいきなり叫んで、お茶の乗っていた卓をぱしっと両手で叩いた。なんだか子供みたいだ。
 ロマンはつい、びっくりして固まってしまった。

「もう本当に、自分の能力の足りなさがいやになってしまう。もっともっと学んで賢くならなければ、とても玻璃殿下のお力になどなれない。……だから、勉強はとてもしたいんだ。時間が許すならば」
「は、はあ……」
「だから、できるだけ一緒にやらないかい? ロマンだって、朝議で話されていることをもっと理解したいだろう?」
「そ、それは……はい」
「幸い、皇族のための特別な教育プログラムというのがあってね。私がそれを受ける間、ロマンも一緒に受講できるように玻璃殿にお願いしてみたんだよ」
「ええっ?」
 まさか自分のために、そんなことまで。
「で、でも……。私は飽くまでも、殿下の身の回りのお世話をするためにここにいるのですから──」
 しどろもどろにそう言うロマンの手を、ユーリ殿下はもうにこにこの笑顔でしっかりと握っていた。
「だからそう言わないで! もちろん私の世話はお願いするよ。でも、勉強は一緒にしよう。それなら君の時間もそんなに無駄にしない。睡眠時間も、最低限削るだけで済むだろう。……どうかな?」

(これは……)

 殿下にぎゅっと手をにぎられ、迫られてしまって、ロマンは首のあたりが熱くなった。が、滔々とうとうと紡がれるその台詞を聞いているうち、ひとつの確信に思い至った。

 これはどうやら、あの玻璃殿下とそこの黒鳶が何枚も噛んでいる──と。
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