墜落レッド《外伝2》夜の睦言

るなかふぇ

文字の大きさ
6 / 7

しおりを挟む

 結局、《魔素》が蔓延する地上で生き残れたのは、エルケニヒをはじめとする《魔素》耐性を持つ者だけだった。そのうえ、その生き残りの中での争いに勝ち残るためには、さらにその《魔素》を体内で錬成・蓄積して《魔力》として利用する才能も求められるようになった。つまり現在生き残っている者たちは、そこで勝利した者とその子孫だけということになる。

 《魔素》の耐性を持つ者らの多くは、人間としての姿からかけ離れた形の者も多かった。獣のように角の生えた者、体毛が異常に濃くなった者。中には肺呼吸を捨てて鰓呼吸になり、海に戻った者もいた。
 エルケニヒは基本的に人型を保っていたが、ある時、とある事件をきっかけに体内に蓄積していた《魔力》が暴走を起こし、そこからは巨大なドラゴンの姿を取れるようになった。ドラゴンの身体は、蓄積できる《魔素》の量に比例するように巨大化していった。
 それと共に、少年エルケニヒは普段の自分の容姿を自在に変えられることにも気づいた。それ以降は、髪や目や肌の色を自在に変えながら、混沌とした魔族の世界でひたすらに生き残ることだけを考えて生きていた。

「やがて次第に、魔族たちの中でも力を持つ者のもとに他の魔族が集う形で集団が形成されはじめた。無論、『力こそすべて』の価値観によるがな。その力によってグループ内にいる比較的弱い者たちの安全を保証し、守る。これが政治的な集団の在り方の基本だろう。このあたりは原始的な人間社会の成り立ちとさほど変わらぬだろうよ」
「ふーん……」
「極限の環境では力こそが正義。力ある者をリーダーに据え、グループ同士が抗争し、時に相手を滅ぼし、時に相手を飲み込むことで巨大化してゆく。やがてそれが国になる」
「で、結局お前が魔王になった?」
「……まあ、だいぶ話を端折はしょる形だがそういうことだ」
「そっか」

 リョウマは少し黙り込んだ。

「めっちゃ……苦労したんだな」
「ん?」

 意外な言葉がきて、エルケニヒは抱きしめているリョウマを見下ろした。

「そりゃ、魔王なんだからあたりまえなんだろうけど。俺は一応《レンジャー》のリーダーだけど、それだけでも色々頭の痛えこともあった。村の中でも、しょうもないいざこざは毎日のように起こってたしな。それが、でけえ国のリーダーってなったらどんだけしんどいだろうなって。ちょっと想像もできねえわ」
「まあ、そうだな。私の権力をねたんだ者から寝首を掻かれそうになったことは枚挙にいとまがないしな」
「うええっ。マジか……」

 敢えて笑いながら言ったのに、リョウマは完全に「引いた」顔になって彼を見つめた。
 エルケニヒは「ははは」と笑いつつ自分の首をとんとんと叩いて見せた。

「まあ、こうして私が生きているのだからそれがすべてだ。暗殺を企んだ者らは、都度とことんまで追いつめてグループごと殲滅したしな」
「はあ。ま、そーだろうなあ」
「敵の血族もことごとくだ。女も子どもも乳飲み子であろうとも一人残らず。最初の頃は《鉄血の魔王》などとも呼ばれたものよ。もちろん悪口でな」
「うわあ……えっぐ」
「呆れたか? また私を嫌いになるか」
「いや……うーん」
「だが、すまぬ。権力を持つとはそういうことだ。わざわざこんな話をそなたにするべきではなかったな」

 優しく涙もろいところのあるリョウマには厳しすぎる話であろう。「見損なった」と嫌われたとしても無理のない話だった。が、しばらく難しい顔をして考えこんでいたリョウマはやがて言った。

「う~ん……。赤ん坊まで殺してってのは、俺にはできねえなって思うけど……。その場にいたら、間違いなく俺はお前を止めてただろうよ。その時だったら、お前とバチバチにやりあって、それこそどうしようもない関係になっちまってたかもしんねえんだよな──」
「……ああ」
「でも、その時はそうするしかなかったんだろ。後々、そいつを担いでお前に反旗を翻してくるヤツらが出ないようにってことだろ? そうなっちまったら、関係ない一般の国民までまたえらい迷惑するんだからよ。要は『禍根を絶つ』ってやつなんだよな……?」
「その通りだ」

 このところ、実はリョウマは魔王国の教育プログラムを使って王宮内で様々な学習をしている。子どもたちがどんどん育ってどんどん賢く強くなっていく中、自分だけがいつまでも「もの知らず」の若者でい続けるわけにはいかない、と思ったらしいのだ。
 そのため、最近では比較的話が通じやすくもなっている。今回の彼のセリフも、ここ最近の彼の学習に基づくものだと思われた。なにより、飛躍的に語彙が豊かになってきているのは喜ばしいことなのだろう。

「今では左様なことまでせずとも国の運営が叶っているのは喜ばしいことだ。……そなたが理解してくれて嬉しい。感謝する」
「べっつに! 感謝されるよーなことじゃねーよ」

 恥ずかしいのかちょっと赤面して、リョウマがまたぷくっと頬を膨らませた。エルケニヒはそこへ、万感の思いを乗せて再び口づけを落とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...