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第一部 トロイヤード編 第三章 王都ヨルムガルド
2 帰還(2)
しおりを挟む王都ヨルムガルド。
百年前、ただの平和でちっぽけな漁村に過ぎなかったそこは、長い歳月と、その地の利を欲した王たちの知恵の恩恵を受け、今では巨大な城塞都市へと変貌を遂げている。
人口、およそ八十万。都市全体が、南北に七キロル、東西に八キロルに及ぶ長い城壁で囲まれ、全体を石畳で整備されている。城壁の内側には石造りの建造物が林立しており、多くの民がそこで日々の営みにいそしんでいる。
王都の中央には、深い堀に隔てられ、切り立つ城壁に守られた王城があるが、周囲の街からは小高い位置にそびえているため、王都のどこからでも、その尖塔を臨むことができた。北から海へと流れるヤイル川が都市の中央を横切り、王の宮殿をかすめるようにして、城を囲む堀の一部を形成している。
唯一、城壁の途切れた都市の南側は、穏やかなアヤルタの海を臨む。大きな港には漁船や商船がひっきりなしに行き交っており、漁業や他国との通商にも力を入れているトロイヤード王国の商業促進への熱意が窺える。
さらには巨大な軍船が何隻も、警備兵を乗せて待機しているのが見えた。
レドの一行は、ヨルムガルド北東の大門から都市に入った。街を囲む壁に開けられた巨大な門には、落とし戸式の丈夫な木組みの扉が作りつけられている。
見張りの兵が、まだ一キロルも先にいるレドたちの姿を確認するやいなや、周囲に大声で呼ばわって、門を吊り上げる鎖を巻き上げ始めた。
王の帰還を告げ知らせる先触れの騎兵が「陛下のお戻りぃ! レド陛下のお通りである! すみやかに道を空けよ! レド陛下、ご帰還である!」と大声に叫びながら大通りを駆け過ぎると、街の人々は左右に道を開け、あちこちの窓や扉から顔をだして、王の隊列を待ち構えた。悠然と手綱を打たせてレドが現れると、そこここから民たちの声が掛かった。
「レド陛下、ご帰還おめでとうございます!」
「おかえりなさいませ、レド陛下!」
「おかえりなさい!」
「おかえりなさ~い!」
「レド陛下、ばんざあい!」
男も女も、老いも若きも子どもたちも、みな嬉しそうにいきいきと笑顔を輝かせている。なかには、
「またやらかされましたか、陛下!」
「そろそろ、やんちゃも大概になさいませ!」
などと多少皮肉の篭もった野次なども聞こえてくるが、そこに毛ほどの悪意も感じられず、むしろレドを慕う気持ちが溢れている。
レドもそれはよくわかっているらしく、鷹揚に手を振り返し「面目ない! 気をつける」などと笑いながら応対している。
(いい街だな……)
兜と前髪の下からそれらの光景を見ながら、馬の上でシュウは思った。
決して裕福な暮らしとまではいかないのだろうが、貧しすぎて打ちひしがれているような民は誰もいない。道端に転がったり座り込んだりしている、浮浪者のような者も見当たらない。街の中は清潔に保たれており、道端に汚物などもまったく見えなかった。犯罪なども少ないのに違いない。
何より、民の顔がどれも明るかった。
レドが予告したとおり、宮殿までの道々、シュウは特に誰にも見咎められることはなかった。無事、王城の堀に掛かる広い石橋を渡り、城壁の大門をくぐったところで、シュウは借りていたマントと兜をそれぞれの兵に返した。
レドを迎えにきた兵士たちは中庭で解散となり、ゴルザスともそこで別れて、レドはシュウだけを伴って宮殿に入った。
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