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第一部 トロイヤード編 第四章 揺れる心
5 伝言(2)
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レドはいきなり言葉に詰まった。その沈黙を、老人は即座に肯定と受け取ったようだった。
「で、でござります。シュウ殿の申されますには、もしも陛下が、シュウ殿をもう身近に置きたくないと、そのように思し召されるのでしたら──」
「それはない!」
途端、レドが叫んだ。思わずソファから立ち上がっている。老人は目を細めた。うんうんと、なにか嬉しそうに頷いている。
「左様でござりまするか。まあ、でしたらよろしいのでござりまするが。ともあれ、シュウ殿は陛下にご迷惑をお掛けするくらいでしたら、いつでもこの城を去ると申しておられましたぞ」
(そうか。やっぱりそう考えるか……)
レドは、どすんと再びソファに座り込み、両手を顔の前で組んだ。視線をその手に落とす。
「……あいつが、そう望んでいると?」
「いえ、それはありますまいな」
老人がにこやかに明言する。レドは不思議そうに目を上げた。
「何故わかる」
「そこはほれ、爺いの秘密でござりまするよ」
ほっほ、と軽い笑いでかわされる。
「なんだ、それは……」
レドが脱力した。
(相変わらず、食えん爺いだ……)
肩を落としたレドを尻目に、老人は言葉を継いだ。
「陛下がシュウ殿をこの城に置きたいと思し召しならば、是非ともあの方になにか御勤めをお授けくださりませ。あの方は、ただ無為徒食に甘んじるような卑しき生き方とは無縁のお方であられますゆえ」
「なるほど……わかった」
レドが頷いた。
「シュウ殿からのご伝言はここまでではござりまするが、陛下、もう少しよろしいですかな?」
「ん? なんだ」
「シュウ殿はああ申しておられまするが。もしも陛下があの方を外へお出しになるのでしたら、少しご用心召されませ」
レドの片眉が上がる。
「どういうことだ」
老人はまた軽く咳払いをした。「まだ分からぬか」とでも言いたげである。
「なにしろ、あのご容姿でござります。城内の兵士の中にも荒くれ者はおりまするし、街なかや街道、辺境の村々ともなれば、言うに及びますまい」
老人の言葉を聞くうちに、次第にレドの眼差しが厳しい光を帯び始める。ヴォダリウスの言わんとすることが分かってきたのだ。
「近頃は人買いなどという不埒な者たちも跋扈しておるやに聞き及びまする。あのお姿でお一人でどこかに行かせるなど、狼の群れに羊を放つが如きこと。と、爺いは愚考いたしますれば」
「……!」
レドは背筋の凍るのを覚えた。
まったく、ヴォダリウスの言うとおりだった。
特に男に引き付けられる性質でもない自分でさえ、ついふらふらとあんなことを仕掛けてしまったほどなのだ。今後どんな仕事をさせるにしても、周囲からの下世話な手出しからは絶対に守ってやらねばならない。
(もしもあいつが、どこかで不埒な輩にかどわかされでもしたら──)
運よく次に会えたとしても、その時にはもう、シュウは心も体も、とうに取り返しのつかぬほどにずたずたにされていよう。どこかの娼館や貴族の屋敷で囲われて淫蕩なひひ爺いの相手をさせられているなら、まだましなほうである。
レドは、考えただけでもその男たちに殺意を覚えた。自分でも小刻みに拳が震えてくるのが分かる。
やがて、少し呼吸を整えてから、低い声で老人に告げた。
「……わかった。シュウには護衛をつける」
「それが得策でござりましょう」
「仕事については、俺に一案がある。それについては、俺が直接シュウと話す。警護の人選は任せていいか」
「もちろんにござりまする」
ヴォダリウスは恭しく一礼をして、静かに部屋から出て行った。
レドもすぐに席を立ち、まっすぐシュウの部屋を目指した。
もはや毛ほどの迷いもなかった。
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