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第一部 トロイヤード編 第四章 揺れる心
4 伝言(1)
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レドは黒竜から跳び降りて兵舎の前を横切り、大股に中庭を抜けて王宮に向かった。ヴォダリウスが大廊下の入り口で待ち構えていた。レドを見るなり、深々と礼をする。
「陛下。ご公務、お疲れさまにござりました」
「おう、戻った」
言いながらその前を通り過ぎようとしたが、ヴォダリウスはそれを引き止めるように後をついていきつつ言葉を続けた。
「文官どももさぞや喜んでおりましょう。なにしろ、あの溜まりに溜まった書類の山が──」
「シュウは部屋か? 急ぎで話がある」
歩調を緩めないまま、レドは老人の長い挨拶を片手で制した。ヴォダリウスはわずかに眉を上げ、意外そうな目をした。
「ほ……いえ。まだお戻りではありませぬかと」
「……そうか」レドは当てが外れて立ち止まった。「珍しいな。どこへ行った?」
「はてさて。とんと分かりかねまする」
「なんだ、爺。その顔は」
レドの声が怪訝なものになる。珍しく老人が作った悪戯っぽい笑みに、やや気持ちの悪いものを見たような顔だ。
「いえいえ、なんでもござりませぬ。ですが、丁度ようござりました。この爺、シュウ殿から、陛下へご伝言を預かっておりますれば」
「なに、シュウから?」レドの目が見開かれた。「なに、なんと?」
「まあまあ」
詰め寄るレドを押しとどめて、ゆるやかに老人が笑った。
「まずは旅装を解かれて落ち着かれませ。お部屋でゆっくりお話いたしまするでな」
子供を宥めるような態度の老人をレドは一瞬だけ忌々しげに見つめたが、即座に踵を返した。
「分かった。俺の部屋で待て」
そのまま足早に去ってゆく。
老人が微笑みながらその背中に礼をした。
「畏まりましてござりまする」
◇
「で? シュウの話とは何だ」
四半刻後。
レドは自分の執務室で再び老人と向かい合った。文官たちはそれぞれ部屋に戻らせ、今は二人きりである。いつもの部屋着に着替えてソファに座り、ヴォダリウスにも椅子を勧めたが、老人は固辞して立っていた。
「ああ、その前に。俺の勝手で、爺にシュウの世話を押し付けて済まなかった。面倒などは無かったか?」
「いえいえ、とんでもござりませぬ。初めはあまりのお姿ゆえ、言葉は悪うござりまするが『どんな山出しの田舎小僧か』などと思いましたが。いやいや、あれはなかなかの御仁ですな」
「ほう? そうか」
「はい」
レドの瞳がわずかに嬉しそうに光ったのを、老人は見逃さなかった。
「あのお姿のときには気付きませなんだが、なかなかどうして、身のこなしもどことなく優雅でいらっしゃりまするし、言葉遣いにしても、どこか品がおありのようでござりまする。親御さまは東からの移民だとかで、すでに他界なされたと聞いておりまするが、出自はそれなりの家格であられるのかも知れませぬな」
「なるほど。爺もそう見たか」
「はい」
レドが微笑してヴォダリウスを見やった。
老人も、にっこり笑い返す。
「で? シュウは俺になんと?」
「は、それでござりまするが」
本題に入るため、ヴォダリウスは微かに咳払いをした。
「結論から申しましょう。シュウ殿は、お暇でござりまする」
「……は?」
レドの顎がかくんと落ちた。一瞬、豆鉄砲を食らった鳩の顔になる。
(この爺い、また人を食った物言いを──)
レドがぎろりと放った視線を、ヴォダリウスはどこ吹く風と受け流した。
「端的に申し上げれば、そういうことでござりまする。陛下。あの方に、どうぞ何か王宮の御勤めをお申しつけくださりませ」
それは、つまり。
「仕事がしたい、ということか? あいつがそう言ったのか」
「もちろん、それだけではござりませぬ」
「なんだ。早く言え」
のんびりした老人のテンポについていけず、レドは次第に苛々してくる。
「ここからは爺の預かり知らぬ話でござりまするゆえ、うまくお伝えできまするかどうか……。ですが先日、お二人に何かござりましたのですな? それがもとで、このところ、陛下はシュウ殿を遠ざけておいでだった、と」
(……う)
レドはいきなり言葉に詰まった。その沈黙を、老人は即座に肯定と受け取ったようだった。
「陛下。ご公務、お疲れさまにござりました」
「おう、戻った」
言いながらその前を通り過ぎようとしたが、ヴォダリウスはそれを引き止めるように後をついていきつつ言葉を続けた。
「文官どももさぞや喜んでおりましょう。なにしろ、あの溜まりに溜まった書類の山が──」
「シュウは部屋か? 急ぎで話がある」
歩調を緩めないまま、レドは老人の長い挨拶を片手で制した。ヴォダリウスはわずかに眉を上げ、意外そうな目をした。
「ほ……いえ。まだお戻りではありませぬかと」
「……そうか」レドは当てが外れて立ち止まった。「珍しいな。どこへ行った?」
「はてさて。とんと分かりかねまする」
「なんだ、爺。その顔は」
レドの声が怪訝なものになる。珍しく老人が作った悪戯っぽい笑みに、やや気持ちの悪いものを見たような顔だ。
「いえいえ、なんでもござりませぬ。ですが、丁度ようござりました。この爺、シュウ殿から、陛下へご伝言を預かっておりますれば」
「なに、シュウから?」レドの目が見開かれた。「なに、なんと?」
「まあまあ」
詰め寄るレドを押しとどめて、ゆるやかに老人が笑った。
「まずは旅装を解かれて落ち着かれませ。お部屋でゆっくりお話いたしまするでな」
子供を宥めるような態度の老人をレドは一瞬だけ忌々しげに見つめたが、即座に踵を返した。
「分かった。俺の部屋で待て」
そのまま足早に去ってゆく。
老人が微笑みながらその背中に礼をした。
「畏まりましてござりまする」
◇
「で? シュウの話とは何だ」
四半刻後。
レドは自分の執務室で再び老人と向かい合った。文官たちはそれぞれ部屋に戻らせ、今は二人きりである。いつもの部屋着に着替えてソファに座り、ヴォダリウスにも椅子を勧めたが、老人は固辞して立っていた。
「ああ、その前に。俺の勝手で、爺にシュウの世話を押し付けて済まなかった。面倒などは無かったか?」
「いえいえ、とんでもござりませぬ。初めはあまりのお姿ゆえ、言葉は悪うござりまするが『どんな山出しの田舎小僧か』などと思いましたが。いやいや、あれはなかなかの御仁ですな」
「ほう? そうか」
「はい」
レドの瞳がわずかに嬉しそうに光ったのを、老人は見逃さなかった。
「あのお姿のときには気付きませなんだが、なかなかどうして、身のこなしもどことなく優雅でいらっしゃりまするし、言葉遣いにしても、どこか品がおありのようでござりまする。親御さまは東からの移民だとかで、すでに他界なされたと聞いておりまするが、出自はそれなりの家格であられるのかも知れませぬな」
「なるほど。爺もそう見たか」
「はい」
レドが微笑してヴォダリウスを見やった。
老人も、にっこり笑い返す。
「で? シュウは俺になんと?」
「は、それでござりまするが」
本題に入るため、ヴォダリウスは微かに咳払いをした。
「結論から申しましょう。シュウ殿は、お暇でござりまする」
「……は?」
レドの顎がかくんと落ちた。一瞬、豆鉄砲を食らった鳩の顔になる。
(この爺い、また人を食った物言いを──)
レドがぎろりと放った視線を、ヴォダリウスはどこ吹く風と受け流した。
「端的に申し上げれば、そういうことでござりまする。陛下。あの方に、どうぞ何か王宮の御勤めをお申しつけくださりませ」
それは、つまり。
「仕事がしたい、ということか? あいつがそう言ったのか」
「もちろん、それだけではござりませぬ」
「なんだ。早く言え」
のんびりした老人のテンポについていけず、レドは次第に苛々してくる。
「ここからは爺の預かり知らぬ話でござりまするゆえ、うまくお伝えできまするかどうか……。ですが先日、お二人に何かござりましたのですな? それがもとで、このところ、陛下はシュウ殿を遠ざけておいでだった、と」
(……う)
レドはいきなり言葉に詰まった。その沈黙を、老人は即座に肯定と受け取ったようだった。
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