31 / 149
第一部 トロイヤード編 第五章 癒しの手
5 暗殺者(1)
しおりを挟む(そりゃ、まあ……さ。今はそんなに、大変な患者さんもいないんだけどもさ……)
馬の鞍の上で、シュウは今日、何度目かの溜め息をついた。思えば初めから、それも見越してのレドの策略だったのかも知れない。
(だからって、なんでこんな……)
頭上で太陽が明るく輝いている。
いつの間にか、トロイヤードにも熱い日差しが肌を焼く季節が到来していた。
王都ヨルムガルドから北へ約十キロルばかり離れた小さな森である。土地の者たちは、ここをシンバの森と呼んでいるらしい。
木々が涼しい木陰を作り、小川が流れ、小鳥の声と幸せそうな虫の羽音がする。周囲も丈の高い草木でしっとりと湿って、緑の発する爽やかな空気に包まれ、生き物にとっての快適な空間を作り出していた。
レドの命令で医務棟での仕事を強制的に休まされ、シュウは二、三日、自室でゆっくりさせられた。が、なぜか今日はレドのお供を命じられ、こんな所まで連れて来られている。
治水工事の検分がてら、帰りに近くの森に寄って鹿狩りをするのだということだった。そのためもあって、今回レドの周りには警護の兵士が多めについてきている。
全部で二十名ほどだろうか。重い甲冑ではなく、みな皮製の軽鎧姿である。めいめい、手に弓や槍などを携えている。
騎馬の兵士たちは互いに声を掛け合いながら鹿などの獣を追い込んでは、レドに矢を放つタイミングを与えるべくあちこちを駆け回っていた。レドはもちろん、その間を軽々と縦横無尽に駆けつつ獣を追っている。あちこちで楽しげな笑声がした。
シュウにはそんな血なまぐさい王侯貴族の趣味などとんと分からない。興味も持てなかった。そもそも弓を射た経験もない。当然、少し離れた木陰からただ狩りを眺めているだけになる。
(でも……)
こうして森にいるのは気持ちが良かった。
清潔で快適な環境だとはいえ、毎日を王宮の中だけで過ごしているのは人としていかにも不健康だった。狩りのことはともかく、レドが、恐らくはシュウの気晴らしのためにと連れ出してくれたことは素直に嬉しかった。
(来て、よかった……かも)
あとで、きちんとお礼を言おう。
昼食も終わって、眠気をもよおす午後だった。
今日のシュウは「下級医務官ラギ」としてここにいるのではない。あくまでも、王の客人であるシュウとしてついてきている。そのため、あの鬱陶しい包帯の変装もしてはいなかった。当然、「ラギ専属」の護衛兵であるタルカスは付いてきてはいない。
こうして汗ばむ季節ともなると、あのいでたちは結構つらいものがある。今後は何かもっといい方法を考える必要がありそうだった。
今朝、レドの護衛兵たちは初めてシュウの姿を見て一様に言葉を失った。中には初対面ではなく、「ラギ」として医務棟で会ったことのある顔もあったが、もちろんむこうにそんなことは分からない。
シュウの方でもなるべく声を出さないように気をつけた。耳のいい者なら、気付く可能性もないではないからだ。
事前にレドから警告されているのか、兵士達はシュウの容姿についてとくに何も口にしはしなかった。そればかりか、終始普通の態度で接してくれていた。
それでもシュウはなんとなく気が引けて、陽光を遮っているふうを装いつつ、フードを目深に下ろしていた。
遠い山の端に白い雲が湧き上がり、澄んだ青空に映えて美しい。
と。
突然、視界の隅で何かが光った気がして、シュウは目を上げた。
(なに……? 今の)
フードをはずし、そちらを窺ってみる。今は何も見えない。
レドたちは、目の前の少し森の開けた草地で今まさに鹿を仕留めようとしているらしい。兵士たちはみなその場に集まって馬を駆けさせている。シュウが居る側の木陰や叢に、人が残っているはずはないのだが。
小川のせせらぎにでも、陽光が反射したのだろうか?
(……いや、違う)
小川はシュウの左側だ。今の光とは反対方向である。
何か嫌な予感がして、シュウの心臓が拍動を早め始めた。
そっと馬の腹に踵を当てると、シュウは静かに前へ進んだ。
(──!)
間違いなかった。
右手の叢の中から、ひっそりと鏃が覗いている。狙う相手が誰かなど、考えるまでもなかった。
振り向いて咄嗟にレドを見た。
レドは今、こちらに背中を向けている。
(陛下──!)
シュウは馬体を蹴って飛び出した。
レドと、あの矢の間に入る。
考えたのは、それだけだった。
その瞬間。
──ひゅかっ。
背後で、密かな弦音がした。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる