【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第五章 癒しの手

5 暗殺者(1)

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(そりゃ、まあ……さ。今はそんなに、大変な患者さんもいないんだけどもさ……)

 馬の鞍の上で、シュウは今日、何度目かの溜め息をついた。思えば初めから、それも見越してのレドの策略だったのかも知れない。

(だからって、なんでこんな……)

 頭上で太陽が明るく輝いている。
 いつの間にか、トロイヤードにも熱い日差しが肌を焼く季節が到来していた。

 王都ヨルムガルドから北へ約十キロルばかり離れた小さな森である。土地の者たちは、ここをシンバの森と呼んでいるらしい。
 木々が涼しい木陰を作り、小川が流れ、小鳥の声と幸せそうな虫の羽音がする。周囲も丈の高い草木でしっとりと湿って、緑の発する爽やかな空気に包まれ、生き物にとっての快適な空間を作り出していた。

 レドの命令で医務棟での仕事を強制的に休まされ、シュウは二、三日、自室でゆっくりさせられた。が、なぜか今日はレドのお供を命じられ、こんな所まで連れて来られている。
 治水工事の検分がてら、帰りに近くの森に寄って鹿狩りをするのだということだった。そのためもあって、今回レドの周りには警護の兵士が多めについてきている。

 全部で二十名ほどだろうか。重い甲冑ではなく、みな皮製の軽鎧姿である。めいめい、手に弓や槍などを携えている。
 騎馬の兵士たちは互いに声を掛け合いながら鹿などの獣を追い込んでは、レドに矢を放つタイミングを与えるべくあちこちを駆け回っていた。レドはもちろん、その間を軽々と縦横無尽に駆けつつ獣を追っている。あちこちで楽しげな笑声がした。

 シュウにはそんな血なまぐさい王侯貴族の趣味などとんと分からない。興味も持てなかった。そもそも弓を射た経験もない。当然、少し離れた木陰からただ狩りを眺めているだけになる。
 
(でも……)

 こうして森にいるのは気持ちが良かった。
 清潔で快適な環境だとはいえ、毎日を王宮の中だけで過ごしているのは人としていかにも不健康だった。狩りのことはともかく、レドが、恐らくはシュウの気晴らしのためにと連れ出してくれたことは素直に嬉しかった。

(来て、よかった……かも)

 あとで、きちんとお礼を言おう。

 昼食も終わって、眠気をもよおす午後だった。
 今日のシュウは「下級医務官ラギ」としてここにいるのではない。あくまでも、王の客人であるシュウとしてついてきている。そのため、あの鬱陶しい包帯の変装もしてはいなかった。当然、「ラギ専属」の護衛兵であるタルカスは付いてきてはいない。
 こうして汗ばむ季節ともなると、あのいでたちは結構つらいものがある。今後は何かもっといい方法を考える必要がありそうだった。

 今朝、レドの護衛兵たちは初めてシュウの姿を見て一様に言葉を失った。中には初対面ではなく、「ラギ」として医務棟で会ったことのある顔もあったが、もちろんむこうにそんなことは分からない。
 シュウの方でもなるべく声を出さないように気をつけた。耳のいい者なら、気付く可能性もないではないからだ。

 事前にレドから警告されているのか、兵士達はシュウの容姿についてとくに何も口にしはしなかった。そればかりか、終始普通の態度で接してくれていた。
 それでもシュウはなんとなく気が引けて、陽光を遮っているふうを装いつつ、フードを目深に下ろしていた。
 遠い山のに白い雲が湧き上がり、澄んだ青空に映えて美しい。

 と。
 突然、視界の隅で何かが光った気がして、シュウは目を上げた。

(なに……? 今の)

 フードをはずし、そちらを窺ってみる。今は何も見えない。
 レドたちは、目の前の少し森の開けた草地で今まさに鹿を仕留めようとしているらしい。兵士たちはみなその場に集まって馬を駆けさせている。シュウが居る側の木陰やくさむらに、人が残っているはずはないのだが。
 小川のせせらぎにでも、陽光が反射したのだろうか?

(……いや、違う)

 小川はシュウの左側だ。今の光とは反対方向である。
 何か嫌な予感がして、シュウの心臓が拍動を早め始めた。
 そっと馬の腹に踵を当てると、シュウは静かに前へ進んだ。

(──!)

 間違いなかった。
 右手のくさむらの中から、ひっそりとやじりが覗いている。狙う相手が誰かなど、考えるまでもなかった。

 振り向いて咄嗟にレドを見た。
 レドは今、こちらに背中を向けている。

(陛下──!)

 シュウは馬体を蹴って飛び出した。

 レドと、あの矢の間に入る。
 考えたのは、それだけだった。

 その瞬間。

 ──ひゅかっ。

 背後で、密かな弦音つるおとがした。
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