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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪
8 漂泊(2)
しおりを挟む「やめときな。あんたが敵う相手じゃねえよ」
背後から低い声がして、がっしりと肩を掴まれていた。
「ひゃあっ!」
まったく予想していなかったため、シュウは十セントルばかり跳び上がってしまう。
「しーっ! おいおい……変な声だすんじゃねえよ」
恐る恐る振り向くと、「参ったな」などと言いながら頭を掻きつつ、上から下まで黒ずくめの軽鎧に黒いマント姿の男が立っていた。フードを目深に被っているため顔はよく見えないが、声の様子からしてどうやら若い男であるようだ。
ちょいちょい、と男は自分の顔のあたりを指差した。
「それにその……包帯も。それで出て行っちゃまずいんでしょ? あんたは」
「……あ」
無意識に手をやれば、解けた包帯から素顔が半分以上見えてしまっていた。慌てて包帯を巻きなおす。
男はそれを確認したように、シュウの肩をぽんと叩いた。
「ま、ここは俺にまかしときな。一応、これも仕事のうちなんでな、っと」
言うが早いか、男は脱いだ黒いマントをシュウに放り投げ、自分の背中に手をやった。肩から下げた巨大な鞘から、ごつい大剣を引きずり出す。
じゃりりっ、と金属が触れ合う音がした。分厚い鋼の刀身に無骨な柄がついている。かなりの業物と見えた。それを、まるで仔山羊でも抱えるようにひょいと肩に担いだかと思うと、男はなにげない足取りで広場へ向かった。
明るい声で、人攫いの男たちに呼びかける。
「おうおう、お兄さんたちよう! 随分、楽しそうなことしてんじゃねえか?」
男たちがこちらを振り向いた。
「なんだあ? おめえは……」
親玉の男が目を剥く。
「別に、名乗るほどのもんじゃねえよ。ただなあ、宿場町でのかどわかしは、見捨てておくわけにゃいかねんだよなあ……」
男は、ぽりぽりと顎など掻いている。短い銀髪に、鳶色のいたずらっぽい瞳。細身に見えるが、あますところなく引き締まった体は紛れもなく戦士のそれだった。肌は浅黒く、背丈は丁度、レドぐらいか。
「ふん、邪魔しようってのか、兄ちゃん。そんな得物で?」親玉が嘲るような声を出す。「笑わせんな! そんなもんが、まともに振れるっていうのかよ!」
人攫いの男たちも次々に下卑た笑い声を出し始めた。
確かに、黒鎧の男の背丈ほどもありそうな大剣は普通に持ち上げるだけでもかなり大変そうに見える。が、男はにこにこ笑って言った。
「おーや、ごあいさつ。そんじゃ、ちょっくら振って見せましょうか、ねっと!」
その途端。
男の体が、深く沈みこんだ。
ぶん! と空気の切り裂かれる音がして、その場に竜巻が沸き起こり、風圧で砂埃が舞い上がった。
と同時に「ぎゃっ!」とか「ひいっ!」とかいう、男たちの悲鳴が聞こえた。
シュウが思わずつぶってしまった目を恐る恐る開けてみると、すでに男たちの何人かが腕や足からぼたぼたと血を流したり、呻きながらうずくまったりしていた。にもかかわらず、彼らに腕を掴まれていた女や子供たちは無傷だった。
かかか、と青年が笑う。
「自分で振れねえ得物なんざ、わざわざ持ってくるわけねえじゃん。馬鹿じゃね?」
得物は重いが、態度は限りなく軽い男である。
「体の大きさは関係ねえのよ。要は、センスとバランスとタイミング、ってね」
可愛く片目などつぶって見せている。
「ついでに、顔もよければなお良し、ってか?」
男はそのまま、尻餅をついて呆然としている親玉にずいと近寄った。
その鼻先に大剣の刃先をぴたりと当てて、にっこり笑う。
「さてさて。どうするんだい? お兄さんがた。やるなら付き合うのは吝かじゃねえが──」
一瞬、その鳶色の瞳にぎらつく殺気が走った。しかし顔は笑ったままである。
「次は、骨まで叩っ斬るぜ?」
人攫いどもはそれを聞いて色を失った。
「ちっ、畜生! おぼえてやがれ!」
言いざま捕まえていた女や子どもたちを放り出し、男たちはこけつまろびつ、てんでに逃げていった。まるで蜘蛛の子を散らすようだ。すべてが一瞬の出来事だった。
「はいはい。どうでもいいけど、あんたらほかの台詞も考えたほうがいいんじゃね?」
言いながら一度大剣をびゅん、と払って鞘に戻すと、振り向いてシュウのところに戻ってくる。
シュウはフードを被って物陰に隠れたまま、感心しきって顔の前で小さく拍手をしていた。
そんなシュウを見下ろして、男はちょっと首をかしげた。
「なあ、シュウちゃん。拍手はほんと、嬉しいんだけど。のんびりしてねえで、とっとと水、汲んできたほうがいいんじゃね?」
言いながらくいっと顎で井戸を示す。今は先ほどの人々も逃げ散って、幸い近くにはだれも残っていない。
「あっ! はい!」
慌てて井戸に走りかけて、シュウはふと、男の言葉にある違和感を覚えた。
(あれ……? 今この人、『シュウちゃん』って……??)
頭の中でいろんな疑問符を飛び回らせながら、シュウは急いで井戸に走った。
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