【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪

7 漂泊(1)

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 街道沿いのオリーブの木の下で、シュウは目を覚ました。
 頭の上で小鳥たちが鳴き交わしている。日はまだ高かった。

「あ……」

 どうやら眠ってしまったらしい。
 幸い、街道から少し離れたそこは、道ゆく人々からは丁度死角になっていて誰にも見つかることはなかった。

(まだ、こんな所までしか来てないのに……)

 シュウが思っていた以上に、矢傷による体力の消耗は激しかった。午前中に予定していた行程の三分の一も進めていないにも関わらず、もう立っていることもできなくて、つい座ってしまったのがいけなかった。

(もう、みんなは気がついてるよね……)

 そして、きっと今ごろ大騒ぎだ。
 レドが八つ当たりで誰かを殴ったりしていないかが心配だった。
 エデルも、きっとまた青ざめて泣いているに違いない。
 ヴォダリウスも、タルカスも、きっと心配してくれている。

 ……でも。

(ごめんね……)

 シュウはよろよろと立ち上がり、重い足を引きずって、また街道の上に戻った。
 顔といわず体といわずぐるぐる巻きにした包帯を、マントで隠すようにして歩いてゆく。
 通り過ぎる男も女も、そんなシュウを不快そうに不躾な視線でじろじろ眺めた。みな一様にシュウの周りを迂回してゆく。もちろん、疫病を恐れているのだ。
 幼子を抱えた若い母親などは子供を必死でシュウから遠ざけ、凄まじい視線で睨みつけてきた。そんなとき、ただただシュウは申し訳ない気持ちだった。理由はどうあれ、人に嘘をついているわけだから。

 この道は、王都の西側の大門からトロイヤードの北西地域へ通じている。エルドの村は北東方面なので、ほぼ反対方向ということになる。
 故郷のエルドの村に向かいたいのは山々だった。だがもしそうしていたら、シュウはもうとっくに見つかって、今ごろは連れ戻されていただろう。

 シュウは王都を出る時、敢えてこちらの街道を選んだ。以前、医務棟で患者の兵士が王都内でいちの立つ日を教えてくれたことがあり、その日は早朝からこの大門が開くことを知っていたからでもある。
 城を出たのは夜だったが、その後は入り組んだ街路に迷いながらようやく大門にたどり着き、その傍で早朝の開門まで待たねばならなかった。ここで、予想以上に時間と体力を消耗させられた。
 ヨルムガルドも他の都市と同様、攻撃を受けた際の保険として迷路のような街路のつくりになっているのだ。

 もちろん、今でもこれだけ時間を無駄にしているわけで、まっすぐ馬で追われていたならとうに見つかっていたに違いない。もしかすると、さっき眠っていた間にも捜索の者が通り過ぎていたかもしれなかった。

 それにしても。

(暑いな……)

 少し頭がふらつくようだった。熱があるのかもしれない。
 この時期、もう夏の最盛期は終わろうとしている。だが、それでも熱い太陽が真上から容赦なく降り注いでいる。石畳の街道は太陽光を反射して、じりじりと足元からも熱を送ってきていた。そのために、包帯だらけのシュウの体は余計に熱気をもらせてしまうのだ。
 王都を出てくるときに街なかの井戸で汲んでおいた水も残り少なくなっている。そろそろ、どこかの水場を探さなければならなかった。

 レドには申し訳ない気もしたが、シュウは「ラギ」として貰った給金だけは路銀として持ち出してきていた。それ以外の持ち物は、水と着ているもの以外なにもない。
 しかし、シュウの姿を見た途端、どんな農家も商人たちも扉を閉ざすばかりだった。あるいは遠くから犬を追うようにして怒鳴ったり、手を振り回したりする者もいる。酷い時には、石つぶてが飛んできた。当然ながら、小川や井戸などの水場にも近づくことができなかった。
 もちろん、初対面の人々としてそれは当然の反応だった。

 けれども、いつまでもこのままではいずれはまずいことになる。
 レド達から「身を守るため」とあれほど警告されてはいたが、いつまでもこの包帯の姿でいるわけにはいかないようだった。せめて水場に近づくときだけでも、包帯を解く必要がありそうだった。


 ◇
 

 それからまだ何ほども進まないうちに、シュウの足はまた言うことを聞かなくなり始めた。それに、とうとう皮袋の水も底をついた。

(やっぱり、どこかで水を手に入れないと……)

 もう限界だった。これ以上我慢したら、行き倒れるのは目に見えていた。
 ちょうど、前方には小さな宿場町が見え始めている。街の中の井戸で、なんとか水を分けてもらわなくてはならない。
 本当なら、もう少し暗くなって水場に人がいなくなった時を狙うのが一番だったが、もはやそうも言っていられなかった。

 よろめきながらも、どうにか宿場町にたどり着き、井戸を探した。
 思ったとおり、町の中心部の広場らしき場所に町の住人や旅の人々が群がっている。井戸の周りで、男も女も次々と釣瓶つるべを持ち上げては水音を響かせていた。聞いているだけで喉の鳴りそうな音だった。
 家族連れらしき一団の中にいる子供たちの嬉しげな声が響いている。
 シュウは一旦、廃屋らしき建物の陰に身を隠してからフードを取り、顔に巻きつけた包帯を解き始めた。

 ──が、その時。

 人相風体にいかにも暴力的な雰囲気を纏った男たちが六、七人ばかり、町のどこからともなく現れて、どやどやと井戸の周りに集まってきた。
 そうして、そこに集まっていた人々を取り囲み、短剣や棍棒をちらちらと見せびらかしながらしばらく値踏みするようにじろじろと眺め回していたかと思うと。
 そのうちの一人が突然、傍に居た農家の者らしい女の髪を引っつかんで叫んだ。

「おかしら! こいつなんかどうですかい? なかなか上玉じゃありやせんか!」

 下品な銅鑼声どらごえが広場に響き渡る。場にいた人々の顔が凍りついた。お頭と呼ばれた太った赤ら顔の男が、女を舐めるような目で眺めて言った。

「ふん、ちっと年増だが、まあいいだろう。連れていけ」

 当の女は金切り声を上げて手を振りほどこうともがいたが、男に二、三度顔を殴りつけられて静かになった。

「子供は、歩けるの全部だよな、兄貴!」

 それを聞いて、子供の親らしい男女が悲鳴を上げた。「やめてください!」と必死に叫ぶ声をかれらは完全に黙殺している。

「金の出せるやつには返してやんな。一人十ガルドで手を打ってやらあ」

 がはははは、と汚らしい哄笑が響いた。

 通常、こうした犯罪者を取り締まるために、宿場町には王国の警備兵が詰めている。宿場町の治安が悪ければ、犯罪を恐れて人の動きが滞り、それは物流に直接影響して、結果、国の商業促進と経済発展の妨げになるからだ。
 だが今はたまたま午後のお茶の時間にあたるためなのか、近くに兵士らしい者の姿が見えなかった。この男たちもそうした隙を狙っていたものであろう。

 子供たちと女たちの泣き叫ぶ声が広場に響いた。周囲の旅人も町の人間も、恐ろしさで動くこともできず、とても助けに入りそうにない。
 と、母の名を呼んで泣き喚いている四、五歳の子供を、その腕を掴んだ男が力任せに張り飛ばした。

「うるせえんだよ! ギャーギャー泣くな!」

(──!)

 シュウはほどけかかった包帯のことなど忘れてしまって、思わずそこへ飛び出そうとした。

 ……が。

「やめときな。あんたがかなう相手じゃねえよ」

 背後から低い声がして、がっしりと肩を掴まれていた。
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