【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪

6 捜索

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 翌朝。

 朝一番の身繕いを補佐するため「正妃の間」を訪れた女官たちが、色を失って部屋を転がり出た。程なく、城内は誰かを捜し求める人々の騒がしい足音で埋め尽くされた。
 女官はもちろん、侍従や医務官、護衛兵たちが城内の各部屋をつぶさに調べたが、求める人の姿はどこにもなかった。
 その中で、なぜかエデルという名の女官の少女が真っ青になって震えていた。 

 ついに兵士の一人が、恐れおののきながらもレドの部屋へと報告に走った。
 今では城の誰もが知っていた。その求める人を、この王が掌中のたまのごとくに慈しんでいることを。


 ◇


「昨夜おそく、ラギさまに城の通用門をお開けいたしましたが……。なんでも、町に医務棟の御用がおありだとかで」

 やがて一人の門番の兵士が、声を震わせながらそう申し出た。

「お体は、もうすっかり良くなられたとおっしゃって──」

 門番の顔は蒼白で、自分が何の失態をしでかしてしまったのかと明らかにおろおろしていた。

「そうであったか。ご苦労じゃったの。心配せずとも大丈夫じゃ、勤めに戻るがよいぞ」

 今では、情報を持ってくるのが誰であれ、報告はすべてヴォダリウスに集められていた。彼らがレドの逆鱗に触れるのを避けるためである。事実、最初にレドに報告を持っていった気の毒な兵士は、左の頬をひどく腫らしてしおしおと戻ってきた。
 今のレドの部屋には、彼の祖父同然のヴォダリウスでさえ足を踏み入れるのが躊躇ためらわれるほどである。室内の空気は重く張り詰め、怒気をはらんで一触即発の危険な気を充満させていた。

 とはいえ、すぐに捜索を始めたくとも、情報がある程度集まるまでは無闇に動くわけにも行かなかった。せめて、彼が向かった方角だけでもはっきりさせねばならない。
 レド自身も、すぐさま黒竜を駆って後を追いたいのは山々だったろう。
 しかし持てる自制心を総動員して、自室でヴォダリウスを待っている。

 そもそも、彼がシュウとして行動しているのか「ラギ」としてなのか、はたまたそれ以外であるのか、そこから紐解かねばならない。彼の身を案じての一計だったことが、ここへきて思わぬ足枷あしかせとなっていた。
 誰を探せばいいのかすらはっきりしない状況では、当然、情報も錯綜する。
 それに、「ラギ」を知っている者はその本当の素顔を知らない。また、シュウの顔を知る者は、そのほとんどが後宮にいる女官たちや看護にあたった医務官たちで、体力勝負となる捜索の助けにはなりえなかった。

(……ここは)

 ヴォダリウスは一計を案じ、すぐにその男を呼びにやらせた。


 ◇


 城内の異様な雰囲気に、少し怪訝な顔をしながらも、巨躯の男はすぐにやってきた。
 ヴォダリウスの執務室である。

「お呼びでしょうか、閣下」

 足を引きずりながらも几帳面な一礼をする。

「待っておったぞ、タルカス。ま、座るがよい」

 人払いをしてタルカスに椅子を勧め、自分も事務机の前に座ると、早速ヴォダリウスは話し始めた。

「早速じゃがの。ほかでもない、ラギ殿のことよ」
「は……。ラギ様が、なにか」言いかけて、はっとする。「もしや、ご容態が――?」
「いやいや、そうではない」老人がすぐさま否定した。「シュウ殿にも関わることでの」

(シュウ……?)

 タルカスの眉が、ぴくりと動いた。
 いま、城内のあちこちで囁かれている名前だった。
 正直いって、タルカスはその人物にまったく興味がなかった。
 王の命の恩人だということだったが、非常な美しさで王に気に入られ、そのまま王宮に留めおかれて毎日過分のもてなしを受けているという。

(聞けば、いまや正妃気取りで、妃の間を占領しているとか──)

 タルカスは、そんな性根の腐った男娼になど一片の関心もなかったのだ。
 いい気味だとまでは思わぬが、先日曲者の矢に当たり、ここしばらく療養中だというのも身から出た錆くらいにしか思ってはいなかった。
 だが、それが自分の敬愛する若い医務官とどう関係があるというのか。

「そなたの知っておるラギ殿が、昨夜、城から逐電なされたのよ」
「……まことですか」

 タルカスの目が見開かれた。

「いやまあ、『逐電』は正確ではないかもしれんがの。我々はあの方を拘束しておったわけではないのだからして。ご自分から出ておゆきになったと、そういうことじゃな」
「は……」

 噂によれば、逐電したのはその変わった名前の美青年の方ではなかったか。

 タルカスの疑問を知り尽くしたように、ヴォダリウスはひっそりと微笑み、声を落とした。
「よいか、タルカス。心せよ。ここから話すことは、今後一切の口外、まかりならん。……驚かずに聞いて貰いたい」言って、老人は一呼吸いれた。「そなたがこれまで、専属でお守りしてきた『ラギ殿』こそ、この度、城からお逃げになられたシュウ殿よ」

(なに……?)

 タルカスの目がさらに見開かれた。
 この老人は今、なんと言った。
 事態を飲み込めないうちに、ヴォダリウスは言葉を継いだ。

「つまり、『シュウ殿が逃げた』ということは、『ラギ殿が逃げた』と同義。お二方ふたかたは同一人物というわけじゃ」
「…………」

 タルカスが絶句する。

(ラギ様が、シュウだと……? こともあろうに──)

 思わず、赤銅色の大きな拳を握りしめた。広い額に、びきびきと青筋が立つ。

 ヴォダリウスはタルカスの様子を見て、やや困った笑顔を作った。

「信じられぬのも無理はない。しかし、紛れもなき事実なのよ」その声音は、幼子を宥めるように穏やかである。「なんとしても、ここはそなたに得心してもらわねばならぬ。よいかな?」

 タルカスは一瞬黙っていたが、やがて言った。

「……はい」

 老人はそのどうにも読めぬ表情をしばし見つめてから言った。

「そこでじゃ、タルカス。おぬしのその『ラギ殿』への忠誠心と、もと千騎長としての腕を見込んで、是非ともこの爺いの頼みを飲んでもらいたい」

 目を上げると、ヴォダリウスの鷹の瞳が青嵐の輝きを放って自分を見つめ返していた。
 タルカスは思わず胸を突かれた。
 往年の大宰相ヴォダリウスの姿が、そこに垣間見えたような気がしたのだ。

「……なんなりと」

 座ったままではあったが、タルカスは深く一礼した。
 ヴォダリウスは微笑んで頷いた。

「ラギ殿……いや、シュウ殿を、そなたの力で探し出してもらいたい。そなたなれば、たとえ包帯のないお顔でもあのお方を見つけられよう」

(その通りだ)

 タルカスは即座に思った。あの澄み通るような翡翠の瞳を、どうして自分が見誤ろうか。

「無論、お顔の細かな特徴などは追って知らせる。ここまでで集まっておる情報も、洩れなくじゃ。まずは、あの方の身の安全こそが第一。お顔を隠されている間はまだしも、何時いつなんどき、無頼の輩に素顔を気取けどられぬとも限らぬ。もしやそやつらにひとたび絡め獲られでもなさらば、もはや足取りを掴むは至難となろう」

(……そうだったか)

 タルカスも、ようやく得心した。
 医務棟で、なぜ彼が偽りの理由をつくってまで包帯で容姿を隠していたのかを。
 なぜ、わざわざ彼が一人だけ、自分のような護衛をつけられていたのかも。

「陛下も、そのことを憂慮されておる。幸いに、と申すのははばかられるが、シュウ殿はまだ病み上がりの身。さほど遠くまではかれまいて。であればこそ、むしろ懸念されるのはそちらの件じゃ。……あまり時間はない。わかるな?」
「はっ!」

 タルカスが姿勢をただした。

「その体でこの務めは、さぞやつらかろう。申し訳ないと思うておる。が、なんとか全うしてもらいたい。必要な援助はなんなりと申せ。人馬、物資ともすぐに準備させるでな」
「承りました。では、早速──」とタルカスが立ち上がり、準備のためにその場を辞そうとした時。
 執務室の扉が遠慮がちに叩かれた。

「なんじゃ」

 ヴォダリウスが応えると、扉が開いて女官が二人入ってきた。
 一人は大人の女だったが、もう一人はまだ少女である。ひどく青ざめ、目は無残なまでに泣き腫らし、体中をがたがたと震わせていた。
 ヴォダリウスはちょっと妙な顔をして少女を見つめた。

「お忙しいところを、誠に申し訳ござりませぬ、ヴォダリウス様。この者が、閣下にどうしても折り入ってお話があると申してききませぬゆえ……」

 年上の女官は困りきった顔だった。
 老人に目配せをされ、タルカスは一礼してそのままその場を後にした。


 ◇


 やがて、ヨルムガルド防壁の監視兵から知らせが入った。
 早朝未明、下級医務官ラギとおぼしき人物が北西に向けて街道を辿たどっていったのを見たという。
 彼もまた、医務棟でラギに命を救われた一人だった。

 すぐに捜索隊が組織され、タルカスの指揮のもと、各方面に騎馬の兵士が散っていった。
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