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第一部 トロイヤード編 第八章 暗転
4 医務班(1)
しおりを挟む「お、お待ちください! ラギさま!」
「ラギ様、どうか!!」
夕刻。
医務棟での仕事が終わって王宮に戻ろうと入り口を出たところで、シュウとタルカスは待ち構えていた兵士たちに取り囲まれた。見たところ、隣の兵舎の者たちばかりではないようだった。ざっと三、四十人ばかりいる。
タルカスが即座にシュウの前に出て防御の体勢をとった。
「貴様ら。無礼だぞ」
「申し訳ありません、千騎長どの! しかし、ラギ様にお願いが──」
兵士たちの顔は、どれも必死の形相だ。
「どうか、我々の話をお聞きください!」
「お願いです! ラギ様!」
口々に言い募る兵士たちを見回して、シュウは困惑しながらも首をかしげた。
「お願い……? 僕に、ですか……??」
兵士達の顔が一斉に縦に振られた。
◇
「困ったことになりましてござります」
レドの執務室に入ってくるなり、言葉通りの苦渋に満ちた表情でヴォダリウスが言った。
レドは北東方面の地図を広げて数人の武官と話をしていたところだったが、すぐに老人に怪訝な目を向けた。「何ごとだ」
それを合図に、話の終わった武官たちが場を辞して足早にそれぞれの部隊に戻っていく。ヴォダリウスはすぐに本題に入った。
「明朝、ここより出陣する部隊に、医務班が同行する予定でござりましたが。その件で、嘆願書が山ほど届いておりまする」
レドが片眉を上げた。「嘆願書? 内容は」
老人は少し言葉を切ってから、ゆっくりと言った。
「『ラギ様』を、同行させてほしいと願うものでござりまする──」
(なに……)
さすがのレドも瞠目し、しばし絶句した。
もとより今回の出陣にあたり、レド自身は後方に参陣するつもりではあった。だがシュウを同行させるつもりはさらさらなかった。
もっとも、以前のレドであったなら彼に「兵どもを救え」とゴリ押しに命令してでも、シュウを同行させたかもしれなかったが。
「……馬鹿な」
「まことに左様で──」
今ではヴォダリウスともども、そんな事態は想定すらしていなかった。
そもそもあの優しい気質の若者が、目の前で何十、何百と人が無残に殺されるような戦場で精神的に耐えられるかどうかも疑問である。単に後方で医務班の一員として救護の手伝いをするというだけなら問題ないのかもしれないが、やはりそこへ行くからには、それなりの覚悟が必要になる。不測の事態が常に起こる場所。それが戦場だからだ。
(だが、何よりも──)
問題なのは、彼が「優しすぎる」ということだった。
はるか後方で重傷者や軽傷者だけを治療して、彼が満足するだろうか?
死に瀕しながらも救いを求めて足掻いている者の傍らを敢えて通り過ぎる非情さを、今すぐに獲得できるのだろうか? あのシュウが。
むしろ逆にみずから瀕死の者を探して、前線へ出て行くことになりはすまいか──。
困り果てたヴォダリウスを前に、レドも腕を組み、しばし顎に手をやって考え込んでいた。が、やがて目を上げ老人を見た。
「その話、シュウは?」
兵らには悪いが、シュウにさえ知られていなければ、この場でその嘆願書を握りつぶす。医務棟にもしばらく行かせなければいい。これはそれだけの話で済む。今ならば。
レドの瞳はそう言っていた。
(俺が恨まれて済むことなら──)
しかし。
「それが、なんとも間の悪いことでござりまして──」
ヴォダリウスがいかにも残念そうに説明するところによれば、こうだった。
先刻、シュウはタルカスと共に医務棟前で兵士たちに囲まれ、直談判に及ばれてしまったらしい。それはもう、みな額を地面に擦り付けんばかりで、中にはシュウの足首に縋って涙を流す者までいたという。しかもそれが、タルカスがどうにかこうにか彼らを引き剥がして解散させるまで、ずっと続いたとのことだった。
シュウはやっとのことで「陛下にご相談してみます」とだけ言って、つい先ほど戻ってきたという。
以上がタルカスによる報告だった。
「それで、今は」眉間に皺を寄せてレドが言った。
険しい表情である。
こういう顔をするとき、この王は実際より遥かに年上に見える。
「先ほどから、お部屋にお籠もりでござります。どなたにもお会いになりたくないとのことで──」やや沈んだ声でヴォダリウスが言った。
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