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第一部 トロイヤード編 第八章 暗転
18 毒針(2)
しおりを挟む将軍や武官たちとの会議が終わって、レドは天幕をふらりと出た。武官たちはみなそれぞれの天幕に戻っている。
夜空をほとんど埋め尽くすような、見事な星空である。少し遠くに目をやれば、その星空の裾あたりが遠い山容の黒々とした影で切り取られている。今夜の双子の月は三日月だったため、すでに地平線に沈んで久しい。
見渡せば、野営地の兵たちもようやく落ち着いてそれぞれの寝場所を定め、深い眠りに落ちている。見回りのために起きている夜警の兵と医務班の者たち以外、誰も動くものはなかった。
……と。
野営地から少し離れて、大きな影と小さな影が松明の明かりと共に草地を歩いてゆくのが見えた。その先にあるこんもりとした小ぶりな雑木林の方へ向かっているらしい。
「……あれは」
レドにはすぐに分かった。
あの凸凹コンビは、そうそう見間違えるものではない。
ちょっと振り向くと、天幕の護衛兵は互いに少し話などして、こちらには背を向けている。レドはこれ幸いとばかり、足音を忍ばせて天幕を離れた。
今のレドは相変わらず異国の鎧を身に纏い、顔をほとんど覆った兜姿である。「レド」としてなら歩き回りにくい場所でも、このいで立ちならどうということはあるまい。
レドはまっすぐ、その「凸凹コンビ」の歩く方角を目指した。
◇
小川のせせらぎが聞こえはじめて、シュウとタルカスは立ち止まった。
この暗い中では流れの清らかな場所を探すのもなかなかにひと苦労だが、昼間のうちにある程度の目星はつけているので、そのあたりを目指して桶を沈める。
少しずつ汲んで松明の明かりに照らしてみては、なるべく綺麗な水を選んで水瓶に張ると、タルカスがまた軽々とそれを持ち上げてくれた。やっぱり有無を言わさない。
シュウも自分の桶になるべく水を汲んで持ち上げる。
そうしてまたゆっくりと野営地に向かって戻ろうとした、その時だった。
ごとん、ばしゃんと音がした。
(……え?)
何ごとかと隣に目をやると、大きなタルカスの身体が今まさに、まるで作り物の人形のように力を失って倒れてゆくところだった。
地面にどうっと巨体が崩れ落ちる。
「えっ……タル、カスさ──」
咄嗟になにが起こったのかわからず、そう言いかけた時。
背後から不思議な声がした。
「……ラギ様」
金属を引っかくような、不快な響きのする声だった。
その声には、心底ぞっとするような、悪意の澱が溜まっていた。
嫌な予感に苛まれつつも、シュウは恐る恐る振り向いた。松明をかざしてぎゅっと目を凝らしてみたが、声の主はどこにも見あたらない。
「だ、だれ──」
きょろきょろしながら言いかけた時、ちくりと首筋に何かを感じた。
途端、ぐるぐると視界が回り始めた。それと同時に桶と松明を取り落としたことには気づいていなかった。
(な……に、これ──?)
一気に身体の自由が失われ、視界が斜めに傾いでゆく。
遠くに野営地の灯が見える。それが、急速にぼやけていくのが分かった。
だが。
その光を背にして、見覚えのある人影が凄まじい速さでこちらへ走りこんできたのが見えた。
「──貴様ッ!!」
彼の怒声とともに、しゃりんと長剣を抜きはなつ音。
(陛……下──)
あとはもう、何もかも分からなくなった。
シュウはただただ、真っ暗な闇の中に落ちていった。
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