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第二部 エスペローサ編 第一章 虜囚
2 悪夢(2)
しおりを挟む「なにをやっとるんじゃ。とっくに一度、素っ裸にさせてもろうとるわ──」
「──!!」
言われて初めて気がついた。着ているものが元のものとはまったく違う。長袖で、丈は足首まであるものの前は袷で紐で閉じるだけの、ちょうどガウンのような衣服だ。その下は、恐らくなにも着けてはいない。
男は相変わらず、シュウの身体を舐めるように見つめながら言葉を継いだ。
「心配すんな。いまのとこ、見る以上のことはなんもしてねえ……残念だがな」
「…………」
急速に血の気が引いてゆくのを覚えた。
どうやら自分は、大変なところに連れて来られてしまったようだ。
「こ……ここは……」
搾り出した声は掠れて震え、とても自分のものとは思えなかった。
「エスペローサ王宮、『禁錮の間』さね」
男の答えは端的だった。
端的すぎて、理解するのにかなりの時間を要した。
(エスペ……ローサ……?)
シュウの目が見開かれる。
「そ……っ、な……?」
口に手をやり、ただ呆然と男を見つめることしかできない。
「ど……どうして──」
エスペローサは、レドの治めるトロイヤードと長年敵対してきた北の大国だったはずだ。それがどうしてシュウを攫い、わざわざこんなところに閉じ込めようとするのだろう。
と、突然、半開きの扉の外から冷たく怜悧な声がした。
「それは君が一番よくわかっている。そうじゃないかな?」
驚いて目をやると、音もなく扉が開いた。
「こ、これは、陛下!」初老の男が慌ててその場に膝をつく。
……そこに、妖精王が立っていた。
彼が現れた途端、部屋に冷気が充満したようだった。
流れる絹糸のようなさらさらとした長い銀髪。静かな細面の顔立ちは、凄絶なまでの美しさだった。この世の人とも思えないほどだ。
だが、その美貌は凍りついている。美は美でも、氷の彫像のそれだった。
まことの笑顔など、何年も浮かべたことはなさそうに見える。その瞳は、それも薄氷の張った湖の色を映して儚く冷ややかだ。
金糸と銀糸で施された凝った刺繍の上衣に純白のマントを流し、礼装用の剣を手挟んで、白い長靴を履いている。背丈はレドより少し高いぐらいか。
まさに冬を支配する妖精王とでもいった雰囲気のこの男こそ、現エスペローサ国王、ナリウス=デュラム=ド=エスペローサ十四世であった。この国で「陛下」と称される男はこの者ひとりのはずだったから。
あまりの美貌のために年齢は判別しづらいが、恐らくノインより少し上くらいかと思われる。
驚愕のあまりに固まっているシュウのことは空気のように無視して、ナリウスは鉄格子の扉を小男に開けさせると、するりと寝台に近づいた。風のように柔らかい身のこなしも、どことなく人間離れしている。
そんなことを考えているうちにも、男の腕がすっと伸びてきていた。
白い手袋に包まれた指が、あっという間にシュウの顎を捉える。
彼が近づくと、不思議な花の香りがした。
シュウの姿をゆっくりと眺めながら、氷の瞳がうすく細められる。
「……美しいね。話には聞いていたが」
「…………」
シュウは固まったまま、何も言うことができない。ただただ、顎を持ち上げられたままじっと彼の瞳を見つめるばかりだ。
「この花を、レド王は毎晩ご賞味されていたという訳かな?」
皮肉な口ぶりが、ひどくその容姿に似合っている。
シュウは、いま何を言われたのかをしばし考えた。
「……!!」
理解したと同時に茹で上がった。首の鎖ががちゃりと鳴った。
「な……な……」
(なにいってるんだよ、この人も……!)
まったく、王という生き物はどいつもこいつも。
母親の胎の中に、羞恥心というものを忘れてきたのではないだろうか。
シュウが恥ずかしさのあまりに掛け布で顔を隠そうとするのを、ナリウスの手があっさりと遮った。仕方なく、ぎゅっと目をつぶることで抵抗した。
「……ふうん。面白いね? 君」ちっとも面白くはなさそうな声でナリウスが言った。「人の顔って、そんなに真っ赤になるんだね……知らなかったよ」
少し目を開けて窺うと、ナリウスはなにか思うところのあるような顔で、じっとシュウを見つめていた。
「…………」
(……?)
この沈黙は、なんだろう。
と考える間もなく、ナリウスはあっさりとシュウの顎から手を離した。
来た時と同様、やはりするりと立ち上がると、ナリウスは寝台のシュウを氷のような視線で見下ろした。
「ついておいで。……君に、会わせたい人がいる」
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