【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第一章 虜囚

1 悪夢(1)

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 ふわふわと、身体がずっと揺れている。
 手も足もまるで言うことを聞かず、目を開けることもできない。
 そうかと思うと、また真っ黒な泥の中に意識が沈んでゆく。

(死んだ、のかな……僕)

 そうなのかもしれない。
 そうなのだとしたら、死とはこんなに暗くて、寂しいものなのだろうか。

 母は、あまり死そのものを恐れる人ではなかった。
 祖国では、彼岸だとか、輪廻だとか、極楽浄土だとかいう様々な教えによって人々を死の恐怖から逃れさせようとしていたが、母自身は不思議とあまりそういうものに興味がないようだった。

シュウ。人は、死ねば土に還るの。だって私たちは、みんな土と同じものでできているから。そこに意識はない。なにも考えることもなければ、感じることもない……ほかの生き物たちと一緒に、ただ長い長い眠りにつくのと同じ」

 母の、あの落ち着いた優しい声がする。

「だから、怖くないわ。怖いことは、もっともっと他にある──」
「じゃあ、お母さん。怖いことってなに? 死ぬより怖いことって、なんなの?」

 幼いシュウの声がする。
 そんなとき、母はただ微笑んだ。

「あなたが、そんな怖い目に遭わなければいいなと思うわ……」

 そう言って、静かにシュウの頭を撫でてくれた。

「私の願いは、本当に本当に、それだけなの──」


「こいつ、目を開けてるぞ」
「馬鹿野郎、早く薬を使え!」

 ぎすぎすした男たちの罵り合う声がする。

(あれ……?)

 今、優しい母の夢をみていたはずなのに。
 自分はいま何をやっているのだろう。ここはどこ……?
 没薬もつやくの香りがして、くらくらと目が回る。

(そう……だ。これ……)

 これを、もう何度されただろうか。
 ときどき口に苦い水のようなものを流し入れられ、無理やりに飲み込まされる。それ以外は、ただひたすらにゆらゆらと運ばれている感じがあった。
 固い木の枠のようなものにぎっちりと身体を縛りつけられて、ずっと運ばれている。ときにはがくんと激しく動き、舌を噛みそうなこともあった。

 と、ちくりとまた首筋にあの痛みを覚えた。
 するとまた、シュウの意識はあっという間に真っ黒な泥のなかに逆戻りしていった。

(あの人は……)

 途切れてゆく意識のなかで必死に考える。
 あの人は、無事だっただろうか。
 自分を助けに来てくれて、その後どうなってしまっただろう。

 名前は……名前は──
 ああ……だめだ。思い出せない……。

 印象的な、あおい瞳。
 長めの黒髪。
 紅いマント。
 野生的な明るい笑顔。

 ……優しい指先。

 そして……唇。

「へい……か……」

 言葉が、涙とともにぽろりとこぼれた。


 ◇


 目を開けると、見慣れぬ部屋の中だった。

(あれ……?)

 今まで目が覚めたときとはまったく違う。
 違うが、頭がふわふわしてすぐには状況が分からない。
 すぐに身体を起こそうとするが、手足に鉛が詰まっているようだ。とても持ち上がらない。それに、首には奇妙な圧迫感がある。
 仕方なく、シュウは目だけでそっと周囲をうかがった。

 室内は、トロイヤードの建築様式とはまるで違った。
 壁には細かで流麗な模様が施され、天井の造りも優美な印象だ。窓は頑丈な鎧戸で、なぜか内側に鉄格子がまっている。
 反対側を見やると、そちらには扉があった。だがその内側二メトルほどの所で、天井から床まで全体的に鉄格子が嵌め殺しになっていた。そのうち一部だけが出入りのために開閉できるようになっているようだ。そこにはもちろん、頑丈そうな錠前が掛けられている。

 いま寝かされている寝台は、トロイヤードでの自室のものとさほど変わらなかった。簡素な造りだが頑丈な木製のものだ。枕も掛け布も、華美ではないがいたって清潔なものである。ただ、家具らしい家具は寝台とテーブルと椅子ぐらいで、他にはなにも調度がなかった。

(えっと……。何が、どうなったんだっけ……)

 やっと少し体が動くようになってきたので、シュウはそろそろと上体を起こしてみた。

「んっ……!」

 途端、じゃらりと音がして、首に異様な負荷がかかった。
 思わず手をやると、金属的な何かが首に嵌められている。そこに太めの鎖が繋がっている。ずっと視線で辿ってみると、端は部屋の真ん中あたりまで延びていた。そうして、やはり床に嵌め殺しになった太い半円状のはがねの輪につながっていた。

(こ、これって……)

 愕然として首輪を握っていると、いきなり鉄格子の外の扉が開いた。

「おほほ、ようやっと目がさめよったか、お嬢ちゃん」

 下卑た気持ちの悪い声音だった。声の主は背の低い初老の男で、髪の毛はほとんどない。鉄格子の向こうから、シュウをじろじろと眺めまわしている。爬虫類のような印象のする、濁ったてらてらした目の色だった。太った腰の辺りで鍵束をじゃらじゃらと鳴らしている。
 シュウははっとして、思わず顔に手をやった。包帯など、どこにもなかった。

「…………」

 呆然としているシュウを見て、男はあざけるように「けひひひ」と不気味な笑い方をした。
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