【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

文字の大きさ
88 / 96
第二部 エスペローサ編 第一章 虜囚

11 抱擁(2)

しおりを挟む

「ときに、シュウ」
「はい?」

 食事が終わってアイリスを部屋に送り届けてから、突然ナリウスがシュウを呼んだ。シュウの私室へと抜ける、後宮の廊下である。背後には、少し離れて警護の兵が二人ついて歩いている。

「そなた、なぜ何も求めない?」
「……は?」

 薄氷のようだった彼の瞳は、随分と穏やかな色になっている。ナリウスは言い足した。

「つまり……対価を」
「え?」シュウは首をかしげた。

 「対価」。つまりは見返りのことだが、シュウには彼の言葉の意図がすぐには分からなかった。

「これほどのことをしておいて、代わりに何が欲しいとも、何をして欲しいとも、そなたからまだ一切聞いていないはずだが。……何か、思うところがあるなら言ってみよ」
「あー……」

 なるほど、そういうことか。

「えっと……」シュウはちょっと苦笑し、自分の手のひらを見ながら言った。「この能力ちからを使うとき、そういうものをもらってはいけないと……母から、きつく教えられたので」

 ナリウスが少し意外そうな顔をした。

「つまり、これを生業なりわいにはするなと? そなたの母君ははぎみが」
「ええ、まあ……そうです」それは何故かと問うているナリウスの瞳を見て、シュウはまたちょっと考えた。「やってみたことがないのでわかりませんが……。多分、お金や物を貰ったりして治療をしようとすると、きっとうまく行かないんじゃないかと──」

 ちなみに、トロイヤード王宮の医務棟で貰った給金は医務官としての通常業務に対して正当に支払われていたので、これに当たらなかったのだろうと思われる。

「…………」ナリウスが顎に手をやり、少し考える風に沈黙した。「『心から、助けたいと思わなければ救えない』──。そなたの想い人の言葉だったな」

 シュウはちょっと赤くなった。
 「想い人」。
 面と向かって言われると、なんだか気恥ずかしい単語である。

「そういうことか。なるほど理解した。……しかし」ナリウスは少し言葉を切った。「こちらから、飽くまでも感謝の一環として何かを返すのは許されよう。そなたがいま望むことは何だ? なんなりと言って欲しい。それだけのことを、そなたは私たちにしてくれたのだから」

 シュウはその言葉を聞くや否や立ち止まった。
 それまでリズミカルに廊下にこだましていた靴音が、かつんと止まる。
 そして、真っ直ぐにナリウスの瞳を見あげた。

「『地下牢のあの人の解放』。……それ以外は、何もいりません」

 即答だった。
 そして、途端に渋面になったナリウスを見てふわりと笑った。

「……無理ですよね? だから、いいんです──」 

 ナリウスが困ったような瞳でシュウを見返した。

「……無粋だったな。許して欲しい」

 またしばらく歩いてから、ふと、シュウが思い出したように言った。

「それより……気になっていたんですけど」
「何だ?」

 シュウは再び立ち止まり、じっとナリウスを見つめ返した。

「あのう……。気のせいかも知れませんが、最初にお会いした時と、随分その……話し方が──」
「ようやく気がついたのか」ナリウスが片頬を上げた。今では、彼にもこうした軽い微笑がすぐに出るようになっている。「気に入らないか? そなたが元に戻して欲しいというなら──」少し言葉を切る。
「いつでも戻してあげるよ? それが君の望みならね」

(なるほど。使い分けていらっしゃる、と──)

 シュウはげんなりした。
 本当に、いろいろと食えないお人である。

「どちらが好きだ?」
「うーん……」

 重ねて問われて、考える。
 シュウを「君」と呼ぶときのナリウスは、冷酷で、わがままで、どこか少年じみた幼さを感じさせた。そしてそこがある種の狂気をにおわせて、ひどく恐ろしくも思われた。

(やっぱり……)

「そうですね……。今のほうが、僕は好きです」

 そのほうが、前よりも遥かに品があってずっと王様らしいと思う。それに、これはナリウスに言うわけには行かないが、ちょっとレドの話し方にも似ていた。
 と、急にナリウスが静かになった。

(……?)

 不思議に思って隣を見上げると、ナリウスが口元を片手で軽く覆うようにして立ち尽くしている。やや戸惑ったような顔にも見えた。

「…………」

 長い沈黙。

(……ん?)

「あの……ナリウス様?」

 声を掛けると、やっとナリウスが目を上げた。

「ああ……いや。なんでもない」

 すでに、二人はシュウの部屋の前まで来ていた。
 部屋の「護衛兵」が扉を開けた。もちろん、実態はシュウの監視兵である。
 シュウはナリウスに一礼した。

「では、僕はこれで……。今日は、ご馳走様でした」
「ああ。明日も、アイリスをよろしく頼む」
「はい。おやすみなさい──」

 ……が。
 シュウが部屋に入り、扉が閉まろうとしたその時。
 ナリウスが扉の隙間からするりと入ってきたかと思うと、あっという間にシュウの身体を後ろから抱きしめた。

「……え!?」

 うなじのあたりに顔を埋められ、シュウは動転して固まった。
 あの、不思議な花の香りがする。

(な、なに……??)

 が、すぐにその手は離れてゆき、シュウが振り向いた時にはもう、ナリウスは忽然と消えていた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

王弟の恋

結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。 戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。 しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。 そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。 再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。 ――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

発情期アルファ王子にクッキーをどうぞ

小池 月
BL
 リーベント国第五王子ロイは庶民出身の第二公妾の母を持つ貧乏王子。リーベント国は農業が盛んで豊かな国。平和だが貴族や王族の権力争いが絶え間ない。ロイと母は、貴族出身の正妃と第一公妾、その王子王女たちに蔑まれて過ごしていた。ロイの唯一の支えは、いつか国を脱出し母と小さな洋菓子店を開き暮らすこと。ある日、ロイが隣国アドレアに友好のため人質となることが決定される。国王の決定には逆らえず母をリーベントに残しロイは出国する。  一方アドレア国では、第一王子ディモンがロイを自分のオメガだと認識したためにロイをアドレアに呼んでいた。現在強国のアドレアは、百年前は貧困の国だった。当時の国王が神に救いを求め、卓越した能力を持つアルファを神から授かることで急激な発展を実現した国。神の力を持つアルファには獣の発情期と呼ばれる一定の期間がある。その間は、自分の番のオメガと過ごすことで癒される。アルファやオメガの存在は国外には出せない秘密事項。ロイに全てを打ち明けられないまま、ディモン(ディー)とロイは運命に惹かれるように恋仲になっていく。  ロイがアドレアに来て二年が過ぎた。ロイは得意の洋菓子でお金稼ぎをしながら、ディーに守られ幸せに過ごしていた。そんな中、リーベントからロイの母危篤の知らせが入る。ロイは急いで帰国するが、すでに母は毒殺されていた。自身も命を狙われアドレアに逃避しようとするが、弓矢で射られ殺されかける。生死をさ迷い記憶喪失になるロイ。アドレア国辺境地集落に拾われ、シロと呼ばれ何とか生きて行く。  ディーの必死の捜索により辺境地でロイが見つかる。生きていたことを喜び、アドレア主城でのロイとの生活を再開するディー。徐々に記憶を取り戻すロイだが、殺されかけた記憶が戻りパニックになる。ディーは慈しむような愛でロイを包み込み、ロイを癒す。  ロイが落ち着いた頃、リーベント国への友好訪問をする二人。ディーとリーベント国王は、王室腐敗を明るみにして大掛かりな粛清をする。これでロイと幸せになれる道が開けたと安堵する中、信頼していた親代わりの執事にロイが刺される。実はロイの母を殺害したのもこの執事だった。裏切りに心を閉ざすロイ。この状態ではアルファの発情期に耐えられないと思い、発情期を一人で過ごす決意をするディー。アルファの発情期にオメガが居なければアルファは狂う。ディーは死を覚悟するが、運命を共にしようと言うロイの言葉を受け入れ、獣の発情期を共にする。狂ったような性交のなかにロイの愛を感じ癒されるディー。これからの人生をロイと過ごせる幸福を噛みしめ、ロイを守るために尽くすことを心に誓う。

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行

海野ことり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。 (あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?) なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。 甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。 二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。 《人物紹介》 柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。 女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。 ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。 顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。 ※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。

【完結】可愛い女の子との甘い結婚生活を夢見ていたのに嫁に来たのはクールな男だった

cyan
BL
戦争から帰って華々しく凱旋を果たしたアルマ。これからは妻を迎え穏やかに過ごしたいと思っていたが、外見が厳ついアルマの嫁に来てくれる女性はなかなか現れない。 一生独身かと絶望しているところに、隣国から嫁になりたいと手紙が届き、即決で嫁に迎えることを決意したが、嫁いできたのは綺麗といえば綺麗だが男だった。 戸惑いながら嫁(男)との生活が始まる。

いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる
BL
ベルリアンの次期当主、ノア・セシル・キャンベルの従者ジョシュアは頭を抱えていた。自堕落でわがままだったノアがいきなり有能になってしまった。なんでも「この世界を繰り返している」らしい。ついに気が狂ったかと思ったけど、なぜか事態はノアの言葉通りに進んでいって……?

恋人ごっこはおしまい

秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」 そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。 そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。 それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。 ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。 友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは…… 悩み多き大学生同士の拗らせBL。

処理中です...