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第二部 エスペローサ編 第一章 虜囚
10 抱擁(1)
しおりを挟むエスペローサ王宮の食事の間は、やはり非常に凝った装飾に溢れていた。
燭台の数からして、トロイヤード宮の数倍はある。料理の邪魔をしない程度に、花もふんだんに飾られている。壁や天井、柱や床に至るまで、こまかに目を楽しませる装飾に満ちていた。
広いテーブルの最も上座にあたる位置にナリウスが座り、そのすぐ傍らにはアイリスが場を占めている。彼女はまだ車椅子ではあったものの、銀色の巻き毛を整え薄紅色のドレスできちんと正装して座っている。シュウはアイリスの正面、ナリウスの斜め前の席を勧められた。
ナリウスの背後には、建国王のものらしい巨大な肖像画が飾られている。
シュウは先ほどまでのガウン姿から、エスペローサ風の衣服に着替えさせられている。ナリウスのものよりは少し簡素な刺繍の入った紺の上衣と白のマント。乗馬用のキュロットも白で、短めの黒い長靴を履いていた。
この姿になると、もはやどこのエスペローサ貴族の青年かといった風情である。一見しただけでは誰も、つい最近までトロイヤードの片田舎に暮らし、日々農作業にいそしんでいた人間だなどとは思うまい。
首元の詰まったデザインの上衣はシュウには少し窮屈だったが、正式な晩餐の席ということで我慢するしかないようだった。
アイリスはまだ痩せこけてはいたものの、ずっと顔色も良くなっていた。土気色だった頬には赤味がさしている。そうしてレドのものとはまた違う、深い青みを湛えた瞳に感謝を溢れさせながらじっとシュウを見つめていた。
「シュウ様」
侍従たちに食事を運ばせるのを少し待たせて、アイリスはまずシュウに言葉を掛けてきた。
「この度は、このアイリスの命をお救い頂きましてまことにありがとうございました」
にっこりと微笑むその表情は、幼少からいかにも大切に育てられてきた深窓の令嬢然としていた。だがそのうえでなんの澱みもない、優しく明るいものだった。
「このような姿で失礼いたしますことを、どうかお許しください……」
何を詫びられているのかが一瞬わからなかったが、本来ならこの場合、立って貴婦人の礼をするところなのだろうと検討をつける。
「いえ……。本当に、僕はなにも──」シュウは困った笑顔を浮かべて言った。こういう上流階級の礼儀作法にはとんと疎いので、少し緊張してしまう。「それに、まだ完全に治癒されたわけではありません。もう少し、治療が必要だと思いますので……」
「兄から聞いております。お手数をお掛けいたしますが、どうかよろしくお願いいたします」
アイリスが微笑んで、しとやかに礼をした。
まだ病によるやつれた雰囲気はあるものの、全快すればおそらく花も恥じらうほどの美少女であるに違いなかった。
そんなアイリスを隣で見つめているナリウスが、また神々しいまでに美しかった。喜びの奔流が、抑えても抑えても心から溢れてしまうとでもいうようだった。
氷のような微笑しか浮かべなかったその顔が、アイリスに対してだけは別人のような優しい微笑みを湛えている。
「さあさあ。挨拶はそのぐらいにしておあげ。シュウ殿は、大変なご空腹でいらっしゃるのだからね」
「はい、お兄様」
慌ててアイリスが口を閉ざした。
ナリウスの兄としての言葉遣いは、もはや文字通り「目に入れても痛くない」と周りじゅうに触れ回っているかのようだった。
シュウはそんな二人を微笑ましく見つめていた。
すぐに食事が運ばれて、なごやかな夕刻の時間が過ぎていった。
時おりシュウとちらりと目が合うと、アイリスが真っ赤になって俯いたが、そんな様子もとても可愛いらしかった。
恐らくは毒見のためにすっかり冷めた料理ばかりではあったけれども、シュウにはどれも十分美味なものだった。
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