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第二部 エスペローサ編 第二章 解放
6 監視兵(2)
しおりを挟む「シュウ様、大丈夫ですか」
「禁錮の間」から離れ、他の警備兵の目の届かないところまで来て、護衛の一人がシュウに尋ねた。気遣わしげな声だった。
「は……はい。ありがとうございました……」
言いながらも、まだ胸の鼓動が収まらないでいた。たまらずその場に膝をつき、真っ青な顔で震えているシュウを見て、護衛の二人は顔を見合わせた。
一人がシュウの傍に片膝をついた。
「あやつのことは、どうかお気になさらないで下さい。この城でも、指折りの嫌われ者でございます」
誠意のこもった、聡明さを感じさせる声だった。
もう一人も心配そうに少し腰をかがめた。
「そうだよ、シュウ様。あいつになんかされたんなら、言ってくれ。俺が今からでも、ぶん殴ってきてやっからよ!」
こちらは朴訥とした、しかし優しい響きのある声だった。
「やめろ、ホッパー。かえってシュウ様にご迷惑がかかる」
聡明な方がたしなめた。ホッパーと呼ばれた男は、兜の上から頭をかいた。
「けどよう、クリス……。あいつ、ほんとに嫌なやつなんだぜ! ああやって、ちょっと気に入った囚人が入れられると、役得とばかりに勝手に部屋に入りこみやがってよ。んでもって、いっつもそいつを──」
「ホッパー!」
きつい叱責が飛んで、ホッパーは黙り込んだ。
「……失礼致しました、シュウ様。忘れてください」
二人のやりとりを聞いているうちに、シュウは少しずつ落ち着いてきた。
なんとなく、二人の中のどこかにタルカスを見たせいかもしれなかった。
タルカスなら、こんな時どう言うだろう。どうするだろう?
少なくともこんな風に、床に座り込んで人から心配されてはいないはずだ。
「いえ……。すみません、僕の方こそまた勝手に走り出してしまって──」この心臓のどきどきはしかし、ボダンのことが理由ではなかったけれども。「あそこに居た囚人の人が、急に……いなくなってて──それで」
声が途切れた途端、他のものが溢れ出た。
「シュ、シュウ様!?」
それを見て、護衛の二人が一斉に驚いた。
「あ、ご、ごめん、なさ……」
だが、目からぽろぽろと零れてゆくそれを、シュウはどうしても止められなかった。
「わ、わわわ……!」
ホッパーはすっかり慌てて、その場で両腕を振り回しながらぐるぐる回り始めた。もう一人、クリスと呼ばれた方の男は、膝をついたまましばし困ったようにシュウを見つめていた。が、やがて静かにその兜を上げた。
声の雰囲気にふさわしい、誠実そうな黒い瞳の男の顔が現れた。
「どうか、落ち着いてください。一旦、お部屋に戻りましょう」
◇
部屋に戻ってから、彼らはシュウを寝台に座らせ、あらためてそれぞれに兜を脱いで自己紹介をしてくれた。
「クリスと申します。お見知りおきを」
黒い瞳の男は、黒髪を短く刈り込んだ精悍な印象の男だった。左の眉の上に小さな刀傷が残っている。体格はひと回り小さいものの、それでもがっしりとした男らしい体つきで、誠意に溢れた物言いといい、やはりタルカスを思わせた。
「俺、ホッパーっていうんだ、よろしくな!」
一方のホッパーは、クリスよりは少し余分に贅肉を溜め込んだ体型だったが、いかにもおおらかそうな団子っ鼻とピンク色の頬をした男だった。亜麻色の癖っ毛が、くるくるとあちらこちらを向いて飛び出している。どうやら寝癖であるらしい。
「こちらこそ、あらためまして、よろしくお願いします……」涙はようやく止まったものの、やはりまだ少し沈んだ声でシュウは二人に礼をした。「あの、でも、どうして……?」
シュウにはそれが不思議だった。単なる監視の兵ならば、わざわざ監視対象に自己紹介などするはずがない。気心が知れて仲良くなってしまっては、仕事に支障をきたすからだ。
そう聞かれて、二人は少し言いよどんだ。
やがて、かなり言いにくそうにしながらもクリスが口火を切った。
「その……。シュウ様が、アイリス様……いえ、御妹姫殿下をお救いくださったと聞きまして……」
(アイリス様……?)
クリスの物言いに多少の引っかかりを感じたが、シュウはそれで納得した。
彼らはどうやらそのことで、シュウに恩義を感じてくれていたらしい。
「殿下はご病気になられるまで、この城の唯一の温かさと申しましょうか、幸いのようなものでいらっしゃいました。誠にお優しくて、思いやりも深くていらっしゃり──」クリスはそこで少し言葉をきった。「この城であの方のお姿を拝見するのが、我々のなによりの楽しみであり、救いでもございました……」
「ああ、わかります。そうだったでしょうね……」
シュウは一も二もなく同意した。
元気な頃のアイリスが、あの美しさと優しさでこの城の花であったことは、言われるまでもなく想像がついた。
「うん! だから、俺たち、シュウ様にはほんとに感謝してるんだぜ!」
「こら、ホッパー! 失礼だぞ」
ホッパーがあっけらかんと言ってにこにこしたところを、クリスが慌ててたしなめる。
シュウも思わず笑みが出た。
「いえ、お気になさらないでください。それに、アイリス様の件では、僕は別にたいしたことはしていないので──」
まさかここで「この手の力でお治ししました」と言うわけにも行かず、ただそう答えたのだが。
「何をおっしゃいます!」
「そんなわけねえよ!」
と、二人に瞬時に否定されてしまった。
クリスがさらに言い募った。
「シュウ様がこちらへいらっしゃって、この城はずいぶん明るくなりました。姫殿下のことはもちろん、我々がどんなに喜んでいるか、シュウ様はきっとお分かりではありますまい。……ですが、どうかひと言、皆を代表してお礼を述べさせていただきたい。誠に、心より感謝申し上げております」
クリスがきっちりとした、兵士としての最敬礼でシュウに礼をした。
「……もうしあげて、おります」
最後のところだけちゃっかりと唱和して、ホッパーも深々と頭を下げた。
そんな彼らをじっと見つめて、シュウは上着の袖口の折り返しに入っている物のことを思い出していた。そこには、例の羊皮紙の小さな手紙が入れ込んである。
オットーという、顔もまだ知らぬ父親の兵士。その幼い息子は、生まれつきの障害に苦しんでいるのだという。
この兵士たちなら、彼に会うためにきっと力になってくれるのではないだろうか?
シュウの手の力のことについては話す訳にはいかないが、うまく事情を話しさえすれば、もしかしたら──。
シュウはしばし考えていたが、とうとう思い切って言うことにした。
「あの……。では、お礼として……というのは、おこがましいのですが──」
そして、彼らにその話を打ち明け始めた。
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