【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第二章 解放

5 監視兵(1)

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 ナリウスからその報告を聞いたとき、シュウは一瞬、言葉を失った。
 もちろん、そういう日が来ることを覚悟していなかったわけではない。しかしそれは、シュウが予期していたよりも遥かに早くやってきた。

「…………」

 ナリウスの執務室である。監視兵たちは外で待たされ、今は二人きりだった。
 ナリウスは執務机にいて、両手をその上に組み合わせ、そこに顎を乗せた姿勢である。
 シュウはしばし沈黙して、彼の正面に立ったまま現エスペローサ国王の顔を見つめていたが、やがてぎこちなく一礼した。

「ありがとうございます、ナリウス様……。無理を聞いて頂いて、申し訳ありませんでした」 

 少し声は震えていたが、シュウは静かに微笑みさえした。
 ナリウスは、敢えてそれには気付かぬふりをした。

「他でもない、そなたのたっての望みだったからな。あちらの迎えが来るのに合わせ、国境まであの者を送らせる」
「……はい」
「見送りには、そなたも同行するといい」

 それは、シュウに彼の無事の帰還を確認させる意味もあるようだった。

「ただし、彼に顔は見られぬように」
「……はい」

 話はそれだけだったようで、シュウはすぐにその部屋を辞した。


 ◇


 廊下に出ると、そこで待たされていた監視兵の二人が槍を持ち上げ、すぐにシュウの後ろについた。
 同様に外で待たされていたらしいナリウス付きの文官が、シュウの姿をしばらく不審げな目でじろじろと眺めたが、やがて執務室へと入っていった。
 シュウはどこに行くという当てもなく歩き出した。
 自分の靴のつま先だけを見て、初めはゆっくりと歩いていたが、次第に歩度が上がってゆき、気がつけば、ただもう全力で走っていた。
 空洞のような広い廊下に、長靴ちょうかの靴音が寒々しくこだました。 
 シュウ付きの監視兵二人は、がちゃがちゃと金属の鎧を鳴らして必死で後について走ってきた。

 シュウの希望は叶った。
 レドは、祖国に護送される。

 彼は、生きている。
 生きたまま、トロイヤードに帰れるのだ。

 ……だが。
 シュウには、それは許されなかった。


 走りながら、ふと気付くとあの「禁錮の間」の近くまで来ていた。
 シュウはいきなり方向転換をし、あらためてそちらに向かって走り始めた。
 後ろから追いかけてくる監視兵の一人が、滑って転んだような音がした。

「……?」

 シュウは唐突に足を止めた。
 「禁錮の間」の前には、再びあのボダンが立っていた。気味の悪い目つき。腰のあたりでわざとらしく鍵束を鳴らしているのも以前のままである。

「おお? お嬢ちゃんじゃねえか」

 男はシュウをみつけると、またあの粘りつくような視線でその身体を眺めまわした。耳の近くまで口の両端を引き上げて、にたにたと笑いかけてくる。

「ずいぶんと綺麗にしてもらったもんだな、見違えたぜ。黙ってりゃ、どっかの王子様でも通るんじゃねえか? まったく、囚人とは思えねえやな……」

 嫌な予感がした。
 走ったからばかりではない。自分の胸の鼓動が跳ね上がるのがはっきりと分かった。

「あ、あの……」男の話には耳を貸さないようにして、できるだけ落ち着いて尋ねた。「ここに居た、ジタンという人は……?」
「ああ、あの黒髪の若い兄ちゃんかい?」ボダンはにやりと笑い返した。「どっかへ移ったぜ、昨日のうちにな」
「な……」

 あまりのことに呆然とする。

(そんな……!)

 シュウは慌てて扉に取り付いた。鍵は掛かっていなかった。中を覗くと、確かに鉄格子の中はからっぽだった。昨日レドが座っていた寝台もなにもかも、まるで何も無かったかのように綺麗に整えられてしまっていた。
 シュウは目を見開いた。

(陛下……!)
 
「なんでも、本人の希望だってよ。あんたにゃもう、会う気はねえんじゃねえか?」ボダンはにたにたしながら説明してくれた。ひゃっひゃっひゃ、とおかしな笑い声を立てる。彼が動くと、鍵束がまたじゃらじゃらと音を立てた。
 シュウは、はっとした。

「ま、まさか……また地下牢に?」目の前が真っ暗になる。
「違うだろうな。あそこじゃ、あんたに見つかるじゃねえか。とにかく、俺はそれ以上の事は知らねえよ」

 冷酷な眼差しでシュウを見据えたまま、ボダンは肩を竦めた。そしてまた、じろじろとシュウの身体に視線を走らせる。

「なあ、おい……。それでお前、もう陛下には可愛がってもらったのかよ?」
「……え?」

 気がつくと、ボダンはもうシュウのすぐ傍に立っていた。

「なあ、そうなんだろ? でなきゃ、おめえ……」

 こんな華麗な衣装を着せられて、過分の待遇をされているはずがない。そうボダンは言いたいようだった。気が付けば、その手がさわさわとまたシュウの腰周りを撫でている。

「や、ちょっと……!」
「勿体ぶるんじゃねえよ!」驚いて身をよじって逃げようとすると、突然ボダンが怒鳴り声を上げた。「どうせ、あっちこっちで咥え込んでやがるんだろうが? 男のをよ……!!」

 言うと同時に、ものすごい力で尻を掴まれた。

「………っ!」

 痛みと驚きとで真っ青になり、シュウはあまりのことに固まった。悔しいのに微動だにできない。その上、何も言い返せない。情けないことこの上もなかった。
 と、ようやく監視兵の二人が追いついてきた。ボダンがパッと手を放して明後日の方を向く。いかにも、こういうことを日常的にやり慣れている人間の動きだった。

「シュ、シュウ様!」
「おい、お前! シュウ様に何をしてる!」

 場の異様な雰囲気にすぐに気付いて、一人がボダンに向けて槍を構えた。

「なにがだよ? 俺はこいつに聞かれたことを答えてやってただけよ。ここの囚人のことをな!」しれっとしてボダンが言った。
「貴様……。あまりふざけたことばかり言ってると……!」

 兵士は嫌悪感を隠そうともせず、槍先をさらにボダンに近づけた。

「知らねえ知らねえ! とっととそのお嬢ちゃん、どっかに連れていってくれ。すぐに次の囚人がくるんだ。仕事の邪魔なんだよ!」

 片手を振り回してボダンが毒づいた。そして元通り「禁錮の間」の前に戻ってゆく。
 兵士は不快そうな様子だったが仕方なく槍を引き、シュウに向き直った。

「戻りましょう、シュウ様。ここにいる意味はありません」
「…………」

 真っ青な顔のまま、シュウはただ頷いた。
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