【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

文字の大きさ
112 / 149
第二部 エスペローサ編 第三章 過去

3 思惑(1)

しおりを挟む

「それにしてもゾーグ卿。困ったものですのう、陛下にも……」

 昼餉の前の御前会議が終わり、二人の男が会議のの前でまたひそひそと立ち話をしていた。ナリウスはすでに退室している。
 焦眉の顔を相手に向けているのは、がりがりに痩せた色の黒い老人だ。その体躯にまったく似つかわしくない豪華な長衣や装飾品に身を包んでいる。先ほどナリウスが足早に去った廊下を見やり、いかにも王国の行く末を案ずる風情で溜め息などついているが、老人の瞳にそれらしい色はまったくなかった。

「あのようなどこの馬の骨とも知れぬ下賎な男に、おいそれと後宮の一室をお与えになるとは。いやはや……」
「まあ、そう申されまするな、サリヨル卿」黒髪の太った男が鷹揚に答えた。「わが一族から後宮に献上した娘の親族どもも、やたらにがなりたてて来てはおりまするが。なんと言っても、相手は男。子が成せる身でもありませぬゆえ──」 

 後ろにぴったりと撫で付けた黒髪も、太い眉も口髭も、何を使っているものかてらてらと脂ぎった光を放っている。腹回りにでっぷりとだらしなく脂肪を蓄えているのが、これまた煌びやかな刺繍飾りに包まれた長衣の上からでもよく分かった。

「我々の領分を脅かすなどということは、万にひとつもござりませぬよ……」
「それは無論、無論のことにござりまするわな」

 相手の言葉に頷きながらも、痩せた色黒の老人はまだ納得もいかず、不平も並べ足りない顔だった。

「それにしても、寝耳に水でございましたわい。あの陛下がまた何ゆえ、そちらの道にお目覚めになったものやら──」
「ええ、誠に」

 黒髪と口ひげの太った男は、この国最高位の官位たる宮宰きゅうさいに任じられている。名をゾーグという。国王を除けば文字通り、この宮廷の最高権力者という立場にあった。
 一方痩せぎすの老人は、ゾーグの下に位置する十人の宮中伯の一人であり、名をサリヨルと呼称されている。いずれも、この国の最高意思決定機関である御前会議の枢要を占める人物であった。

「まあ、またすぐにお飽きになられて囚人どもに与えておしまいになることでしょう。いつものことではござりませぬか……」ゾーグは、さもそれが当然かのように薄ら笑いを浮かべて言った。
「でしたらよろしいのですがのう……」対するサリヨルは、それでもまだ疑わしげにナリウスの去った方を見つめている。
ねやで陛下に要らぬことを囁きさえしなければ、いっときのお慰みとして役立つだけでも良しと致しましょう。気にするほどのことではござりますまい……」

 そう言いながらも、ゾーグの大きな鋭い眼はぎらぎらと陰鬱な光を帯びていた。


 ◇


 翌日。
 一日休養して体力も回復し、シュウは午前のうちにあらためてアイリスの部屋に出向いた。廊下の窓から見える景色はもうすっかり雪に覆われている。

 シュウの体調を考慮してか、昨夜はさすがのナリウスも夜の訪問を遠慮してくれた。ゆっくり眠れたお陰で気分も爽快である。
 昨日から晴れてシュウの「監視兵」改め「護衛兵」となったクリスとホッパーも、いつものようにシュウに同行してくれている。
 ホッパーはもう、今にもスキップでもしそうな浮かれようでシュウの後ろからついて来ていた。何度もクリスから注意されるのだが、うっかりするとつい鼻歌まで出てしまいそうになるらしい。それほどに、これまで「監視兵」としての仕事に重圧を感じていたということなのだろう。

「いい加減にしろ、ホッパー。兜があるからいいようなものの……」
 「そのにやけた顔をなんとかしろ」とばかりに、隣でクリスが頭を抱えている。

「申し訳ありません、シュウ様……」

 溜め息混じりに謝ってくるクリスに、シュウは振り向き、笑いながら手を振った。

「いいじゃないですか。僕は構いませんよ? その方が楽しいですし。クリスさんも、そう固くならないで下さい。別に僕は、そんな『高貴なお方』じゃないんですから」
「いえ、そういう訳には──」

 クリスが生真面目に咳払いをした。そう言っている彼でさえ、兜ごしにもこの状況を嬉しく思っていることがよくわかった。
 今日のシュウのいで立ちは、浅黄色の上衣に白のマントといった柔らかな印象でまとめられている。衣装合わせはすべて部屋付きの女官たちに任せているが、瞳の色とも呼応して、それもまたよく似合っていた。
 アイリスの部屋につくと、シュウはすぐに中へ通された。護衛の二人は部屋の外で待っている。

「おはようございます、アイリス様。昨日はお休みしてしまって申し訳ありませんでした」
「おはようございます、シュウ様!」

 挨拶をして一礼すると、大きめのテーブルの前に座っていたアイリスが立ち上がってシュウを迎えた。今朝は落ち着いた紺色のドレス姿だ。テーブルの上には羽ペンやインク壷、羊皮紙や巻物状の書物など、さまざまな勉強道具らしいものが揃えられている。

「お体はもうおよろしいの? ご無理をなさらないで下さいませね?」

 心底心配そうに見上げてくる碧い目を見て、シュウは苦笑しそうになるのをやっと堪えた。代わりに軽く咳払いをする。多分少し顔も赤くなっていることだろう。

(ああ、心配されちゃってるよ……)

 まったく、彼女の兄上は罪つくりだ。この方がシュウの「体調不良」の真の理由を知ったら、一体どんな顔をするのだろうか。

「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。本当に、大したことはなかったので……」

 仕方なくそう返事をして、シュウは微笑んだ。アイリスはほっとした様子になり、早速隣に立っていた女性に目をやった。

「ご紹介しますわ。こちら、家庭教師のモリス先生です。主に綴り方全般と、文章の読解のご指導をしてくださいます」

 亜麻色の髪をひっつめに結い上げた、少し体格に幅のある女性である。鶯色とびいろのかっちりとしたドレスのボタンが、胸や腹の上で今にもはじけ飛びそうに見えた。

「あ、シュウです……。どうぞ、よろしくお願い致します」

 急に緊張してきて、シュウは固くなって頭を下げた。
 女性はシュウより頭ひとつぶん下の方から応じた。柔らかな低めの声だった。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたしますわ、シュウ様。アイリス殿下から大体のご事情はお聞きしております。一緒に頑張ってまいりましょうね?」

 にっこりと笑った顔は思った以上に親しみやすそうで、シュウは心からほっとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...