【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第三章 過去

5 医務の間(1)

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 エスペローサ王宮の医務方は、王宮の敷地の東側にある。すぐ脇が高い城壁となっているのは、トロイヤード宮と同様だ。
 ただ、城と「医務の間」のある建物との間には堅固な石壁とアーチ状の屋根に囲まれた広い通路が設けられている。冬場の移動を楽に行うためだ。
 通路の壁のそこここには分厚い硝子と鉄格子の嵌まった小さな窓が切られている。だが今そこから見えるのは、外で吹きすさぶ厚い雪のヴェールだけだった。通路の中は非常に暗く、壁には等間隔に灯火が灯されている。歩いているだけでも頬がぴりぴりするような、ひどく冷え込む日だった。
 
 午前中の勉強とナリウスたちとの昼食後、あらためて身支度をしたシュウは護衛の二人と共にそこへ向かっていた。底冷えのする通路にシュウと護衛兵二人の足音が響いている。
 今のシュウは、巻きなれた包帯だらけの姿である。エスペローサ風の衣服はもともと肌の露出が少ないため、トロイヤードの時よりも遥かに簡単に準備ができた。顔と手に包帯を巻いてしまえば大体のことは終わってしまう。そこへフードと一体になったマントを羽織り、フードを被って頭を隠せば完了。完璧だ。

「そのお姿、苦しくはありませんか。シュウさ……いえ、『ラギ』様」

 背後から少し心配そうなクリスの声がした。シュウは今回も、仕事中にそう呼ばれることを選んだのだ。また違った偽名を変に使うよりも、慣れた名前の方がいざと言うとき何かと慌てなくて済む。そう思ったからである。
 ただ、それをトロイヤード側にどう思われるかは心配だった。一応ナリウスには相談してみたのだが、彼の答えは至極、簡単明瞭だった。

「気にするな。いくらでも誤魔化せるから心配いらぬ」

 それを聞いて正直「そんなことでいいのか??」とは思ったが、この王がそう言うならそうなのだろう。兎にも角にもそんな訳で、そのままこちらでも「ラギ」の名で通すことに決定したのである。
 あの王のことだ。たとえトロイヤードから「『ラギ』なる人物が城の中にいるではないか」と指摘されたところで「それは気がつかなかった」だの「臣下に連絡ミスがあったようだ。申し訳ない」だの、のらりくらりと嘘八百を並べ立てるのに違いない。レドたちにはとっては誠に気の毒な話である。
 とはいえトロイヤード側にしても、「ラギ」つまりシュウがここにいることは知っているわけだ。もしもわざわざそんな指摘をしてくるとすれば、何か腹に一物抱えている場合だけだろう。まさに、狐と狸の化かしあいの様相である。
 ここまで来ると、もはやシュウの許容量では追いつかない。完全にお手上げである。あとは狐と狸の王様同士で、どうでも好きにやって貰えばよいのだ。

「ありがとうございます。大丈夫、慣れていますから」

 クリスの方に振り向いてシュウは言った。微笑んで見せたのだったが、その表情が相手にうまく伝わったかはどうかよくわからない。包帯の顔と兜の顔。双方ともに、どうもコミュニケーション上の障害が多すぎるようである。

「それにここは、向こうよりずっと寒いので……。あちらは暑くて、夏はちょっと大変だったんですけど」

 トロイヤードのことを思い出すと、やはりちくりと胸が痛んだ。だがシュウは敢えてそれを無視した。そして意識的に話題を変えた。

「それより、『医務の間』のお医者様ってどんな方ですか?」

 シュウにとっては、これがいま一番気になっていることだった。

「あ、はい。医療班長殿はまだお若いですが、ご立派な方です。我々も、これまで大変お世話になっております」クリスが生真面目に返事をした。
「そう、なんですか……。え~っと……」

 聞きたいこととは微妙にポイントの違う返事がきて、シュウは困った顔になる。

「どうかなさいましたか?」
「あ、その……」クリスの問いにシュウは口ごもった。「あまり怖い人じゃないといいな~、なんて……」
「あっははは! シュウ様らしいや!」ホッパーが大笑いして、クリスの代わりに返事をしてくれた。「まあ、見てくれはちょっと怖いかな? でもいい人だよ。すぐに分かるさ!」

 言ってまたもや親しげにシュウの肩など叩いてしまい、ホッパーはまたぞろクリスに叱られる羽目になった。一体これが何度目だろうか。
 そうこうしながら三人は通路を抜けて、やがて目的地に到着した。
 「医務の間」は、その呼称とは裏腹に、随分と大きな施設だった。病室の広さは見たところ縦横に約五十メトル四方で、そこに百床ばかりの簡易な寝台が並んでいた。患者はその三分の一ほどを占めているようだった。冬場のことでもあり、あちこちに設置された薪ストーブが明々と燃えている。そこここで、白い上着を着た医務官らしき者が立ち働いていた。
 その様子がまさにトロイヤード宮の医務棟を彷彿とさせ、シュウは一瞬、胸に締め付けられるような痛みを覚えた。

 と、白い医療用の上着を着た長身の男が大股にこちらに近づいてきた。先にこちらに気がついたらしい。

「『ラギ』様でございますか?」
「はっ、はいっ……!」

 歩みよってきながら質問され、シュウはびくりと姿勢をただした。
 近づいてくるにつれて、男の背丈がかなり高いことに気付く。身長だけならタルカスぐらいはあるだろうか。相当な威圧感がある。ただし、体格はタルカスよりもずっと細身だった。
 あっという間に傍まで来ると、男はシュウを見下ろした。歴戦の兵士を思わせるような目の据わったいかつい顔つきの男だ。長めの黒い髪を後ろで無造作に束ねている。

(ほんとだ、ちょっと怖いかも……)

 シュウがそう思ううちにも、男は一礼して自己紹介を始めていた。

「こちらの医療班長を務めております、医師のドネルと申します。どうぞよろしくお願いします」
「あっ、いえ! こちらこそ。『ラギ』といいます。よろしくお願い致します」シュウも慌てて礼をした。
「話は陛下から伺っております。陛下のご賓客の方にこのような場所をお手伝いいただけるなど、正直驚いておりますが光栄です。どうも有難うございます」

 顔つきには似合わない、深くて落ち着いた声音だった。

「あ、あの……ドネル先生?」そう呼んで良いものかちょっと思案してから、シュウは呼びかけた。
「はい」
「ぼ……いえ、私はここにいる間は先生の部下として働くつもりです。どうぞ、敬語はおやめ下さい」

 あらためて礼をすると、ドネルはシュウを見つめて少し驚いたように沈黙した。が、ふっと優しい目つきになると、シュウに握手を求めながら言った。

「そうか。わかった。では、よろしく頼む。『ラギ医療補佐官』くん」
「はい!」

 シュウは彼の手を握り返した。ドネルの手は大きくて暖かかった。

「今後は、『ラギ君』と呼ばせてもらうが、いいかな?」
「もちろんです!」

 シュウはにっこり笑った。
 包帯だらけのシュウの手を、初対面で躊躇なく握ってくれた人は初めてだった。
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