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第二部 エスペローサ編 第三章 過去
7 医務の間(3)
しおりを挟む「僕が、皆さんの前で竪琴を弾くの……嫌ですか?」
「…………」
ナリウスの表情は変わらなかったが、その沈黙がすでに答えを出していた。
「僕もあんまり……その、大げさになるのは嫌だなあと思ってて……」
ナリウスの目が意外そうにこちらを向いた。「そうなのか? そなたは乗り気なのだと思っていたが」
「とんでもないですよ! 乗り気なのは、その……アイリス様で」はあ、と溜め息をついてしまう。「そんなに、目立つのは好きじゃないんです──」
そうでなくてもこの容姿になってから、嫌でも人目に立つようになってしまったのだ。これ以上自分から目立つ真似をしてどうする。
ナリウスが少し可笑しそうに微笑んだ。
「それなら断ればいいものを。アイリスが無理強いしているわけでもあるまい?」
「そう、なんですけど……」
あのものすごく嬉しそうな可愛いらしい笑顔を見ていると、どうしても断りきれなくなってしまう。シュウはまた軽く溜め息をついた。
「まあ、ほどほどにしておくようには言っておく。そなたも無理に付き合うなよ」
「はい、ありがとうございます……」
「それからな、シュウ」
「……はい?」
急にナリウスの声音が真面目になって、シュウは目を上げた。間近で薄氷の瞳と目が合う。
「そなたに近づくものは何であれ、十分に警戒して付き合えよ。くれぐれも言い置くぞ」
「は?……はい」
「判断に迷うときには、あのクリスという護衛兵を頼るといい。あれはなかなか賢い男のようだからな」
「はい……」
よく分からないままに頷くが、ナリウスの言葉の意図を察することはできなかった。ナリウスが更に言葉を続ける。
「たとえば。そなたの国の間者だと言う者が現れたとしても、易々と相手を信じるな。……いいな」
(……え?)
どういう意味だろう。
「下手に相手をすると、そなたも敵国の間諜と見なされるぞ。宮廷内に、どうやらそこにつけこんで、お前をすぐにも死刑台に送りたがっている者がいる。おおかた先日、毒を盛ったのと同じ輩であろうよ──」
ナリウスの形のよい唇から、まるで天気のことでも話すがごとくに恐ろしい単語がすらすらと流れ出た。
「…………」
次第に自分の血の気が引いてゆくのを感じた。この城の中ではこんなにも身近に、いつも死がついて回っている。ナリウスもアイリスもこんな中を、親の庇護を受けることもなく何年も生き抜いてきたということだろう。
彼らの親が亡くなった当時、当然ながらアイリスはかなり幼かったはずだ。つまりはこのナリウスが、少年時代から相当の苦労を重ねてここまできたのだということが察せられた。シュウの胸は密かに痛んだ。
「そなたの竪琴の信奉者の中に、どうやら彼奴らの親族の娘がいるようだ。それも一人や二人ではない。それが腹に据えかねるのも、分からぬではないのだが──」くくっとナリウスが喉奥で笑った。「当のそなたは、別にやりたくてやっているわけではないと言う。……やはり、そなたは面白い──」
くすくす笑って、ナリウスはシュウの髪をさらりと撫でると、その額に口づけた。そうして、額どうしをこつんと合わせると、さらに一言、釘を刺した。
「一応言っておくが。女官を孕ませるのは禁じるぞ。何かと話が複雑になるのでな」
(ま、またですか……!)
激しい既視感を覚えて赤面した。そして脱力しつつも以前とまったく同じ答えを、今度は違う相手に返した。
「しませんよ、そんなこと……」
大体、こんな頻度でナリウスに抱かれていて一体いつそんなことができるというのか。自分にそんな体力があるはずがない。
が、ナリウスは口の端に意味ありげな笑みを浮かべて上体を起こした。
(……ん?)
不思議に思って見上げると、上からすぐに唇を塞がれた。
「んんっ……」
優しく舌を絡められ、体の奥でまたあの熱が目を覚ます。シュウはナリウスの背中に腕を回した。
「ん……ふ」
「信用ならんな。もう少し、体力を奪わせておいて貰おうか──」
密やかに笑いながら、そんなことを耳朶に囁かれる。
そして再び、シュウはその熱い奔流に絡めとられていった。
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