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第二部 エスペローサ編 第三章 過去
13 密室(1)
しおりを挟む翌、早朝。
いつものようにクリストホッパーは六の刻ぴったりにシュウの寝室に到着し、扉の前で夜間の護衛兵たちと引継ぎ作業を行った。
「……シュウ様のご体調が悪いと? いつからだ」
夜間担当の兵士らの報告を受け、クリスは眉を顰めている。ホッパーは隣で心配そうに皆のやりとりを聞いている。
(まさか、陛下……)
昨夜のナリウスとの一件が脳裏をよぎった。あの話の流れからしてかなり嫌な予感はしていたのだが、残念ながらクリスのそれは的中しすぎるほどに的中してしまったらしい。案の定、シュウは朝になっても寝床から出られなくなっているという。
(これでは、本末転倒だ──)
クリスは眉間に皺を寄せる。
結局はシュウ自身がそうやって理不尽な無理をさせられるというなら、昨夜の自分の忠告に何の意味があったというのか。どうしても苛立ってくる自分の感情を抑えつつ、クリスは夜番の兵らを兵舎に戻らせ、そっと耳をすませて部屋の様子を窺った。
「なあなあ、大丈夫かなあ? シュウ様……」
ホッパーは恐らく、シュウの「体調不良」の原因を大きく勘違いしているのだろう。いかにも心から心配そうに、肩を落としてため息をついている。田舎育ちらしく大変気のいい男で、昔から裏表もなく悪だくみなどもいっさいたことがない。そういうところはクリスも大いに買っているし好感を抱いてもいるのだが、この鈍さだけは如何ともしがたい。貴人の側近にはどうしたって向かないタイプだ。クリスは心中だけで吐息をついた。
「心配はいらんだろうが、午前のご予定があられるはずだ。ご挨拶だけはしておこう」
静かに言ってあらためて向きなおると、クリスは軽く扉を叩いた。
◇
「どうぞ……」
寝台の中から返事をすると、護衛兵の二人がいつものように遠慮がちに顔を出した。最近では二人とも、室内ではすぐに兜を脱ぎ、脇に抱えるようになっている。
「おはようございます、シュウ様。お加減はいかがですか」誠実な深い声で、クリスが生真面目な挨拶をした。
「おはよー、シュウ様。今朝は体調が悪いんだって? 大丈夫かい?」ホッパーもいつもの調子だ。
シュウは困った顔で笑顔を作った。「おはようございます、クリスさん、ホッパーさん。すみません……ちょっと、今朝はだめみたいで──」
二人に挨拶するために少し上体を起こしているだけでも、どうしても腰がつらい。せっかく上げた頭をまた枕に沈没させてしまった。
(あああ、もう……!)
いつも呑気なホッパーはともかく、この体調不良の原因は、勘のよいクリスにはきっと火を見るよりも明らかだろう。まことに、心底恥ずかしさで死にそうになる。羞恥で人が死んだ験しはないかもしれないが、心情的には「死んだも同然」という気がしてしまう。まったくもって勘弁してほしい、本当に!
こちらの心中を察したように、クリスが心持ち慰めるような調子で言った。
「どうぞ、ご無理なさらないでください。午前のご予定はいかがなさいますか」
「あ、それなんですけど……」
ここのところ、シュウは毎朝アイリスの部屋でモリス先生の講義を受けている。優しくて人当たりのいい先生ではあるのだが、とにかく真面目な人で、毎日の宿題の量だけは半端ないのだった。とにもかくにも「反復と書き取り」の鬼なのである。
「申し訳ないのですが、そこの宿題だけでも先生に届けて頂けたらと──。せっかく、昨日頑張ったので……」
書き物机の引き出しから宿題を取り出そうと再び起き上がろうとして、シュウはあっさりとまたバランスを崩した。
「う、わ……っ」
「お気をつけを」
危うく寝台から転がり落ちそうになったところを、素早く近づいたクリスの腕が抱きとめた。
「どうかご無理なさらぬよう。そちらは我々で探しますので」
「は、はい、すみません……。ありがとうございます」
シュウはもう真っ赤である。ホッパーが机の中を探してくれて、無事に件の宿題を取り出した。
「これのことかい? 先生に持っていけばいいんだよな?」
「あ、はい。お願いします……。女官さんにでもお願いしてもらえれば──」
「いいっていいって! こんなのすぐだし。俺が持ってってやるよ! いいよな? クリス」ホッパーがにかっと笑って手を振った。
クリスはすぐに頷き返した。
「あまり遅くなるなよ」少しの時間なら構うまい、という顔だった。
「了解~! んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」
言うが早いか、ホッパーは部屋を飛び出て行ってしまった。
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