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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀
6 協力者(2)
しおりを挟むその頃。
当のナリウスは、執務室でクリスの報告を受けていた。
「……それで? そろそろ仕掛けようと思っているのか」
ごく何気ない声音で尋ねる。今は執務机に軽く肘を付き、指を頬に添わせている。表情は至極楽しそうだった。
「はい。背後関係もほぼ突き止められましたし。あとは、シュウ様に少しご協力いただければと──」
「分かった。シュウには私からも話しておく。準備が整ったら報告してくれ」
「了解いたしました」
「そなたも十分、気をつけろよ」
「は……」
ナリウスが何気なく言った言葉に、クリスがふと驚いたような顔をした。
「ん? 何だ」
「あ、いえ」
不思議そうなナリウスの瞳と目が合い、クリスは慌てて姿勢をただす。
「恐れ入ります。……では」
一礼し、クリスは足早に部屋を辞した。
一人残ったナリウスは、窓外の雪景色を見やって静かに微笑んだ。いつもは退屈なばかりのその景色が、今日は心が浮き立つように美しかった。
廊下に出たクリスは、急ぎ足にアイリスの部屋へと戻りながらも、いまの出来事を反芻していた。
ナリウスは確かに、自分に「気をつけろ」と言った。彼が臣下に対して相手を気遣う言葉を吐いたのは──さすがに初めてだとは言わないが──非常に珍しいことだった。しかも、特別な底意もなくあれほど自然に素直な言い方で。
そもそも、これまでナリウスがそうした台詞を吐いたとしても、それは単に儀礼的な言葉に過ぎなかったと思う。だが、先ほどの言葉はどうも、それとは違うように思うのだ。ナリウスは確かに、今回の危険で多忙な仕事をこなすクリスの身を案じてくれたらしい。
これは驚くべきことだった。
クリスの見るところ、シュウの監視兵を皮切りとするこの一連の仕事に就いてから、君主としてのナリウスはどんどん変化してきている。以前のように、ただ力と恐怖で兵を思うがままに動かそうという「氷の王」の姿は鳴りを潜め、今では至極一般的に見られるような「主従関係」とでも呼べるものが、互いの間に少しずつ構築されてきているような気がするのだ。
(これも、……偏に)
やはり、シュウがこの城に来てからの重大な変化のひとつと言っていい。
見たところ、それはまだナリウス自身も気付いていないようなささやかな変化ではある。だが、思った以上に大きな意味を持つとクリスは考えている。
そうした君主には、当然、人望が集まるだろう。そうすれば、いま以上に優秀で、本気で国のことを考えてくれる若い才能も集まりやすくなるはずだ。それは、この国の未来にとって考える以上に大きな明るい影響をもたらすに違いない。
(これも、シュウ様のお陰であろうな……)
今、アイリス以外でナリウスの心に最も近しいところに居る人物は、ほかならぬシュウその人だ。そのことが、ナリウスの心情の変化に想像以上に大きく影響しているとクリスは考えている。
彼が単なる臣下ではなく、ナリウスと褥をともにする立場にあるということは、こうして見ると思った以上に大きなことなのだ。
つまり、シュウはナリウスの最も無防備な時に、その心の中にやすやすと入り込める、いわば特権を手にしているに他ならないのだから。
もちろん、逆にそれが下心のある奸臣の親族の娘であったりすれば大問題にもなりかねない。もしもそんな事になれば、自分はその女と奸臣を、たとえ刺し違えてでもこの王宮から排除することだろう。傾城はその字のごとく、いつの時代も国をゆるがす火種になりうる重要な懸案事項だからだ。
だがそこは、あの私心のないシュウである。そのような心配は一切ないし、むしろこれ以上に安心なことはないほどだった。
以前に比べ、彼のお陰で今はどれほどナリウスの精神状態が安定していることか。王が他国の男を後宮に引き入れたことで眉を顰めている臣たちが多いのは知っているが、クリスはむしろ、家臣一同は彼に感謝すべきなのではあるまいかとすら思うのだ。
また、彼が他国から攫われてきた虜囚であることも看過できない条件であろう。仮にシュウがもともとこのエスペローサの臣民で、初めからナリウスの臣下としてこの宮殿に入ってきていたのなら、こうはならなかったに違いない。臣下が国王に尽くすのは、ある意味当然だからだ。
だが、シュウは違う。自分の意思とは関係なく、あの王によって無理やりにこの国に閉じ込められた立場なのだ。
彼が王にその体を与えたのは、義務でもなんでもない。ただただ、その無私の気持ちによる。
シュウは初めこそレド王を救うため、愛する男の命と引き換えにここに残った。とはいえナリウスに体を許したのは、恐らくは彼のナリウスへの憐れみからであったろう。ありうることだ、あの心優しい青年なら。もちろん迷いはあったろうけれども、結局彼はあの孤独な王のためにその体を明け渡すことを選択してくれたのだ。
クリスはそのことを考える時、ひたすら頭の下がる思いがせずにはいられない。
自分がもし同じ立場で同じことができるかと問われれば、それは「まず無理だ」と答えるほかはないからだ。
剣を持つわけでも、大声を上げるわけでもない。
だが、これは紛れもない闘いだ。
シュウにとって、これはこの国での彼なりの闘いなのだろうと思う。
(やはり……あの方は)
クリスは思う。
間違いない。彼は希望だ。
変わりゆくこの国の、そしてあの国王の──。
そうこうするうち、クリスはアイリスの部屋の前に戻ってきていた。扉の前のホッパーがクリスを見つけてにやりと笑った。
「おかえり~。なんか最近、忙しいな? クリス」
「……シュウ様は」
「ああ、もうお勉強は終わられたよ。そろそろ出ていらっしゃるんじゃねえかな?」
と言ううちに、シュウがもう部屋から出てきた。アイリスも一緒である。姫は頬を少し染めながら、嬉しそうにシュウを見上げて話しかけている。
「お昼はご一緒してくださるのでしょう? シュウ様」
「あ、ええと……」
「申し訳ありません、殿下」
ちらりとシュウがこちらを窺ったタイミングで、クリスは口を挟ませてもらった。アイリスには申し訳ないが、ここは譲るわけにはいかなかった。
「少々、シュウ様にお話が」
「あら、そうなの……」
「いえ、お時間は取らせませんので」アイリスが残念そうに俯くのを、宥めるように言葉を継ぐ。「殿下はどうぞ、お先にゆかれてくださいませ。シュウ様は、後ほどそちらにお送りいたしますので」
丁寧に一礼すると、アイリスは納得したように微笑んで、侍女たちと共に食事の間へと歩み去った。取り残されたシュウが不思議そうにこちらを振り返る。
「あのう、僕にお話って……?」
クリスはシュウに向き直り、あらためて言った。
「少しご足労をおかけしますが、今のうちにシュウ様に紹介しておきたい者たちがおります。ついてきていただけますでしょうか?」
「あ、はい……」
ややきょとんとした風情で、よく分からないながらもシュウがこくりと頷いた。
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