【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第五章 呪詛

3 瓦解(1)

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「しかし、お待ちください」とうとうゾーグが口を出した。「それが、一体なんだというのです? いかに陛下ご寵愛の青年とはいえ、囚人は囚人ではござりませぬか。その者を毒殺するも、間諜の濡れ衣を着せて処刑するも、さほどの罪と言えましょうや。サリヨル卿はただただ忠臣として、陛下とこの国の行く末を案じる一心でなさったことなのでは……?」

 ナリウスとクリスは得々と持論を展開しはじめた男を冷ややかに見やり、一瞬だけ互いの目を見合わせた。

(やはり、この男……)

 なんらかの理由で、ゾーグもシュウの存在を疎ましく感じているのは明らかだった。どうやら今回の黒幕はサリヨル一人のようだが、それが仮にこのゾーグであったとしても、さしたる不思議はなかったということなのだろう。

「お言葉ではありますが、閣下」クリスはゾーグの目を真っ直ぐに見据えて言い放った。「元のお立場がいかに囚人であるとは申せ、今ではシュウ様は陛下とアイリス御妹殿下が命の恩人とも思われ、賓客としての扱いをなさっておられるお方ですぞ。臣下の立場にある者がおいそれと、勝手な了見で闇に葬ってよい方ではございますまい」

 それは、静かな中にも強固な厳しさのもった声だった。

「何を言う。ただの男娼ずれではないか──」
「ゾーグ」ぼそりと呟いたゾーグの一言に、ナリウスの瞳がぎらりと光った。「口を慎め。事と次第によってはただでは置かぬぞ」
「は、はは……」

 ゾーグは反省の色など微塵も見せずに一礼をして見せた。
 ナリウスはしばし男をめつけていたが、あらためて皆に顔を向けた。

「間違いのなきように申しておくが。今ここで私が問題としているのは、シュウの処遇の是非ではない。飽くまでも宮中伯サリヨルが、人格的にその職に値するかどうかの審議である」

 サリヨルがそれ聞いて、組んだ手をぎりぎりと握り合わせた。その目は爛々と燃えている。ナリウスの言葉は続く。

「理由はどうあれこの者は、わが臣民たる下級士官の家族を質にとり、その者に火を放って無用の傷を負わせ、おのが手先とした。そのようにして、シュウの立場を危うくするために利用したのだ。それも、あろうことか敵国の間諜と身分を偽らせてな。そのような者がこのままこの御前会議の、しかも筆頭たる立場を占め続けることに、私はいささか疑問を覚えている。皆の意見やいかに」

 それだけ言ってしまうと、ナリウスは手を組み合わせて卓に肘をつき、一同を氷の眼光で見回した。
 宮宰ゾーグをはじめ九人の宮中伯たちは沈黙した。老人たちは互いにちらちらと周囲の様子を伺っていたが、これといった意見は述べなかった。ここで選択を誤ると、後々、自分の立場を危うくする。二の足を踏むのは当然だった。
 ナリウスが右に目をやり、てらてらと撫で付けた黒髪の男に尋ねた。

「ゾーグ。そなた、どう思う」
「は、いえ……」ゾーグは先ほどから不自然なほど真っ赤な顔になっており、不愉快さを隠そうともしていない。「わたくしには、何とも──」
 ナリウスは冷笑した。「御前会議の筆頭たるそちでさえ、なんの意見もないというのか? 奇怪なことよな──」
「…………」

 ゾーグはさらに真っ赤に膨れ上がって沈黙した。
 ゾーグにしてみれば、この御前会議ではっきりと自分側につく勢力であるサリヨルを失うことは大きな痛手である。ほかの宮中伯たちは、基本的に自己の権益をどう守るかにしか興味がない。そればかりか、思考力や判断力においてサリヨルには遥かに及ばない。なにより、その時その時の日和見主義者たちばかりで、彼らは常にゾーグ側に立つわけではないからだ。
 いやむしろ、彼らはゾーグをうとんじてすらいる。表立っては口にしないものの、彼のあまりの自己の権益至上主義かつ傍若無人な采配ぶりには、心の中では相当辟易していることが伺えるからだ。

 クリスは黙って彼らを観察しながら、頭の中でそうした御前会議の中のパワーバランスを一つ一つ検証していた。結果としては、おおむねホッパーが集めてくれた宮廷内の人間関係に関する情報との齟齬はないようだった。ホッパーもあれでなかなか優秀なのである。
 今ではクリスの頭の中で、どの大臣のどこを突けばはっきりとこちら側に傾くかのシミュレートすら完了している。この会議の流れをいかにナリウス側に傾けるかは、サリヨルが無様にも尻尾を見せたこの機会を逃さないことが肝要だった。その辺りのことはすでに何度もナリウスと意見交換しあい、相談も重ねてきたことである。

「まあ皆、落ち着け。何もサリヨル卿を牢に放り込もうとか、ましてや処刑台へ送ろうなどという話ではないのだから」ナリウスが薄く笑って言った。「単に、この御前会議から外れてもらおうというだけの話ではないか。それも、永久にではない。ごく一時的なことよ」
「一時的な? 陛下、恐れながら、それはどういう……」

 早速、宮中伯の一人が食いついた。クリスの計算通り、サリヨルの次席にあたる老人である。ナリウスは微笑を浮かべつつ説明を続けた。

「考えてもみよ。ここまで、これほど国に尽くしてきてくれたサリヨル卿を、この私が無碍むげに扱うわけがなかろう? しばらくの間、休養を願うまでのこと。此度こたびの事件のほとぼりのさめるまでな。その後はまた、この場に戻す用意もある。皆、どうか?」
「おお、そういうことなのでしたら……」次席の老人はそれを聞いて、明らかにほっとした様子になった。「のう、おのおの方──」 
「そ、そうですな……」
 他の者たちも口々に同意し始めた。
「それだけの事でしたら、我々も……、のう?」

 老人たちは、ようやくもたらされた希望の光にあっというまにすがりついた。今や安堵の色を浮かべて頷きあっている。

(……勝ったな)

 クリスは心中、密かに思った。
 本当は、そんな未来は存在しない。一度ひとたびこの立場を失ったら、サリヨルがこの場に戻ってくる目など二度とないのだ。
 今後サリヨルがいかにそれを望んだところで、この王はどうせ「そろそろ、そちも年ではないか」とか「近頃、体調がよくないようではないか。大事にいたせ」とか、いかようにも難癖をつけて、決して元の立場に戻したりはしないだろう。

(その性格のままでは、君主としてはまだまだだろうが──)

 クリスは心の中で溜め息をつく。
 本来なら、この王にもっと人望が集まることが理想なのだ。この王に仕えたい、この王のためなら命も要らぬという若者たちがこの王宮に集う日はいつになることだろう。もちろん、そんな高い目標の達成を今すぐに彼に求めても仕方のないことではあるが。
 もっとも以前のナリウスであったなら、今回の場面でもこの程度の物言いで済んでいたはずはない。もっとずっと辛辣に、敵の心臓をえぐるかのような言葉で老人を責め抜いていたであろう。これでも随分ましになったと、ここは評価して差し上げるべき場面なのかも知れなかった。

(まあ、『今後に期待』、といったところか……)

 考えるうちにも、老人たちの中で意見はまとまったらしい。

「よろしいのではござりませぬか? サリヨル卿」
「少しの間ご休養なされるのも、また今後のためになりましょう……」

 老人たちが様々にとりなす言葉を、サリヨルは全身を震わせながら聞いていた。その顔色はもはや土気色で、表情はどす黒い悪鬼のごときものに変貌していた。今にも胸を押さえて倒れるのではないかと思うほどだ。

「き、貴様……。貴様ら……」

 錆びた声がさらに掠れて、ぎーぎーと金属を擦り合わせるような不快な音を立てた。
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