【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第五章 呪詛

2 御前会議(2)

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 御前会議のための「会議の間」は、王宮の一室としては比較的小ぶりな二十メトル四方ほどの部屋である。
 部屋の真ん中には楕円状の巨大な円卓が設えられており、まず最も上座にナリウスが位置を占める。その右手に宮宰きゅうさいゾーグ、左手には宮中伯筆頭のサリヨル。以下、ほか九名の宮中伯たちが円卓を囲んで着座することになっている。それぞれの大臣の後ろには補佐の文官が二名ずつ着座し、部屋の四隅には甲冑姿の警護の兵士が一名ずつ槍を手にして立っていた。

 文官の一人が本日の会議の開始を宣言すると、宮中伯の一人が本日の議題について一つ一つ読み上げ始める。老眼の目をしょぼつかせながら、手にした羊皮紙を目から離したり近づけたりしつつのことで、まことに覚束おぼつかない。宮中伯の中には早速欠伸をかみ殺しているような者もいた。ここまでは、いつもの会議の風景だった。

 今回初めてこの会議に同席させられているクリスは、ナリウスの斜め後方に少し離れて立っていた。大臣たちはこの見慣れぬ若い上級士官を時々ちらちらと盗み見ていたが、特にナリウスに何かを問うことはしなかった。ナリウスが「こう決めた」と言ったことにいたずらに疑義を挟んだり異を唱えたりしたところで、氷の逆鱗に触れるのが関の山なのであろう。
 当の宮中伯筆頭サリヨルだけは、不信と不安の色を隠そうともせず、ぎらぎらと白く光るまなこでナリウスとクリスの動向を窺っているようだった。

「以上でござりまするが、よろしゅうござりますでしょうか、陛下」

 本日の議題について一連の宣言が終わると、読み上げていた老年の宮中伯はナリウスへと向き直り、いつものように確認をした。
 いつもならここで「よかろう」とひと言で済ますところであり、この部屋にいるほとんどの者がナリウスのその言葉を予期していたのだが。

「──いや。その前に、本日は是非とも議題にすべき重大な案件がある」ナリウスは柔らかい声で言うと、自分の左にいるサリヨルをまっすぐに見た。「ほかでもない、この宮中伯サリヨルおうのここ最近の行動について、私には大いに疑問に思うところがあるのだが。ちょうど証人も伴ってきているゆえ、早速さそくにその事を議題にしてみたいと思うが、皆の意見はどうか」

 いつものようにふわりと氷の微笑を浮かべ、頬には指を添わせている。

「なんと──」それを聞いた途端、宮宰ゾーグはぎらりと大きな目を見開いて、素早くサリヨルの表情かおを窺った。「それは初耳にござりまするな。してそれは、いかような行動で……?」

 ちらちらとサリヨルの方に目線をやりつつも、多少困惑した風情で言い募る。ゾーグは本当にこのことには噛んでいない様子に見えた。ナリウスはそのゾーグの表情を、薄氷の瞳でじっと検分するように見つめていた。

「詳しい話はこの者がする。紹介しよう。本日付けで情報部・情報将校となったクリス上級三等である。今後、何かと私の傍で働くことになるゆえ、一同、見知り置いて貰いたい」
「は、はは……」

 一も二もなく大臣たちが頭を下げた。だがそれぞれちらちらと互いの顔を見合わせたり、密やかに扇の内で囁き合ったりする様子である。彼らの不審げな視線など意に介さぬ風に、ナリウスの目配せを受けてクリスが一歩、前に出た。

「ただいまご紹介に預りました、クリスと申します。ご覧の通りの若輩かつ非才の身ではございますが、以後どうぞ宜しくお願い申し上げます」

 言って兵士としてのきっちりとした最敬礼をしたクリスに、一同はただ沈黙をもって応えた。サリヨルの瞳には明らかな憎悪の色が閃いた。

「早速、本題に入らせて頂きます。先日来、陛下のご下命により、王宮内での一連の不審な事件について調査して参りましたが、このほど、その概要を掴むに至りましたのでご報告いたします」

 クリスの声は堂々としていながらも、低く静かに会議の間に響いた。およそ高貴な人々の面前に立った緊張など微塵も感じられない。まして、つい先ほどまでただの下級士官だった男とはとても見えなかった。

「まず、事の始まりは『シュウ様毒殺未遂事件』です。皆様ご存知のトロイヤード国よりの虜囚であられるシュウ様が、過日、何者かによって食膳に毒物を混入され、殺害されかかりました」

 それを聞いてサリヨル以外の九人の宮中伯たちから「おお」「なんと……」といった驚きの声が上がった。とはいえ皆、「それが一体どうしたというのだ」という目つきを隠そうともしていない。
 近頃、過分な王の寵愛を受けているという美しい囚人の青年の存在については、もとよりどの大臣も既知のことではあった。だが、そんな青年の一人や二人が毒殺されたからといって、この者たちは何の腹も痛むわけではない。はっきり言って「どうでも良い」というのが正直なところなのだろう。

(まったく、この爺いどもめ)

 不快な思いを禁じえなかったが、クリスは露ほどもおもてには出さず、淡々と報告を続けた。

「次に『医務の間』にて、同様にそのシュウ様に対し、何者かによる不審な接触がありました。その何者かは己の身分をトロイヤードの間諜と名乗り、彼に密かに密書を渡してきたとのことです。密書についてはすべて陛下にお預かりいただいておりますが、最終的に全部で五通となりました」

 クリスの言葉を受けてナリウスが少し目配せすると、背後にいた若い文官の一人が問題の密書を乗せた盆を静かに円卓の上に乗せた。そこに、広げられた羊皮紙が乗せられている。全部で五枚あった。宮中伯たちは驚き呆れた様子で、少し身を乗り出すようにしてそちらを覗き込んだ。彼らが身じろぎをすると、その身につけた装飾品がじゃらじゃらと耳障りな音を立てた。
 
「お待ち下さい」ゾーグが口を挟んだ。「それでは、そのシュウとやら申す囚人はトロイヤードの間諜と通じておったということではござりませぬか? そのような不埒な者、即刻処刑なさるべきでは──」
「黙れ、ゾーグ」これ幸いと言い募ろうとする宮宰の声を、ナリウスの氷の眼光が黙らせた。「最後まで聞け」

 仕方なく、不満げにゾーグが口をつぐむ。クリスはそれを確認して、再び口を開いた。

「シュウ様は、そのような間諜のことはまったくご存知ではないとのことでした。事実、全面的にこちらに協力もして下さり、手紙もすべて私どもへお渡しくださっております。我々はずっとシュウ様の身辺警護の名目で監視を続けて参りましたが、当初から今に至るまで、かの方に不審な点は一切ございませんでした」

 ゾーグはさも「そんなことが分かるものか」と言いたげな様子だったが、ひとまずは黙っていた。

「シュウ様に手紙を渡していた実行役については、先日正体を突き止め、今は我々の監視下に置いております。全身火傷の重傷であったため『医務の間』に運ばれた男で、当初『ガルフ』と名乗っておりましたが、それは架空の人物であることが判明しております。彼の本名はオットー。この城の警護を担当する下級士官でございます」
「で、では、そやつがトロイヤードの……?」

 宮中伯の一人が声を上げた。クリスは首を横に振った。

「いえ、そやつは単なる使い走りの者でございます。その者によれば、家族の命を質に取られ、体に火を放たれて『ガルフ』に仕立て上げられたと、すでに我々に証言してくれております。手紙は、その黒幕たる者の命によってシュウ様に渡していたとのことでございます」
「して、その黒幕とは──?」

 また別の宮中伯が身を乗り出してクリスに問うた。
 ここまでの流れで分かりそうなものではあるが、何しろ相手は長年ぬくぬくと権力の座に胡坐をかいたままその歳まで過ごしてきた老人たちである。彼らには噛んで含めるような説明が不可欠なのであった。
 クリスは一呼吸おいて、静かにその「黒幕」たる老人へと向き直った。

「そちらにおられます、宮中伯筆頭、サリヨル閣下にございます」
「ま、まさか──」
「なんと──」

 会議の間が、どよめいた。

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