【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

文字の大きさ
145 / 149
第二部 エスペローサ編 第五章 呪詛

7 夢(1)

しおりを挟む

「あ、ちょっと待っててくださいね? ナリウス様……」

 地下牢を離れる少し前。シュウは自分を抱きしめて放さないナリウスをなんとか宥めすかして、ほんのわずかの間だけサリヨルの傍に近づいた。
 血みどろの顔を恐る恐る覗きこむと、幸いにも──というのは気の毒だったが──老人はあまりの激痛のために目を剝いて気絶していた。シュウは安堵し、そっとその体に触れて彼の傷を癒しておいた。

「シュウ様。もう、そのぐらいで」
「あ、はい……」

 さりげなくクリスに注意され、シュウは老人の体から手を引いた。
 あまりやりすぎれば、何も知らない兵たちが不審に思う。クリスはそう判断したようだった。そのため完全に治療したわけではなかったが、それでもサリヨルの苦しみはかなり軽減されたはずだった。少なくとも、消失していたその爪はもとの形を取り戻していた。


 ◇


 そのままナリウスに肩を貸しながら、シュウはクリスと共にナリウスの部屋に戻った。二人で抱き上げて寝台に横にならせると、ナリウスはすぐに眠ってしまった。まるで子どもがそうするように。シュウはその脇に座って、ずっと彼の手を握っていた。実のところ、ナリウスはシュウの手を地下牢から一度たりとも放さなかった。
 やがて夕餉の席に出てこない兄を心配してアイリスがやってきたが、クリスが扉の外で丁重に面会を断る低い声が漏れ聞こえてきた。

「申し訳ございません。今は詳しいお話はできません。……ご心配はいりませぬ。シュウ様がついておいでですので──」

 きっとまたアイリスが悲しげな顔をしていることだろうと思うと心が痛んだ。だが正直、シュウもそうしてもらったほうが良いと思った。今のこのナリウスの姿を実の妹に見せるのは酷だと思ったのだ。ナリウス自身も、きっとそんなことは望まないだろう。
 ナリウスは眠っていながらも疲れきった様子で、ひどくやつれた顔をしていた。顔色はなく、ほとんど蒼白で、目の下には隈ができている。午後だけのことで彼がこうまでなってしまった理由は、シュウにとっては誰かに教えてもらうまでもないことだった。

 ……過去の蓋が、開いたのだ。

 それはきっと、ナリウスがずっと知りたがっていて、でも知ることを長い間恐れてもいたことに違いない。

「ナリウス様……」

 シュウは握った彼の手にそっと口付け、額にあてた。
 怖がらなくていい。みんな居る。
 アイリスも、クリスも、ホッパーだって自分だって、必ずあなたの味方になる。
 昔のあなただったらもしかしたら、アイリス様以外、誰もそうは言ってくれなかったかも知れないけれど。
 今なら、そんなことはない。
 まだまだ少ないのも本当だけれど、今はもう、一人じゃないんだ。あなたは。

「それだけは、本当だよ……」

 シュウは目を閉じた。
 すると、急にひどい頭痛を覚えた。頭の芯がぐらぐらするような、強烈な痛みだ。あまりの緊張と恐怖からくる疲労のためだろう。と同時に、すぐに眠気が襲ってきた。

「ナリウス、さま……」
 
 夢を見るんだ。
 ナリウス様と陛下が、いつか──

 いつか、どこかの草原で。
 あなたたちが互いに手を取り合う姿。
 あなたはいつもの、ちょっと皮肉な笑顔を浮かべてて。
 陛下はいつもの、明るくて不敵な笑顔に決まっている。
 お互いに皮肉交じりに、でもなんとなく嬉しそうに談笑なんかして。

 あなたの後ろにはアイリス様と、クリスさんやホッパーさんや、兵士のみなさんが立っていて。
 陛下の後ろにはヴォダリウス様。それからタルカスさんに、ノインさん。それに沢山のトロイヤードのみんながいる。

 そうなったらいいなと思っている。
 あなたに会った日から、ずっと。

 もしかしたら……もしかしたら。
 違う形で出逢っていたなら。先にあなたに出逢っていたなら。
 愛したのは、もしかしたら──あなただったかも知れない。

 だから……どうか、許してください。
 あなたに会った時にはもう、他の人のものになっていた僕を。

 心はあげられなくて、ごめんなさい──

(……でも)

 でも、あなたのことだって大事だよ。
 これだけは、嘘じゃない。

 あなたのためにだって、僕は死ねるよ──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

処理中です...