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どちらを選ぶか
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<side卓>
早速買い物に出かける両親を見送りながら私は大きなため息を吐いていた。
はぁ……この歳になって母親に叱られるとはな。
――これが絢斗くんなら病院着のままでは居させないでしょう。
思いっきり正論をぶつけられて思わずたじろいでしまった。
言い訳のしようもない。
もう少し周りに目を向けるようにしなくてはな。
しばらくその場に佇んでいるとスマホが振動を伝えた。
絢斗からだ。
どうやら直くんの部屋を出てきたようだ。
今、私がいる、保さんが入院している病棟を伝えてエレベーターの前で待っていると、やってきたエレベーターから三人が降りてきた。
「あ、卓さん。迎えにきてくれてありがとう」
「いや、直くんの様子はどうだ?」
「眠ったから榎木先生に少しの間任せてきた」
「そうか。それならよかった。じゃあ、保さんの部屋に案内しよう」
絢斗とその後ろにいた義両親に笑顔を向けると、絢斗はじっと私をみてゆっくりと口を開いた。
「卓さん、何かあった?」
「えっ?」
「なんだか表情が暗いのを隠そうとしているみたい。もしかして、保さんの体調が良くないとか?」
絢斗に私の今の感情を当てられてしまったな。
母に叱られて凹んでいたなんて恥ずかしいが、絢斗には誤魔化しはきかない。
というより絢斗には隠し事はできないと言った方が正しいな。
「保さんは大丈夫だ。絢斗とご両親に会うのも楽しみにしているようだったよ。ただ、私が自分の気が回らなかったことに呆れているだけだ」
「卓さんが? どうして?」
「実は……保さんにパジャマも羽織も用意していなかったことに母に叱られたんだ」
「お義母さんに?」
絢斗は目をぱちくりさせている。それは当然だろう。
絢斗にとって私の母はいつでも笑顔を絶やさない、そんな存在だ。
「あら、それは沙都さんに叱られても仕方ないわ。ねぇ、賢将さん」
「ははっ。そうだな。だが、なかなかそこまで気が回るものの方が少ないよ。卓くんも相手が絢斗ならすぐに用意しただろうからな」
「はい……母にも同じことを言われました」
全てを見透かされているようで恥ずかしい。
だが絢斗は私の手を優しく握ってくれた。
「私も声かけるの忘れてたし、卓さんだけが気にすることないよ」
「絢斗……」
「そうだな。絢斗の言うとおりだ。これからはみんなが保さんと直くんの家族なんだからみんなで声を掛け合えばいい」
絢斗と賢将さんの言葉に凹んでいた気持ちが一気に浮上する。
ああ、私は優しい人たちに囲まれて幸せだ。
「さぁ、行こう。早く私と両親を紹介して」
絢斗は私の手を握ったまま、笑顔を向ける。
「ああ、行こう」
私は絢斗の手を握ったまま、保さんの部屋に向かった。
扉を叩くと中から「どうぞ」と声がする。
「私の伴侶とその両親を紹介しにきたよ」
「は、はい」
保さんの声が少し緊張しているようだ。
私と一緒に入ってきた絢斗に視線を向けると目を丸くしているのがわかる。
何も話をしていなかったから男だとわかって驚いているのだろう。それも仕方がない。
「えっ、あ、あの……」
「保さん、私の大事な伴侶の絢斗。桜城大学で法学部の教授をしているよ」
「は、はんりょ……きょう、じゅ……」
保さんは驚きのまま私の言葉を繰り返す。表情を見る限り、男同士であることに嫌悪感を抱いてはなさそうだ。そんな彼に絢斗は笑顔で近づいた。
「絢斗です。保さん、よろしく」
「――っ、は、はい。よ、よろしく、お願いします……」
絢斗の優しい笑顔を見て、先ほどの驚きの表情が一転顔を赤らめる。
どうやら絢斗を受け入れてもらえたようだ。絢斗の笑顔を間近で見せてしまったことは少し嫉妬してしまうが、ここは抑えければな。
「こちらは絢斗のご両親だ」
「保さん、絢斗の父です。思っていたより顔色が良くてホッとしたよ」
「えっ……」
顔色のことを言われて驚く保さんに絢斗が
「うちの父はお医者さんなんだよ」
と伝える。
「お医者さん……」
そういったまま保さんは茫然として動かない。
「保さん? どうかしたかな?」
「あ、あのすごい人たちばっかりで、ちょっと緊張します」
確かに弁護士と大学教授、医師が揃う空間はなかなかないかもしれないが、私たちはこれから家族になるんだ。緊張する必要はない。
「保さん、気を遣わないでいいのよ。ほら、見て。直くんもすっかり慣れてるんだから」
秋穂さんが保さんに近づき、スマホを見せる。
スマホからは「うちゃ、わんわん」と可愛らしい直くんの声が聞こえてくる。
「あっ、喋ってる……」
「ええ、とってもお利口さんなの。私のこともすぐにあきちゃんと呼んでくれたわ」
秋穂さんの説明を聞きながら、保さんは食い入るように画面を見つめていた。
「そうか……喋れたんだ……」
まだ話せないと思っていたのだろう。あの弱々しい身体の直くんしか知らないのだから無理もない。
「卓くん、保さんが退院した後の話はしたのかな?」
「はい。さっきうちの両親とも話していたんですが、保さんが良ければ櫻葉グループで働かないか、と」
「ああ、それはいい。実力さえあればやっていけるだろう」
「ええ。それで退院後は磯山の家に一緒に住みたいとも話してましたよ」
「そうか。だが保さん、暮らすのは我が家でも構わないよ。部屋は余っているし、櫻葉グループで働くとしても距離的に離れていないからな」
「えっ……いいん、ですか?」
どうやら賢将さんもまた保さんを気に入ったようだ。
うちの実家と絢斗の実家、どちらでも保さんにとってはいい環境だがどちらを選ぶか悩みそうだな。
早速買い物に出かける両親を見送りながら私は大きなため息を吐いていた。
はぁ……この歳になって母親に叱られるとはな。
――これが絢斗くんなら病院着のままでは居させないでしょう。
思いっきり正論をぶつけられて思わずたじろいでしまった。
言い訳のしようもない。
もう少し周りに目を向けるようにしなくてはな。
しばらくその場に佇んでいるとスマホが振動を伝えた。
絢斗からだ。
どうやら直くんの部屋を出てきたようだ。
今、私がいる、保さんが入院している病棟を伝えてエレベーターの前で待っていると、やってきたエレベーターから三人が降りてきた。
「あ、卓さん。迎えにきてくれてありがとう」
「いや、直くんの様子はどうだ?」
「眠ったから榎木先生に少しの間任せてきた」
「そうか。それならよかった。じゃあ、保さんの部屋に案内しよう」
絢斗とその後ろにいた義両親に笑顔を向けると、絢斗はじっと私をみてゆっくりと口を開いた。
「卓さん、何かあった?」
「えっ?」
「なんだか表情が暗いのを隠そうとしているみたい。もしかして、保さんの体調が良くないとか?」
絢斗に私の今の感情を当てられてしまったな。
母に叱られて凹んでいたなんて恥ずかしいが、絢斗には誤魔化しはきかない。
というより絢斗には隠し事はできないと言った方が正しいな。
「保さんは大丈夫だ。絢斗とご両親に会うのも楽しみにしているようだったよ。ただ、私が自分の気が回らなかったことに呆れているだけだ」
「卓さんが? どうして?」
「実は……保さんにパジャマも羽織も用意していなかったことに母に叱られたんだ」
「お義母さんに?」
絢斗は目をぱちくりさせている。それは当然だろう。
絢斗にとって私の母はいつでも笑顔を絶やさない、そんな存在だ。
「あら、それは沙都さんに叱られても仕方ないわ。ねぇ、賢将さん」
「ははっ。そうだな。だが、なかなかそこまで気が回るものの方が少ないよ。卓くんも相手が絢斗ならすぐに用意しただろうからな」
「はい……母にも同じことを言われました」
全てを見透かされているようで恥ずかしい。
だが絢斗は私の手を優しく握ってくれた。
「私も声かけるの忘れてたし、卓さんだけが気にすることないよ」
「絢斗……」
「そうだな。絢斗の言うとおりだ。これからはみんなが保さんと直くんの家族なんだからみんなで声を掛け合えばいい」
絢斗と賢将さんの言葉に凹んでいた気持ちが一気に浮上する。
ああ、私は優しい人たちに囲まれて幸せだ。
「さぁ、行こう。早く私と両親を紹介して」
絢斗は私の手を握ったまま、笑顔を向ける。
「ああ、行こう」
私は絢斗の手を握ったまま、保さんの部屋に向かった。
扉を叩くと中から「どうぞ」と声がする。
「私の伴侶とその両親を紹介しにきたよ」
「は、はい」
保さんの声が少し緊張しているようだ。
私と一緒に入ってきた絢斗に視線を向けると目を丸くしているのがわかる。
何も話をしていなかったから男だとわかって驚いているのだろう。それも仕方がない。
「えっ、あ、あの……」
「保さん、私の大事な伴侶の絢斗。桜城大学で法学部の教授をしているよ」
「は、はんりょ……きょう、じゅ……」
保さんは驚きのまま私の言葉を繰り返す。表情を見る限り、男同士であることに嫌悪感を抱いてはなさそうだ。そんな彼に絢斗は笑顔で近づいた。
「絢斗です。保さん、よろしく」
「――っ、は、はい。よ、よろしく、お願いします……」
絢斗の優しい笑顔を見て、先ほどの驚きの表情が一転顔を赤らめる。
どうやら絢斗を受け入れてもらえたようだ。絢斗の笑顔を間近で見せてしまったことは少し嫉妬してしまうが、ここは抑えければな。
「こちらは絢斗のご両親だ」
「保さん、絢斗の父です。思っていたより顔色が良くてホッとしたよ」
「えっ……」
顔色のことを言われて驚く保さんに絢斗が
「うちの父はお医者さんなんだよ」
と伝える。
「お医者さん……」
そういったまま保さんは茫然として動かない。
「保さん? どうかしたかな?」
「あ、あのすごい人たちばっかりで、ちょっと緊張します」
確かに弁護士と大学教授、医師が揃う空間はなかなかないかもしれないが、私たちはこれから家族になるんだ。緊張する必要はない。
「保さん、気を遣わないでいいのよ。ほら、見て。直くんもすっかり慣れてるんだから」
秋穂さんが保さんに近づき、スマホを見せる。
スマホからは「うちゃ、わんわん」と可愛らしい直くんの声が聞こえてくる。
「あっ、喋ってる……」
「ええ、とってもお利口さんなの。私のこともすぐにあきちゃんと呼んでくれたわ」
秋穂さんの説明を聞きながら、保さんは食い入るように画面を見つめていた。
「そうか……喋れたんだ……」
まだ話せないと思っていたのだろう。あの弱々しい身体の直くんしか知らないのだから無理もない。
「卓くん、保さんが退院した後の話はしたのかな?」
「はい。さっきうちの両親とも話していたんですが、保さんが良ければ櫻葉グループで働かないか、と」
「ああ、それはいい。実力さえあればやっていけるだろう」
「ええ。それで退院後は磯山の家に一緒に住みたいとも話してましたよ」
「そうか。だが保さん、暮らすのは我が家でも構わないよ。部屋は余っているし、櫻葉グループで働くとしても距離的に離れていないからな」
「えっ……いいん、ですか?」
どうやら賢将さんもまた保さんを気に入ったようだ。
うちの実家と絢斗の実家、どちらでも保さんにとってはいい環境だがどちらを選ぶか悩みそうだな。
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