10 / 39
聞きたいこと
しおりを挟む
「あの、私……今日はそろそろ帰ります」
もう情報量が多すぎて、何も考えられない。
とりあえず頭の中を整理したくなってそういうと、長瀬さんは優しい笑顔のまま、
「では、ご自宅までお送りしましょう」
と言ってくれた。
「いえ、そこまでしていただくわけには……」
「ここは住宅街ですから、流しのタクシーも通りませんし、それに私ならご自宅の住所もわかっていますから、乗っているだけですぐに到着しますよ」
「でも、お店が……」
「この時間はお客さんも少ないですし、私がいなくてもスタッフがいますから大丈夫ですよ。彼もコーヒーを淹れるのはとても上手なんです」
そこまで言われると、断ることなんてできなくて、
「あの、じゃあお願いします」
と言ってしまっていた。
「宗方くん、少し出てくるから店を頼むよ」
「はい。任せてください」
スタッフさんの自信満々な声を背に、私は長瀬さんに案内されて店の裏側にある駐車場に向かった。
「さぁ、どうぞ」
「あの……これ、ここまで来た車ですか?」
「ええ。そうですよ。千鶴さんがタクシーだと思われているようだったので、黒い車にしておきましたが気づかれなくてホッとしました」
あの時はタクシーを呼んだはいいけど、密室に二人っきりになってしまうことに気づいて緊張しまくっていたから、車はよく覚えてなかった。
乗り心地が良かったことは覚えているけれど、今考えてみれば、中もタクシーっぽくなかったかもしれない。
それだけ、私の頭の中が<haju>に行くことでいっぱいになってしまっていたんだろう。
ちゃんと聞いてから車を見れば、これがタクシーじゃないとすぐにわかったのに……。
だって、ものすごい高級車だもん。
つくづく自分の注意力が散漫になっていたことを思い知らされる。
「千鶴さん、どうぞ」
後部座席の扉を開けて座らせてくれるけれど、これだと本当にお客さまみたいでなんとも話しにくい気がする。
「あの……助手席に、座らせていただいてもいいですか?」
「えっ? 座っていただけるんですか?」
「あ、他に乗せてらっしゃる方がいらっしゃるなら――」
「そんな人いませんからお気になさらず。座ってくださるなら嬉しいです」
長瀬さんは焦ったように言葉を遮ると、そのまま後部座席の扉を閉めて、助手席の扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「は、はい」
送っていただく身なのに、後部座席で堂々と座らせてもらうのも気が引けて、助手席に座らせてもらったけれど考えてみたら今まで助手席に座った経験が思い出せないくらい全然ない。
家族で車に乗るときは、後ろの席ばかりだったし、お兄ちゃんとお父さんと三人で出かける時も、お父さんが運転でお兄ちゃんが助手席だったし……普段は電車ばかりだったしな。
もしかして、本当に今日が初めてかもしれない。
うわっ、なんか緊張してきちゃった。
「シートベルトつけてくださいね」
「は、はい」
慌ててつけようとシートベルトに手をかけたけれど、緊張しているのか全く引っ張れない。
焦れば焦るほどできないでいると、
「失礼しますね」
と、さっと長い腕が私の前に出てきて、スッとベルトを引いてくれる。
決して私の身体には触れないように気遣ってくれているのがよくわかる。
カチャリとベルトが締まる音が聞こえてお礼を言うと、
「いいえ、慣れないと締めにくいものですからね」
と笑顔を見せてくれる。
その優しい笑顔に緊張が放たれていくのを感じた。
長瀬さんは運転席に颯爽と乗り込み、ゆっくりと車を走らせた。
「送っていただいてすみません」
「気になさらないでください。私から申し出たことです。それよりせっかくの時間ですから、何かお話ししませんか? 聞いておきたいことはありませんか? なんでも答えますよ。私は千鶴さんに秘密を作るつもりはありませんから」
「そんな……っ」
「本当ですよ。でも、安心してください。無理に気持ちを押し付けようだなんてする気はありません。私のことでなくてもなんでも聞いてくださって構いませんよ」
長瀬さんが私からの質問を待ってくれているのがありありと感じられて、それでもプライベートなことを聞くのは憚られて、とりあえず気になったことを聞いてみた。
「あ、あの……じゃあ、あのシナモンロールなんですけど……私が、好きなお店のシナモンロールによく似ていて、あれは偶然ですか?」
「ふふっ。千鶴さんの好きなお店は、『アイノアベーカリー』ですか?」
「えっ? どうしてわかったんですか?」
「あのお店のシナモンロールは、うちの店のレシピで作られたものなんです」
「えっ……」
「元々、<haju>は祖父の店なんですが、祖父のシナモンロールを気に入ってくださっていた常連客の方があの『アイノアベーカリー』の店主なんです。自分が店を出す時にはぜひこのシナモンロールを出したいと懇願されて、祖父はレシピを教えたと聞いています」
「じゃあ、あのシナモンロールは<haju>が元祖ということですか?」
「そういうことになりますね。千鶴さんもお好きだったなんて嬉しいです。私も祖父から引き継いだ時にあのパンだけはメニューから外さないでおこうと思ったくらい気に入っているんですよ」
長瀬さんと話をすればするほど、好みが同じなことに驚いてしまう。
「また食べにきてください。美味しいコーヒーを淹れますから」
「は、はい」
そんな話をしているうちに、車はおばあちゃんの家に到着した。
もう情報量が多すぎて、何も考えられない。
とりあえず頭の中を整理したくなってそういうと、長瀬さんは優しい笑顔のまま、
「では、ご自宅までお送りしましょう」
と言ってくれた。
「いえ、そこまでしていただくわけには……」
「ここは住宅街ですから、流しのタクシーも通りませんし、それに私ならご自宅の住所もわかっていますから、乗っているだけですぐに到着しますよ」
「でも、お店が……」
「この時間はお客さんも少ないですし、私がいなくてもスタッフがいますから大丈夫ですよ。彼もコーヒーを淹れるのはとても上手なんです」
そこまで言われると、断ることなんてできなくて、
「あの、じゃあお願いします」
と言ってしまっていた。
「宗方くん、少し出てくるから店を頼むよ」
「はい。任せてください」
スタッフさんの自信満々な声を背に、私は長瀬さんに案内されて店の裏側にある駐車場に向かった。
「さぁ、どうぞ」
「あの……これ、ここまで来た車ですか?」
「ええ。そうですよ。千鶴さんがタクシーだと思われているようだったので、黒い車にしておきましたが気づかれなくてホッとしました」
あの時はタクシーを呼んだはいいけど、密室に二人っきりになってしまうことに気づいて緊張しまくっていたから、車はよく覚えてなかった。
乗り心地が良かったことは覚えているけれど、今考えてみれば、中もタクシーっぽくなかったかもしれない。
それだけ、私の頭の中が<haju>に行くことでいっぱいになってしまっていたんだろう。
ちゃんと聞いてから車を見れば、これがタクシーじゃないとすぐにわかったのに……。
だって、ものすごい高級車だもん。
つくづく自分の注意力が散漫になっていたことを思い知らされる。
「千鶴さん、どうぞ」
後部座席の扉を開けて座らせてくれるけれど、これだと本当にお客さまみたいでなんとも話しにくい気がする。
「あの……助手席に、座らせていただいてもいいですか?」
「えっ? 座っていただけるんですか?」
「あ、他に乗せてらっしゃる方がいらっしゃるなら――」
「そんな人いませんからお気になさらず。座ってくださるなら嬉しいです」
長瀬さんは焦ったように言葉を遮ると、そのまま後部座席の扉を閉めて、助手席の扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「は、はい」
送っていただく身なのに、後部座席で堂々と座らせてもらうのも気が引けて、助手席に座らせてもらったけれど考えてみたら今まで助手席に座った経験が思い出せないくらい全然ない。
家族で車に乗るときは、後ろの席ばかりだったし、お兄ちゃんとお父さんと三人で出かける時も、お父さんが運転でお兄ちゃんが助手席だったし……普段は電車ばかりだったしな。
もしかして、本当に今日が初めてかもしれない。
うわっ、なんか緊張してきちゃった。
「シートベルトつけてくださいね」
「は、はい」
慌ててつけようとシートベルトに手をかけたけれど、緊張しているのか全く引っ張れない。
焦れば焦るほどできないでいると、
「失礼しますね」
と、さっと長い腕が私の前に出てきて、スッとベルトを引いてくれる。
決して私の身体には触れないように気遣ってくれているのがよくわかる。
カチャリとベルトが締まる音が聞こえてお礼を言うと、
「いいえ、慣れないと締めにくいものですからね」
と笑顔を見せてくれる。
その優しい笑顔に緊張が放たれていくのを感じた。
長瀬さんは運転席に颯爽と乗り込み、ゆっくりと車を走らせた。
「送っていただいてすみません」
「気になさらないでください。私から申し出たことです。それよりせっかくの時間ですから、何かお話ししませんか? 聞いておきたいことはありませんか? なんでも答えますよ。私は千鶴さんに秘密を作るつもりはありませんから」
「そんな……っ」
「本当ですよ。でも、安心してください。無理に気持ちを押し付けようだなんてする気はありません。私のことでなくてもなんでも聞いてくださって構いませんよ」
長瀬さんが私からの質問を待ってくれているのがありありと感じられて、それでもプライベートなことを聞くのは憚られて、とりあえず気になったことを聞いてみた。
「あ、あの……じゃあ、あのシナモンロールなんですけど……私が、好きなお店のシナモンロールによく似ていて、あれは偶然ですか?」
「ふふっ。千鶴さんの好きなお店は、『アイノアベーカリー』ですか?」
「えっ? どうしてわかったんですか?」
「あのお店のシナモンロールは、うちの店のレシピで作られたものなんです」
「えっ……」
「元々、<haju>は祖父の店なんですが、祖父のシナモンロールを気に入ってくださっていた常連客の方があの『アイノアベーカリー』の店主なんです。自分が店を出す時にはぜひこのシナモンロールを出したいと懇願されて、祖父はレシピを教えたと聞いています」
「じゃあ、あのシナモンロールは<haju>が元祖ということですか?」
「そういうことになりますね。千鶴さんもお好きだったなんて嬉しいです。私も祖父から引き継いだ時にあのパンだけはメニューから外さないでおこうと思ったくらい気に入っているんですよ」
長瀬さんと話をすればするほど、好みが同じなことに驚いてしまう。
「また食べにきてください。美味しいコーヒーを淹れますから」
「は、はい」
そんな話をしているうちに、車はおばあちゃんの家に到着した。
577
あなたにおすすめの小説
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~
百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!?
「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」
総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも!
そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる