ベビーシッター先でラブラブな家族生活はじまりました

波木真帆

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ひとつのお願い

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「おいで」

僕は小さなソファーを背もたれにして、碧斗くんを右腕で抱きしめて絵本を開いた。
難しい言葉を碧斗くんにもわかりやすく変化させながら、表情や声に抑揚をつけ、絵本を読み進めていく。

「わぁー! どうなるの?」
「だいじょうぶかなー?」
「すごい、すごーい!」
「がんばれー、がんばれー!」

隣で目を輝かせて主人公の男の子と一緒に冒険している碧斗くんがたまらなく可愛い。

「これからも、冒険は続いていくのです。おしまい」

パタンと絵本を閉じると、僕の足に両手を置いて目をキラキラさせて見上げてくれる。

「すっごくおもしろかったー! はるかちゃん、えほんよむのじょーずだね!」

「ありがとう」

こんな小さな子に褒められるとなんだかとっても心が温かくなってくる。

「本当に上手だった」

「えっ?」

突然聞こえた声に驚いてそちらに顔を向けると、西条さんがサークルの外で絨毯に座って僕たちを見ていた。
いつの間に来ていたんだろう。全然気づかなかった。

「驚かせて済まない。契約書を完成させて出てきたらあまりにも楽しそうに絵本を読んでいるのが聞こえたんだ。邪魔しないように近くで聞いていたんだが、君の読み方は聞き手の脳と心を刺激する。実に素晴らしいよ」

「あ、ありがとうございます……」

そんなふうに手放しで褒められると照れてしまう。

「いや、久しぶりにこの絵本の楽しさを思い出してよかった。君なら碧斗にもいい影響を与えてくれそうだ。契約書に目を通してくれ」

「はい。碧斗くん、これでちょっと遊んで待っててね」

僕はもってきていたカバンから僕の手のひらより少し小さな車のおもちゃを取り出して碧斗くんに渡した。

「うわ、かっこいい!」

「これ、碧斗くんと出会えた記念のプレゼントだよ」

「ぷれぜんと?」

不思議そうに見上げてくるその表情が、西条さんのそれとよく似ている。やっぱり親子だな。

「そう。碧斗くんに使って欲しいなって。大切にしてくれる?」

「うん! たいせつにする! はるかちゃん、ありがとー!!」

碧斗くんが嬉しそうに車で遊び始めたのを見て、僕はそっとサークルから出た。

「君は本当に子どもの扱いが上手なんだな」

感心した声を向けられて思わず笑みが溢れる。
西条さんは本当に子育てに慣れていないだけなんだろう。

「ただ単純に自分も子どもっぽいからですよ」

笑顔で契約書を受け取り、仕事内容を確認すると家事は全て僕に任せるように変更されていた。

「しばらくはこれで進めて、西条さんの希望があればまた相談の上、付け加えるということでいいですか?」

「それで構わない。料理を作るのに必要な調理家電や食材はそこの電話でコンシェルジュに頼めばすぐに用意してくれる。料金はかからないから君が支払う必要はない」

そのこともはっきり伝えてもらえて助かる。

「あと、給料のことだが家事も全て任せることになるのなら当初の給料では安すぎるだろうから倍に――」

倍? 倍って四百万ってこと?
いやいや、そんなのは法外な給料はさすがに受け取れない。

「給料はそのままでお願いします」

「だが……」

「いえ、本当に。そんなに高額だと困ります」

必死に伝えるとようやく西条さんもわかってくれたようだ。

「それではこれも様子を見てからということにしておこう」

「はい。それでお願いします」

僕が契約書にサインをすると西条さんは安堵の表情を浮かべていた。

「それじゃあ、今日からよろしく頼むよ。友利さん」

「はい。あ、一つだけお願いしたいことがあります」

「なんだ?」

僕からの要望に西条さんは一瞬顔をこわばらせたような気がした。
これまでも何か不快な要望でもされてきたのかと思ってしまうくらい、その表情には嫌悪感が漂っていた。
だが僕の要望は碧斗くんのためだ。

「碧斗くんが混乱しないように、僕の呼び方を遥にしていただきたいです」

「えっ? 呼び方?」

僕の要望があまりにも想像とかけ離れていたのか、一気に西条さんの表情が変わる。
けれど、僕はそのまま話を続けた。

「はい。西条さんと碧斗くんとで僕の呼び方が違うと、子どもは誰のことを呼んでいるのかわからなくて混乱してしまうんです。なので統一させていただきたいです。碧斗くんが僕のことをはるかちゃんと呼んでくれることになったので、できれば西条さんも……はるかちゃんは流石に呼びにくいですかね? それなら呼び捨てでも構いません。同じ名前であれば構いませんのでお願いします」

西条さんは僕の出した要望に驚きの表情をしつつも理解を示してくれた。

「わかった。それなら遥くんと呼ばせてもらおう」

そう言ってくれた時の表情は今日見た中でも一番和らいで見えた。
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