77 / 311
精一杯の謝罪と優しさ
しおりを挟む
<side磯山>
「征哉くん、榊くんへの連絡を頼む」
「はい。電話してきますね」
助手として私の隣にいてくれていた征哉くんに任せておけば大丈夫だろう。
それよりも心配は彼のことだ。
私は目の前で項垂れる直純くんに声をかけた。
「直純くん、大丈夫か?」
「は、はい」
「悪かったね、君には辛い現実を見せてしまった」
母親が警察官に手錠をかけられ、連れて行かれるところを見て冷静でいられるわけがない。
それでも加害者の家族として涙を流してはいけないと思っているのか、必死に涙を堪えたまま座っていた直純くんがいじらしくて声をかけてしまった。
彼はまだ14歳。
本当は彼がどんなに望んでも別室で待機させるべきだっただろう。
けれど、彼の目が真実を知りたいと訴えていた。
あの時すでに母親への不信感を抱いていた彼を納得させるには、同席するのが一番だったのだろうと思う。
「い、いえ。あ、あの……扉の前にいる人って……」
直純くんは、私の謝罪よりも入り口に立ったまま迫田美代が連れて行かれるのを見送る櫻葉会長が気になっているようだ。
「彼は今回私に弁護を依頼した、櫻葉一眞さんだよ」
「じゃあ、母が連れ去った子の……お父さん?」
震える声で尋ねてくる彼に頷いて見せると、ガタンと勢いよく椅子を倒して立ち上がり、櫻葉さんのもとに駆け出して行った。
「直純くん!」
私の声に止まる様子もなく、櫻葉さんの足元に正座したと思ったら
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
と床に額を擦り付け何度も謝罪を繰り返した。
往生際悪くしらを切ったり言い訳ばかりをしていたあの母親は、最後まで決して謝罪の言葉を口にしなかった。
それどころか、息子を置いて逃げ出そうとしていたのに。
本当にこの子はなんて良い子なんだろう。
「君は何も悪くない。だからそんなことしなくて良いんだよ」
彼の隣にしゃがみ込み、背中を撫でながらそう言ったけれど、彼は涙を流しながら顔を横に振った。
「僕が……あのネックレスを見つけた時に何か行動を起こせていれば、その子はもっと早く、お父さんのもとに帰れたかもしれない。でも……真実を知るのが怖くて……何もできなかった僕にも責任があります」
「直純くん……」
まだ中学生の子が、あのネックレスを見つけたからといって行動できるはずがない。
それなのに、こんなにも自分を責めるなんて……。
それほどこの事件は彼の心を抉ったのだろう。
櫻葉さんはそんな彼をじっと見つめていたが、スッとその場にしゃがみ込み、
「君の母親がしたことは決して許されることではない。私たちが普通に得られるはずだった幸せを勝手な思いだけで無惨にも奪われ、一花を失ったショックで愛しい妻も失ってしまった。たとえ、謝罪されても私が君の母親を許すことは一生ないだろう」
と低く冷ややかな声をかけた。
その声に彼は青褪めながらも小さく頷いた。
「だが、君がどれだけ責任を感じようと、君には一切の責任はない。だから私に土下座などしなくていいよ」
さっきとは打って変わったような優しい声に、直純くんの表情が驚きと共に一気に和らぐ。
手を取って優しく直純くんを立たせた櫻葉さんは、
「辛いことをさせてしまうかもしれないが、君の知っていることを全て教えてほしい」
と声をかけた。
「はい。僕が知っていることを全部話します。あの、その代わりに……」
「どうした?」
「その、母が誘拐の手伝いをした……その子が、今、どうなっているのか教えてほしいです。元気でいるんですよね?」
「直純くん……」
思いがけない交換条件に私も、そして櫻葉さんも顔を見合わせてしまった。
「安心してくれ。私の息子・一花は今は元気にしているよ。先日、実際に会ってきたんだ」
「本当ですか……よかったぁ……」
自分のことのように涙を流して喜ぶ直純くんの姿に、私は胸が締め付けられる思いがした。
<side征哉>
電話を終え、磯山先生たちのいる部屋に戻ると磯山先生と櫻葉会長が横並びに、そして、櫻葉会長の向かいに直純くんが座っていた。
大人たちに囲まれて萎縮せず、必死に母親の犯した罪と向き合おうとしているのか……。
「磯山先生、連絡してきました」
「ああ、征哉くん。ありがとう」
「それから、直純くん。君のお父さんにも連絡を入れて、ここにきてもらうことにしたからね。お父さんともこれからのことを話し合わないといけないだろう?」
「――っ、そう、ですね。はい、父を呼んでくださってありがとうございます」
彼らのこれからの生活を考えれば、きっと前途多難なことだろう。
それでも前を向いていかなくてはいけない。
絶望のどん底に落とされた、櫻葉さんが今日まで必死で生きてきたように。
「征哉くん、榊くんへの連絡を頼む」
「はい。電話してきますね」
助手として私の隣にいてくれていた征哉くんに任せておけば大丈夫だろう。
それよりも心配は彼のことだ。
私は目の前で項垂れる直純くんに声をかけた。
「直純くん、大丈夫か?」
「は、はい」
「悪かったね、君には辛い現実を見せてしまった」
母親が警察官に手錠をかけられ、連れて行かれるところを見て冷静でいられるわけがない。
それでも加害者の家族として涙を流してはいけないと思っているのか、必死に涙を堪えたまま座っていた直純くんがいじらしくて声をかけてしまった。
彼はまだ14歳。
本当は彼がどんなに望んでも別室で待機させるべきだっただろう。
けれど、彼の目が真実を知りたいと訴えていた。
あの時すでに母親への不信感を抱いていた彼を納得させるには、同席するのが一番だったのだろうと思う。
「い、いえ。あ、あの……扉の前にいる人って……」
直純くんは、私の謝罪よりも入り口に立ったまま迫田美代が連れて行かれるのを見送る櫻葉会長が気になっているようだ。
「彼は今回私に弁護を依頼した、櫻葉一眞さんだよ」
「じゃあ、母が連れ去った子の……お父さん?」
震える声で尋ねてくる彼に頷いて見せると、ガタンと勢いよく椅子を倒して立ち上がり、櫻葉さんのもとに駆け出して行った。
「直純くん!」
私の声に止まる様子もなく、櫻葉さんの足元に正座したと思ったら
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
と床に額を擦り付け何度も謝罪を繰り返した。
往生際悪くしらを切ったり言い訳ばかりをしていたあの母親は、最後まで決して謝罪の言葉を口にしなかった。
それどころか、息子を置いて逃げ出そうとしていたのに。
本当にこの子はなんて良い子なんだろう。
「君は何も悪くない。だからそんなことしなくて良いんだよ」
彼の隣にしゃがみ込み、背中を撫でながらそう言ったけれど、彼は涙を流しながら顔を横に振った。
「僕が……あのネックレスを見つけた時に何か行動を起こせていれば、その子はもっと早く、お父さんのもとに帰れたかもしれない。でも……真実を知るのが怖くて……何もできなかった僕にも責任があります」
「直純くん……」
まだ中学生の子が、あのネックレスを見つけたからといって行動できるはずがない。
それなのに、こんなにも自分を責めるなんて……。
それほどこの事件は彼の心を抉ったのだろう。
櫻葉さんはそんな彼をじっと見つめていたが、スッとその場にしゃがみ込み、
「君の母親がしたことは決して許されることではない。私たちが普通に得られるはずだった幸せを勝手な思いだけで無惨にも奪われ、一花を失ったショックで愛しい妻も失ってしまった。たとえ、謝罪されても私が君の母親を許すことは一生ないだろう」
と低く冷ややかな声をかけた。
その声に彼は青褪めながらも小さく頷いた。
「だが、君がどれだけ責任を感じようと、君には一切の責任はない。だから私に土下座などしなくていいよ」
さっきとは打って変わったような優しい声に、直純くんの表情が驚きと共に一気に和らぐ。
手を取って優しく直純くんを立たせた櫻葉さんは、
「辛いことをさせてしまうかもしれないが、君の知っていることを全て教えてほしい」
と声をかけた。
「はい。僕が知っていることを全部話します。あの、その代わりに……」
「どうした?」
「その、母が誘拐の手伝いをした……その子が、今、どうなっているのか教えてほしいです。元気でいるんですよね?」
「直純くん……」
思いがけない交換条件に私も、そして櫻葉さんも顔を見合わせてしまった。
「安心してくれ。私の息子・一花は今は元気にしているよ。先日、実際に会ってきたんだ」
「本当ですか……よかったぁ……」
自分のことのように涙を流して喜ぶ直純くんの姿に、私は胸が締め付けられる思いがした。
<side征哉>
電話を終え、磯山先生たちのいる部屋に戻ると磯山先生と櫻葉会長が横並びに、そして、櫻葉会長の向かいに直純くんが座っていた。
大人たちに囲まれて萎縮せず、必死に母親の犯した罪と向き合おうとしているのか……。
「磯山先生、連絡してきました」
「ああ、征哉くん。ありがとう」
「それから、直純くん。君のお父さんにも連絡を入れて、ここにきてもらうことにしたからね。お父さんともこれからのことを話し合わないといけないだろう?」
「――っ、そう、ですね。はい、父を呼んでくださってありがとうございます」
彼らのこれからの生活を考えれば、きっと前途多難なことだろう。
それでも前を向いていかなくてはいけない。
絶望のどん底に落とされた、櫻葉さんが今日まで必死で生きてきたように。
976
あなたにおすすめの小説
若頭の溺愛は、今日も平常運転です
なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編!
過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。
ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。
だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。
……俺も、ちゃんと応えたい。
笑って泣けて、めいっぱい甘い!
騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー!
※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる