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今日の約束
「どうぞ。座って」
「は、はい」
まだ不安そうな表情が拭えない。
真壁には食事をしながら話そうと伝えていたが、聞いてなかったんだろうか?
それとも二人になったから話だけしてすぐに帰るつもりだったのか?
それなら無理に食事に誘って悪かったのかもしれない。
今時の若い子は、上司やその年代と食事に行くのも嫌がることが多いと聞く。
「食事の前に君の用事を済ませたほうが良かったかな?」
それなら食事は後回しにしようか。
女将に声をかければ止めてもらえるだろう。
だが、彼はプルプルと首を横に振って、震える声で話し始めた。
「あの、お金が……足りないんじゃないかと思って……」
「お金? どういうことだ?」
「あの、さっきの封筒……」
そう言われて、胸ポケットに入れた茶封筒を取り出した。
糊付けしてあった封を丁寧に剥がし中を見る。
そこにはこの国の一番大きな紙幣が、おそらく十枚ほど入っているように見えた。
「これは? なんのお金だ?」
ひと昔前、担当医師に袖の下を渡す患者もいると聞いたが、聖ラグエル病院では全ての医師に現金などの心付けを渡すこと、そして医師のほうもそれを受け取ることを禁止している。私に相談事があるとはいえ、まさかこんな若い子がこんなことをするとは思わなかったが、いったいどういうつもりでこんな金を用意したのだろう?
「あの、だって、僕の処女をもらってくれる代わりに十万円って……だから、僕……貯めてたお金を全部持って今日ここに……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。君の、処女? 十万円?」
彼の必死な様子に、その話が嘘じゃないことが伝わってくる。
でも処女とか、十万円とか一体どういうことだ?
まさか、真壁のやつ。警察官でありながら、私に買春させる気なんじゃないだろうな?
しかもこんな大人しそうな子を……
部下だなんて嘘までついて、本当はこの子は未成年じゃないのか?
いや、ちょっと待て。冷静に考えよう。
あの真壁がそんなことをするとは到底思えない。
「ちょっと待ってくれ。あいつに確認するから」
目の前で涙を浮かべる彼に断りを入れて、ポケットに入れていたスマホを取り出した。
みるとメッセージが入っている。送信者の名前は<真壁冬貴>
今まさに連絡を取ろうと思っていた相手だ。
少し緊張しながら、そのメッセージを開いてみる。
<悪い。部下も仕事になったから今日はキャンセルにしてくれ。時間ギリギリまでわからなくて申し訳ない。今度埋め合わせするから>
は?
一体どういうことだ?
真壁も部下も仕事になって来れなくなった?
じゃあ、この子は一体誰なんだ?
想像していなかった事実に頭の中がだいぶ混乱しているが、とりあえず彼が話していることの確認を取る必要がある。
私は必死に心を落ち着けて彼に話しかけた。
「ちょっと確認したいんだが、今日の約束をしたメッセージのやり取りは残っているかな? もし良かったら見せて欲しいんだけど」
まだ涙を浮かべたままの彼は、静かにポケットからスマホを取り出した。
彼のスマホにはメッセージやその他の類は何も来ていないようだ。
彼はいくつかの操作のあと、私に画面を見せてくれた。
「あの、これです……」
それには「タク」という相手と何度もやり取りしたものが残っていた。
彼が見せてくれたそれはゲイのアプリ。
<僕はライトと言います。ネコの大学生です。誰か僕とホテルに行って処女を貰ってもらえませんか? ホテル代は僕が出します。どうぞお願いします>
そんな彼からのメッセージで始まったチャットには、夥しい数の男からのメッセージが届いていた。
その中で、彼は『タク』という名の男からの猛アタックを受けていた。
そして、彼の指示にしたがって、他の男たちからの通知をブロックし、彼と細かいメッセージを送り合い始めた。
<ホテルに行きたいって、体験したいってことだよね?>
<はい。僕、事情があって直ぐにでも体験したくて……タクさんは僕とえっちしてくれますか?>
<ははっ。積極的なネコちゃんだな。まぁ悪くないけど。それじゃあ、二十万円で君の願いをなんでも叶えるよ。準備できる?>
<えっ、お金……あの、二十万はちょっと厳しいです。十万ならなんとか用意できます>
<そうか。本当は処女の相手なら二十は必要なんだけど、まだ大学生だもんな。いいよ、じゃあ十万で願いを叶えるよ>
<ありがとうございます! あの、いつどこに行ったらいいでしょうか?>
<○月×日の夜六時に△駅のモニュメント近くのベンチにいるよ。メガネをかけているから声をかけてくれ>
そんなメッセージのやり取りが残されていた。
この子はアプリ内で知り合った「タク」という男と十万円と引き換えにアナルセックスを体験する予定だったのか……
なんて危ないことをしようとしていたんだろう。
しかも金まで払って……
「タク」という男はもちろん金目当てだろう。
だが、待ち合わせに現れた子がこんなにも可愛い子だったら、絶対にその辺のホテルに連れ込んで処女を奪うだけ奪って金と共にとんずらするつもりだっただろうな。
「君はこの『タク』という男に会いにあの場所にきたのか?」
「はい。そうです。あの、あなたは……」
私の反応に一気に不安げな表情を見せるが、こんなやつ本人だと思われたくない。
「残念ながらこの『タク』とは別人だよ」
「そんな……」
彼の表情が愕然としたものに変わっていく。
明らかにがっかりした表情に、私はなんとなく違和感を覚えた。
「は、はい」
まだ不安そうな表情が拭えない。
真壁には食事をしながら話そうと伝えていたが、聞いてなかったんだろうか?
それとも二人になったから話だけしてすぐに帰るつもりだったのか?
それなら無理に食事に誘って悪かったのかもしれない。
今時の若い子は、上司やその年代と食事に行くのも嫌がることが多いと聞く。
「食事の前に君の用事を済ませたほうが良かったかな?」
それなら食事は後回しにしようか。
女将に声をかければ止めてもらえるだろう。
だが、彼はプルプルと首を横に振って、震える声で話し始めた。
「あの、お金が……足りないんじゃないかと思って……」
「お金? どういうことだ?」
「あの、さっきの封筒……」
そう言われて、胸ポケットに入れた茶封筒を取り出した。
糊付けしてあった封を丁寧に剥がし中を見る。
そこにはこの国の一番大きな紙幣が、おそらく十枚ほど入っているように見えた。
「これは? なんのお金だ?」
ひと昔前、担当医師に袖の下を渡す患者もいると聞いたが、聖ラグエル病院では全ての医師に現金などの心付けを渡すこと、そして医師のほうもそれを受け取ることを禁止している。私に相談事があるとはいえ、まさかこんな若い子がこんなことをするとは思わなかったが、いったいどういうつもりでこんな金を用意したのだろう?
「あの、だって、僕の処女をもらってくれる代わりに十万円って……だから、僕……貯めてたお金を全部持って今日ここに……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。君の、処女? 十万円?」
彼の必死な様子に、その話が嘘じゃないことが伝わってくる。
でも処女とか、十万円とか一体どういうことだ?
まさか、真壁のやつ。警察官でありながら、私に買春させる気なんじゃないだろうな?
しかもこんな大人しそうな子を……
部下だなんて嘘までついて、本当はこの子は未成年じゃないのか?
いや、ちょっと待て。冷静に考えよう。
あの真壁がそんなことをするとは到底思えない。
「ちょっと待ってくれ。あいつに確認するから」
目の前で涙を浮かべる彼に断りを入れて、ポケットに入れていたスマホを取り出した。
みるとメッセージが入っている。送信者の名前は<真壁冬貴>
今まさに連絡を取ろうと思っていた相手だ。
少し緊張しながら、そのメッセージを開いてみる。
<悪い。部下も仕事になったから今日はキャンセルにしてくれ。時間ギリギリまでわからなくて申し訳ない。今度埋め合わせするから>
は?
一体どういうことだ?
真壁も部下も仕事になって来れなくなった?
じゃあ、この子は一体誰なんだ?
想像していなかった事実に頭の中がだいぶ混乱しているが、とりあえず彼が話していることの確認を取る必要がある。
私は必死に心を落ち着けて彼に話しかけた。
「ちょっと確認したいんだが、今日の約束をしたメッセージのやり取りは残っているかな? もし良かったら見せて欲しいんだけど」
まだ涙を浮かべたままの彼は、静かにポケットからスマホを取り出した。
彼のスマホにはメッセージやその他の類は何も来ていないようだ。
彼はいくつかの操作のあと、私に画面を見せてくれた。
「あの、これです……」
それには「タク」という相手と何度もやり取りしたものが残っていた。
彼が見せてくれたそれはゲイのアプリ。
<僕はライトと言います。ネコの大学生です。誰か僕とホテルに行って処女を貰ってもらえませんか? ホテル代は僕が出します。どうぞお願いします>
そんな彼からのメッセージで始まったチャットには、夥しい数の男からのメッセージが届いていた。
その中で、彼は『タク』という名の男からの猛アタックを受けていた。
そして、彼の指示にしたがって、他の男たちからの通知をブロックし、彼と細かいメッセージを送り合い始めた。
<ホテルに行きたいって、体験したいってことだよね?>
<はい。僕、事情があって直ぐにでも体験したくて……タクさんは僕とえっちしてくれますか?>
<ははっ。積極的なネコちゃんだな。まぁ悪くないけど。それじゃあ、二十万円で君の願いをなんでも叶えるよ。準備できる?>
<えっ、お金……あの、二十万はちょっと厳しいです。十万ならなんとか用意できます>
<そうか。本当は処女の相手なら二十は必要なんだけど、まだ大学生だもんな。いいよ、じゃあ十万で願いを叶えるよ>
<ありがとうございます! あの、いつどこに行ったらいいでしょうか?>
<○月×日の夜六時に△駅のモニュメント近くのベンチにいるよ。メガネをかけているから声をかけてくれ>
そんなメッセージのやり取りが残されていた。
この子はアプリ内で知り合った「タク」という男と十万円と引き換えにアナルセックスを体験する予定だったのか……
なんて危ないことをしようとしていたんだろう。
しかも金まで払って……
「タク」という男はもちろん金目当てだろう。
だが、待ち合わせに現れた子がこんなにも可愛い子だったら、絶対にその辺のホテルに連れ込んで処女を奪うだけ奪って金と共にとんずらするつもりだっただろうな。
「君はこの『タク』という男に会いにあの場所にきたのか?」
「はい。そうです。あの、あなたは……」
私の反応に一気に不安げな表情を見せるが、こんなやつ本人だと思われたくない。
「残念ながらこの『タク』とは別人だよ」
「そんな……」
彼の表情が愕然としたものに変わっていく。
明らかにがっかりした表情に、私はなんとなく違和感を覚えた。
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