息子の幸せを見届けたら、大人な恋が始まりました

波木真帆

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完全な自覚

<side真人>

「ん……」

かすかに身体が揺れる感覚に、ゆっくり意識が浮かび上がった。

瞼を開けると、一瞬ここがどこかわからなかった。
見慣れた天井ではなく、車の中だと気づくまでに少し時間がかかってしまった。

「目が覚めましたか?」

「えっ……」

声に視線を向けると、ハンドルを握る一慶の姿が飛び込んできた。
その顔を見て、さっきまでの記憶が一気に甦った。

小料理屋。
お酒。
金橋。
それから……

「す、すみません。私……」

「大丈夫ですよ。気持ちよさそうに眠っていただけです」

同期に自分の恋心を見られてしまった気恥ずかしさに、つい酒のペースが進んでしまった。
初対面の二人を放置して眠るなんて、申し訳なさすぎる。

それなのに、責める言葉ひとつない。
その穏やかな声に安心する。
でも、その安心と同時に別の不安が押し寄せてきた。

「あの、私……変なことしてませんでした?」

恐る恐る尋ねると、一慶は一瞬だけ目を細めた。

「そうですね……」

「えっ」

まさか本当に何かしたのか。
慌てて身体を起こしかけた瞬間、

「私の膝を枕にして眠ってました」

くすり、と笑い混じりに言われた。

「……っ!」

一気に顔が熱くなる。

「あ、あの……そ、それだけですか? 他に、何か言ったり……」

「それだけですよ」

その言い方が妙に含みを持って聞こえてしまって、余計に恥ずかしい。

ふと、自分にかけられていたジャケットに気づく。
ふわりと香る、一慶の匂い。
夢の中まで感じていた。

「これ……」

「寒そうだったので掛けてただけですよ」

「ありがとうございます」

小さく礼を言いながら、記憶を辿る。
確か、餃子を食べて、ビールのおかわりを……
やめとけ、と言われた声を思い出して、はっとする。

「金橋。呆れてませんでしたか?」

「いいえ。慣れている感じでしたよ」

「ああ……」

それはそれで情けない気がする。

「気にしないでいいですよ。おかげでゆっくりと金橋さんと話せましたし」

「えっ、あの……なんの話を?」

「そうですね……金橋さんのご家族が真人さんと真宙くんのファン、だとか」

笑い混じりに言われて、ちょっとほっとする。
余計なことは言われてないらしい。

「いい同期に恵まれたんですね」

「そうですね……」

和奏を失い、突然小さな真宙との生活が始まって……どうしていいかわからなかったときも、まだ独身だった金橋が手伝いに来てくれて、真宙を見ておくから少し寝ろって言ってくれた。

あのとき、自分以外に真宙を見てくれる人がいるって、それがわかっただけでほっとしたんだ。

「これからは、私と大我が真人さんと真宙くんを守りますよ」

「一慶さん……」

どうしてこの人は、こんなにもまっすぐな言葉をくれるんだろう。
でも、嘘偽りのないその言葉が、この上なく安心させてくれた。

「そろそろ着きますよ」

そう言われて窓の外を見る。

「あれ……ここ」

「もちろん、私の家です」

「でも……」

「言ったでしょう? 真人さんは、私と一緒じゃないと眠れないって。もういい加減、諦めてください」

これまで金橋と飲みに行っても、眠たくなっても本気で寝たことはなかった。
それが一慶が一緒だというだけで、店でも眠ってしまうのだから、もう認めるしかないんだろう。

「お願いします……」

そう告げると、一慶は嬉しそうに笑った。

車がゆっくりとガレージへ入っていく。
エンジンが止まり、一慶が運転席から颯爽と降りていく。
それをぼーっと見ていると、助手席の扉が開く。

「真人さん」

優しく名前を呼ばれる。

「立てますか?」

「た、多分」

そう言って起きあがろうとした瞬間、ふらりと身体が傾いた。
すぐに一慶の腕が私を支える。

「今日は大人しくしておいてください」

そういうと、軽々と抱きかかえられる。

「えっ、ちょ……っ、あの、恥ずかしいですよ」

「今更ですよ。店から駐車場までもこうでしたし」

その言葉にはっとする。
でも眠っている状態と、起きているこの状態でされるのはかなり意味合いが変わってくる。

それでも、「下ろして」という気にはなれなかった。

  ◇◇◇

「昨日、無事に帰れたか?」

ロビーで金橋に会って早々、笑顔で尋ねられた。

「……帰れたよ」

なんとか平静を装って返す。
けれど、金橋はそんな私を見てニヤリと笑った。

「へぇ。帰れた、ねぇ」

「なんだよ、その言い方」

「知ってるぞ。水無瀬さんちに帰ったんだろう?」

「えっ、なんでそれ……」

思わず言葉に詰まる。
私の反応に、金橋は呆れたように肩を竦めた。

「あの状態の藤嶺を一人の家に帰すわけないだろうが」

「う……」

今まで、金橋に送ってもらったことはあるが、それは真宙がいたからだ。

「それに、水無瀬さん……完全に、最初から連れて帰る気だったし」

「……っ」

抱きかかえられて、車に乗せられて。そのまま当然みたいに家へ……

「お前が本気で心を許してる相手なんだなってわかったから、ほっとしたよ」

金橋の言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。

「あの人は、男とか女とか関係なく、お前には、ちょうどいい人だよ」

「そう、だな……」

その言葉に、ようやく力が抜けた気がした。
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