大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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不安定な心

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アマネの葬儀当日の朝、ユヅルの声で目を覚ました。

私の腕の中で穏やかな眠りについていたと思っていたユヅルが、母さん……母さん……と悲しげな声をあげ、つーっと涙を溢したのを見た瞬間、居ても立ってもいられなくなりユヅルを強く抱きしめた。

あれほど思いあっていた親子だ。
もしかしたらアマネの元へ連れていかれるのではという恐怖にユヅルを起こすと、涙に濡れた瞳をそっと開け、目を覚ました。

ああ、よかった。
ユヅルは連れて行かれたりしない。
私のそばにいるのだ。

私の身体にすっぽりと収まるほど華奢な身体をしっかりと抱きしめながら、大丈夫かと問いかけると、アマネの夢を見ていたのだと教えてくれた。

やはりそうかと思いながら夢の話を聞くと、アマネからひとりにしてごめんという謝罪と、ユヅルの母になれたことを喜ぶ言葉をもらったと教えてくれた。

そうか……。
アマネはユヅルへの最期の別れに来たのだ。

ユヅルの幸せを願うアマネが連れて行こうなどと考えるわけがないな。
アマネ……申し訳ない。

ユヅルは最後のときに言えなかったアマネへの思いを告げることができたようだ。
アマネとニコラの子どもに生まれてよかったと。

親にとってはこの上ない幸せな言葉だろう。
アマネも、そしてニコラも喜んでいるに違いない。

ユヅルがそう話してくれたあとで、じっと見つめながら、

「エヴァンさんと……幸せになるって、母さんに言えました」

と少し照れた様子で教えてくれた。

ユヅルがアマネに私のことを話してくれるとは……。
なんという幸せだろう。

私はユヅルを強く抱きしめながら、その想いに応えるために絶対に幸せにすると誓った。

だが、ユヅルから違うと言われ一瞬悲しみに沈んだものの、

「僕もエヴァンさんを幸せにします! だから、二人で一緒に幸せになりましょう」

と笑顔で言ってくれたのだ。

ユヅルは一方的に幸せにされるのではなく、対等にどちらも愛し愛される存在になりたいと願ってくれたのだ。
愛しい恋人にそんなことを言われて嬉しくないわけがない。

二人で幸せになろう!!

その言葉にユヅルが嬉しそうに頷き、私たちはしばらくの間お互いの温もりを感じ続けていた。



朝食を終え、ユヅルは自室に着替えに向かった。
私はそれを見送り、急いでセルジュが用意してくれたスーツに身を包んだ。

光沢のない漆黒のスーツは日本では冠婚葬祭に着用する礼服だと言われている。
しかしながら、私に合うサイズの既成のスーツを日本で見つけることはほぼないに等しい。
このスーツは日本への長期出張の際に、いつも万全の準備を整えてくれるセルジュが用意しておいてくれていたものだ。
何かあった時のために……と用意してくれるものが今回ここで役に立ったというわけだ。

ちょうど着替えを終えたところでスマホへメッセージが届いた。

<あと5分ほどで到着いたします>

短く簡潔なメッセージだが、内容がわかればいい。

私はすぐにユヅルの元にセルジュの到着を知らせにいった。

私の方を振り向いた瞬間、満面の笑みで格好いいと言われて一気に嬉しくなる。
格好いいなんて言葉は今まで腐るほど聞いているというのに、ユヅルに言われただけでこんなにも嬉しいのだからおかしなものだ。

ユヅルの手を取り、玄関を出るとちょうどセルジュの車が到着した。

さっと運転席から出て後部座席の扉を開けたセルジュに、ユヅルが制服を用意してくれた礼を言っていた。
こうやってきちんと礼を言えるものがどれほどいるだろう。
中には甲斐甲斐しく世話をしてくれるセルジュに甘え、やってもらって当然とでもいうような態度を表すものもいる。
ユヅルにはそんな様子は一切見えない。
セルジュに感謝こそすれ、やってもらって当然という意識はないだろう。

セルジュもそれがわかっているからユヅルのためになんでもしたくなるのだろう。
そういえば、セルジュの相手もユヅルによく似ているな。
だからこそ余計ユヅルの世話をしてあげたくなるのかもしれない。

車に乗り込み、一路アマネの葬儀会場へ向かう。

雲ひとつない澄み切った青空の中、アマネは天国へと旅立つのだ。
その最期のお別れへ向かう車中で、ユヅルは茫然と外を見たまま身動きひとつしない。

その様子に少し心配になる。

大丈夫だというユヅルの言葉とは裏腹に声は震え、顔は青褪めていた。
やがてアマネの葬儀会場に車が入った途端、ユヅルの身体が震え始めた。

その異変に気づき、私がユヅルを抱きしめるのと同時に、セルジュも車を停めた。

おそらく急に現実味を帯びてきたのだろう。
アマネと別れることに。

まだ受け入れられないでいるのかもしれない。
それはそうだ。
あまりにも突然の出来事で、しかもまだユヅルは18なのだから。

私はユヅルをしっかりと胸に抱き、大丈夫、私がついているからと耳元で囁き続けるとしばらくしてようやくユヅルの頬に血色が戻ってきた。

気丈にも大丈夫だといい、アマネの元にいくと言ったユヅルをエスコートしながら、会場へ向かうとそこは色とりどりの花で埋め尽くされ、ユヅルは感嘆の声をあげた。
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