大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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父上の思い

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『旦那さま、ユヅルさまのフランス語の上達ぶりは目を見張るものがありますよ』

『そうか、ジュールがそう言うなら本物だな。ユヅルとの意思の疎通もできているのだろう?』

『はい。リュカさまが難しい言葉を優しい言葉に変えてお話ししていらっしゃったので、私もできるだけわかりやすく、そしてゆっくりとした口調でお話ししましたら、理解していただくことが増えて直接お話しできるようになりましたよ』

『やはりリュカを頼んで正解だったな。仲が良い相手との言語習得は早いと言うからな』

『旦那さま。私にも日本語をお教えいただけませんか?』

思いがけないジュールからの申し出に私は驚きの声をあげた。

『何? ジュールが日本語を? どういう風の吹き回しだ?』

『来月、日本からご友人方がお見えになるのでございましょう?』

『ああ、この屋敷にも滞在させるつもりだ。まぁ彼らも新婚旅行がてら来るのだがらそう長くはいないだろうが……』

『皆さまがお越しになるのを、ユヅルさまが随分と楽しみにしていらっしゃって……実は、お写真を拝見したのですよ』

『そうなのか、で、どうだった?』

「それが皆さま、ユヅルさまとよく似た可愛らしいお方ばかりでございましたよ。フランス語はお話にならない方が多いようでございますが、挨拶を練習してくださっているのだそうです。ですから、私もおもてなしさせていただく身としましては、日本語の挨拶くらいはと思いまして……』

『ふふっ。ジュールにそんな思いを抱かせるようになるとはな……。わかった。じゃあ、毎日教えるとしよう』

『旦那さま……ありがとうございます』

ジュールの年齢で新しいことを学ぶのはかなり勇気のいることだと思うが、それもユヅル効果か。
まぁ、あれほど一生懸命学ぼうとしている者をずっと近くで見ていれば、そんな気になるのも不思議はない。
ジュールがアヤシロやその友人たちを日本語を覚えてでももてなしたいという気持ちの中には、この屋敷で大切な存在であるユヅルの客人だからということもあるのだろう。
それほど、ユヅルがこの屋敷の中で丁重に扱われていることを示す証なのだから。

それからは毎日ほんの少しの時間であるが、ジュールに言葉を教えるのが私の日課になっていた。

そんなある日。
久しぶりに仕事が早く片付いた私はユヅルが勉強をしている部屋に向かった。

いつもはモニター越しに見ているが、今日は直に勉強している姿でも見られるだろうか……。
それともちょうど今頃はユヅルが楽しみにしている休憩時間だろうか……。

そんなことで浮かれている自分に笑ってしまいながら、部屋の扉を開けると

「わぁーっ! 早くエヴァンさん帰ってこないかなぁ!!」

とユヅルの嬉しそうな声が飛び込んできた。

ユヅルが私が来るのを心待ちにしている。
それだけで胸が高鳴る。

それでも冷静を装って、

『なんだ、今日はかなり盛り上がっているようだな』

と何食わぬ顔で声をかけると、ユヅルは突然の私の登場に驚きながらもいつにもまして嬉しそうに私の元へ飛び込んできた。

『エヴァンっ!! お仕事、お疲れ、さまっ!』

辿々しいフランス語ながら、私への思いで溢れているその言葉は私をこの上なく幸せな気持ちにさせてくれる。
トンっと勢いよくぶつかってくるが、ユヅルの小さな身体なら受け止められないはずもない。

ユヅルを受け止めながら、挨拶を交わしユヅルの唇にキスを贈る。
ほんの数時間離れていただけだが、仕事で疲れた私にはこのキスが何よりも癒しなのだ。

私との挨拶でほんのり頬を染めたユヅルが

「あのね、パピーがエヴァンさんの秘密基地を教えてくれたの」

と興奮したように話し出す。

一瞬秘密基地がなんのことかわからなかったが、木の上の家と言われて一気に思い出した。

なるほど。
それであんなに興奮していたのか。
ふふっ。可愛らしいな。

ところが、てっきり話を聞いたから興奮しているのかと思ったら、それを見に行きたいと言い出した。

今でも手入れがしてあるから問題はないだろうが、20年以上前に作ったただのお遊びの家だ。
あんなところに連れて行って喜ぶだろうかと思ったが、

「エヴァンさんの思い出みたいです! だめ、ですか……?」

と可愛くねだられては拒むこともできない。
了承すれば、目を輝かせて

「わぁーっ! エヴァンさん、大好きっ!!」

と抱きついてくる。

少し悪ノリして、お礼なら唇にユヅルからのキスが欲しいと言えば、ユヅルは顔を赤らめながら私の唇にキスを与えてくれた。

ああ、やはりユヅルからのキスは格別だな。
何よりも変え難い幸せだ。

早速行きたい! と言い出したユヅルを抱きかかえ、ツリーハウスのある庭へと移動する。
もちろん、我々の到着前に先に点検に行かせたがなんの問題もなかった。
夕方になって少し肌寒いがブランケットをかければまだ大丈夫だろう。

護衛であるリュカも一緒だ。
だが、決して我々の邪魔をせず空気のように穏やかにそばについているからきっとユヅルにはなんの緊張もないだろう。
それでいい。
守られていると思うと身体に変な緊張が走って、いざという時動けなくなるものだからな。

「ほら、ユヅル。あの木の上にあるのがそうだよ」

指さすと、ユヅルは一気に顔を綻ばせた。

「わぁーっ! 本当に木の上にお家がある!! しかも思ってたよりもずっとずっと大きくて可愛いっ!」

私の腕の中で興奮した様子を見せるユヅルを愛おしく思う。

父上、いつかこのツリーハウスで孫と一緒に……と願っていたあなたの期待には応えられませんでしたが、あなたが作ってくれたツリーハウスはあなたが可愛がっていたニコラとアマネの息子……そして、あなたの息子の大切な伴侶をこんなにも喜ばせていますよ。

あなたのおかげです、父上。

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