48 / 177
父上の思い
しおりを挟む
『旦那さま、ユヅルさまのフランス語の上達ぶりは目を見張るものがありますよ』
『そうか、ジュールがそう言うなら本物だな。ユヅルとの意思の疎通もできているのだろう?』
『はい。リュカさまが難しい言葉を優しい言葉に変えてお話ししていらっしゃったので、私もできるだけわかりやすく、そしてゆっくりとした口調でお話ししましたら、理解していただくことが増えて直接お話しできるようになりましたよ』
『やはりリュカを頼んで正解だったな。仲が良い相手との言語習得は早いと言うからな』
『旦那さま。私にも日本語をお教えいただけませんか?』
思いがけないジュールからの申し出に私は驚きの声をあげた。
『何? ジュールが日本語を? どういう風の吹き回しだ?』
『来月、日本からご友人方がお見えになるのでございましょう?』
『ああ、この屋敷にも滞在させるつもりだ。まぁ彼らも新婚旅行がてら来るのだがらそう長くはいないだろうが……』
『皆さまがお越しになるのを、ユヅルさまが随分と楽しみにしていらっしゃって……実は、お写真を拝見したのですよ』
『そうなのか、で、どうだった?』
「それが皆さま、ユヅルさまとよく似た可愛らしいお方ばかりでございましたよ。フランス語はお話にならない方が多いようでございますが、挨拶を練習してくださっているのだそうです。ですから、私もおもてなしさせていただく身としましては、日本語の挨拶くらいはと思いまして……』
『ふふっ。ジュールにそんな思いを抱かせるようになるとはな……。わかった。じゃあ、毎日教えるとしよう』
『旦那さま……ありがとうございます』
ジュールの年齢で新しいことを学ぶのはかなり勇気のいることだと思うが、それもユヅル効果か。
まぁ、あれほど一生懸命学ぼうとしている者をずっと近くで見ていれば、そんな気になるのも不思議はない。
ジュールがアヤシロやその友人たちを日本語を覚えてでももてなしたいという気持ちの中には、この屋敷で大切な存在であるユヅルの客人だからということもあるのだろう。
それほど、ユヅルがこの屋敷の中で丁重に扱われていることを示す証なのだから。
それからは毎日ほんの少しの時間であるが、ジュールに言葉を教えるのが私の日課になっていた。
そんなある日。
久しぶりに仕事が早く片付いた私はユヅルが勉強をしている部屋に向かった。
いつもはモニター越しに見ているが、今日は直に勉強している姿でも見られるだろうか……。
それともちょうど今頃はユヅルが楽しみにしている休憩時間だろうか……。
そんなことで浮かれている自分に笑ってしまいながら、部屋の扉を開けると
「わぁーっ! 早くエヴァンさん帰ってこないかなぁ!!」
とユヅルの嬉しそうな声が飛び込んできた。
ユヅルが私が来るのを心待ちにしている。
それだけで胸が高鳴る。
それでも冷静を装って、
『なんだ、今日はかなり盛り上がっているようだな』
と何食わぬ顔で声をかけると、ユヅルは突然の私の登場に驚きながらもいつにもまして嬉しそうに私の元へ飛び込んできた。
『エヴァンっ!! お仕事、お疲れ、さまっ!』
辿々しいフランス語ながら、私への思いで溢れているその言葉は私をこの上なく幸せな気持ちにさせてくれる。
トンっと勢いよくぶつかってくるが、ユヅルの小さな身体なら受け止められないはずもない。
ユヅルを受け止めながら、挨拶を交わしユヅルの唇にキスを贈る。
ほんの数時間離れていただけだが、仕事で疲れた私にはこのキスが何よりも癒しなのだ。
私との挨拶でほんのり頬を染めたユヅルが
「あのね、パピーがエヴァンさんの秘密基地を教えてくれたの」
と興奮したように話し出す。
一瞬秘密基地がなんのことかわからなかったが、木の上の家と言われて一気に思い出した。
なるほど。
それであんなに興奮していたのか。
ふふっ。可愛らしいな。
ところが、てっきり話を聞いたから興奮しているのかと思ったら、それを見に行きたいと言い出した。
今でも手入れがしてあるから問題はないだろうが、20年以上前に作ったただのお遊びの家だ。
あんなところに連れて行って喜ぶだろうかと思ったが、
「エヴァンさんの思い出みたいです! だめ、ですか……?」
と可愛くねだられては拒むこともできない。
了承すれば、目を輝かせて
「わぁーっ! エヴァンさん、大好きっ!!」
と抱きついてくる。
少し悪ノリして、お礼なら唇にユヅルからのキスが欲しいと言えば、ユヅルは顔を赤らめながら私の唇にキスを与えてくれた。
ああ、やはりユヅルからのキスは格別だな。
何よりも変え難い幸せだ。
早速行きたい! と言い出したユヅルを抱きかかえ、ツリーハウスのある庭へと移動する。
もちろん、我々の到着前に先に点検に行かせたがなんの問題もなかった。
夕方になって少し肌寒いがブランケットをかければまだ大丈夫だろう。
護衛であるリュカも一緒だ。
だが、決して我々の邪魔をせず空気のように穏やかにそばについているからきっとユヅルにはなんの緊張もないだろう。
それでいい。
守られていると思うと身体に変な緊張が走って、いざという時動けなくなるものだからな。
「ほら、ユヅル。あの木の上にあるのがそうだよ」
指さすと、ユヅルは一気に顔を綻ばせた。
「わぁーっ! 本当に木の上にお家がある!! しかも思ってたよりもずっとずっと大きくて可愛いっ!」
私の腕の中で興奮した様子を見せるユヅルを愛おしく思う。
父上、いつかこのツリーハウスで孫と一緒に……と願っていたあなたの期待には応えられませんでしたが、あなたが作ってくれたツリーハウスはあなたが可愛がっていたニコラとアマネの息子……そして、あなたの息子の大切な伴侶をこんなにも喜ばせていますよ。
あなたのおかげです、父上。
『そうか、ジュールがそう言うなら本物だな。ユヅルとの意思の疎通もできているのだろう?』
『はい。リュカさまが難しい言葉を優しい言葉に変えてお話ししていらっしゃったので、私もできるだけわかりやすく、そしてゆっくりとした口調でお話ししましたら、理解していただくことが増えて直接お話しできるようになりましたよ』
『やはりリュカを頼んで正解だったな。仲が良い相手との言語習得は早いと言うからな』
『旦那さま。私にも日本語をお教えいただけませんか?』
思いがけないジュールからの申し出に私は驚きの声をあげた。
『何? ジュールが日本語を? どういう風の吹き回しだ?』
『来月、日本からご友人方がお見えになるのでございましょう?』
『ああ、この屋敷にも滞在させるつもりだ。まぁ彼らも新婚旅行がてら来るのだがらそう長くはいないだろうが……』
『皆さまがお越しになるのを、ユヅルさまが随分と楽しみにしていらっしゃって……実は、お写真を拝見したのですよ』
『そうなのか、で、どうだった?』
「それが皆さま、ユヅルさまとよく似た可愛らしいお方ばかりでございましたよ。フランス語はお話にならない方が多いようでございますが、挨拶を練習してくださっているのだそうです。ですから、私もおもてなしさせていただく身としましては、日本語の挨拶くらいはと思いまして……』
『ふふっ。ジュールにそんな思いを抱かせるようになるとはな……。わかった。じゃあ、毎日教えるとしよう』
『旦那さま……ありがとうございます』
ジュールの年齢で新しいことを学ぶのはかなり勇気のいることだと思うが、それもユヅル効果か。
まぁ、あれほど一生懸命学ぼうとしている者をずっと近くで見ていれば、そんな気になるのも不思議はない。
ジュールがアヤシロやその友人たちを日本語を覚えてでももてなしたいという気持ちの中には、この屋敷で大切な存在であるユヅルの客人だからということもあるのだろう。
それほど、ユヅルがこの屋敷の中で丁重に扱われていることを示す証なのだから。
それからは毎日ほんの少しの時間であるが、ジュールに言葉を教えるのが私の日課になっていた。
そんなある日。
久しぶりに仕事が早く片付いた私はユヅルが勉強をしている部屋に向かった。
いつもはモニター越しに見ているが、今日は直に勉強している姿でも見られるだろうか……。
それともちょうど今頃はユヅルが楽しみにしている休憩時間だろうか……。
そんなことで浮かれている自分に笑ってしまいながら、部屋の扉を開けると
「わぁーっ! 早くエヴァンさん帰ってこないかなぁ!!」
とユヅルの嬉しそうな声が飛び込んできた。
ユヅルが私が来るのを心待ちにしている。
それだけで胸が高鳴る。
それでも冷静を装って、
『なんだ、今日はかなり盛り上がっているようだな』
と何食わぬ顔で声をかけると、ユヅルは突然の私の登場に驚きながらもいつにもまして嬉しそうに私の元へ飛び込んできた。
『エヴァンっ!! お仕事、お疲れ、さまっ!』
辿々しいフランス語ながら、私への思いで溢れているその言葉は私をこの上なく幸せな気持ちにさせてくれる。
トンっと勢いよくぶつかってくるが、ユヅルの小さな身体なら受け止められないはずもない。
ユヅルを受け止めながら、挨拶を交わしユヅルの唇にキスを贈る。
ほんの数時間離れていただけだが、仕事で疲れた私にはこのキスが何よりも癒しなのだ。
私との挨拶でほんのり頬を染めたユヅルが
「あのね、パピーがエヴァンさんの秘密基地を教えてくれたの」
と興奮したように話し出す。
一瞬秘密基地がなんのことかわからなかったが、木の上の家と言われて一気に思い出した。
なるほど。
それであんなに興奮していたのか。
ふふっ。可愛らしいな。
ところが、てっきり話を聞いたから興奮しているのかと思ったら、それを見に行きたいと言い出した。
今でも手入れがしてあるから問題はないだろうが、20年以上前に作ったただのお遊びの家だ。
あんなところに連れて行って喜ぶだろうかと思ったが、
「エヴァンさんの思い出みたいです! だめ、ですか……?」
と可愛くねだられては拒むこともできない。
了承すれば、目を輝かせて
「わぁーっ! エヴァンさん、大好きっ!!」
と抱きついてくる。
少し悪ノリして、お礼なら唇にユヅルからのキスが欲しいと言えば、ユヅルは顔を赤らめながら私の唇にキスを与えてくれた。
ああ、やはりユヅルからのキスは格別だな。
何よりも変え難い幸せだ。
早速行きたい! と言い出したユヅルを抱きかかえ、ツリーハウスのある庭へと移動する。
もちろん、我々の到着前に先に点検に行かせたがなんの問題もなかった。
夕方になって少し肌寒いがブランケットをかければまだ大丈夫だろう。
護衛であるリュカも一緒だ。
だが、決して我々の邪魔をせず空気のように穏やかにそばについているからきっとユヅルにはなんの緊張もないだろう。
それでいい。
守られていると思うと身体に変な緊張が走って、いざという時動けなくなるものだからな。
「ほら、ユヅル。あの木の上にあるのがそうだよ」
指さすと、ユヅルは一気に顔を綻ばせた。
「わぁーっ! 本当に木の上にお家がある!! しかも思ってたよりもずっとずっと大きくて可愛いっ!」
私の腕の中で興奮した様子を見せるユヅルを愛おしく思う。
父上、いつかこのツリーハウスで孫と一緒に……と願っていたあなたの期待には応えられませんでしたが、あなたが作ってくれたツリーハウスはあなたが可愛がっていたニコラとアマネの息子……そして、あなたの息子の大切な伴侶をこんなにも喜ばせていますよ。
あなたのおかげです、父上。
200
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
届かない「ただいま」
AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。
「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。
これは「優しさが奪った日常」の物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる