153 / 259
第四章 (王城 過去編)
花村 柊 37−1
しおりを挟む
目が覚めるとフレッドに抱きしめられながらベッドの中にいた。
ご飯を食べたところまでは記憶があるからきっとその後寝落ちしてしまったんだろう。
ギュッと抱きしめてくれているのに、怪我をしている足にだけは当たらないように避けてくれているあたり、眠っていてもぼくのことを考えてくれているんだと思うと嬉しくなる。
今日からジュリアン王太子が帰るまではフレッドの仕事もお休みだって言ってたし、バタバタ起きて準備することもないんだ。
じゃあもう少しフレッドの寝顔を見ていてもいいんだよね。
寝ているフレッドを起こさないようにそっと見上げると、濃い赤毛のウイッグからほんの少しフレッドの金色の髪が見える。
ぼくは部屋に入るとすぐにウイッグを外しちゃうけど、フレッドは何かあった時のためにと髪を洗う時以外はほとんど外すことはない。
お風呂上がりでさえすぐに乾かしてウイッグをつけてしまうから、この時代に来てからはほとんど赤毛の印象が強いんだよね。
寝相もいいからウイッグつけたまま寝ても全然乱れないし……。
王族ってみんなこんなに寝相がいいのかな。
凄すぎる。
そっと手を伸ばしてフレッドの地毛に触れると、柔らかくて気持ちがいい。
元の時代に戻ることができたら、その時はこの地毛で何の視線も気にせずに歩けるようになっているんだろうか……。
そうだったら嬉しいけどな。
起きるかな? とドキドキしながら今度はフレッドのほっぺたに触れてみる。
少しチクチクとした感覚に、髭が生えてるんだと気づいた。
今まで朝触れてみたことはあったけど、こんな感覚なかったけどな……と考えて、もしかしたら昨日はぼくの世話が忙しくて自分のお手入れまで出来なかったのかもしれない。
甘えたせいで申し訳なかったなと思いながら、自分のほっぺたを触ってみるとつるつるしていてなんの感覚もない。
そういえばぼく、髭とか生えたことないや。
気にしたこともなかったし、もう少し大人になれば自然に生えるものだと思ってたけど、お父さんも生えているようには見えないし、もしかしたら遺伝的なものなのかも。
ぼくみたいな童顔でも髭でも生えれば少しは大人っぽく見えるんだろうか……と想像して、
『ふふっ』と笑ってしまった。
「何笑ってるんだ?」
「わっ――!」
突然聞こえた声に驚いて見上げると、さっきまで閉じていた目がパチリと開いてぼくをみながら微笑みを浮かべていた。
「悪い、驚かせたな」
「ううん。ぼくこそ起こしちゃって……」
「いいや。幸せな夢を見て目を開けたら天使の微笑みが見えたからまだ夢の中にいるのかと思ったよ」
フレッドってば、いちいち言うことがカッコいいんだよね。
ぼくも言われて嬉しいからいいんだけど。
「ふふっ。幸せな夢って?」
「決まっているだろう。シュウと一緒に過ごしている夢さ」
「それ、夢じゃないじゃない。ぼくたちずっと一緒にいるんだから。ねっ」
「ああ。そうだな。なぁ、シュウ……朝の挨拶がまだだぞ」
そう強請るように近づいてくるフレッドの唇にちゅっと唇を重ね合わせると、フレッドは満面の笑みで
『シュウ……おはよう』と言ってくれた。
「フレッド、おはよう。大好きだよ」
「ああ。私も大好きだ、愛しているよ、シュウ」
もう一度軽いキスをしてから
「さっき何を笑っていたのか、教えてくれないか?」
と尋ねられた。
ああ、あれか。
笑われそうな気もするけど隠すようなことでもないし、いいか。
「あのね、フレッドのほっぺた触ったら髭が生えてたから、ぼくにも生えたらどんな感じかなって想像してたらちょっと面白くなっちゃって……」
「シュウに髭?? ははっ。それはそれで可愛いかもしれないな」
「むーっ、思ってないくせに」
「いや、思ってるよ。シュウに顎髭が生えたら……くっくっくっ。か、可愛いじゃないか」
「もうっ! フレッドっ!」
フレッドの胸を両方の拳でポカポカと叩いたけれど、鍛えまくっているフレッドには何の効果もなかったらしい。
ぼくが叩くのを見ながらフレッドは嬉しそうに笑っていた。
ベッドの中で久しぶりにゆっくりと過ごしてから、そろそろ食事でもしようかとフレッドに抱き上げられた。
あの膝の擦り傷は傷薬のおかげでもう痛みもなさそうだったけれど、フレッドが楽しそうにお世話してくれるから甘えることにした。
一緒に洗面所に行って顔を洗うのを手伝ってもらってから、ふと思いついた。
「ねぇ、そういえば髭の話だけど……」
「ふふっ。シュウの可愛い髭か?」
「もう、違うってば。フレッドのほっぺたチクチクしてたよ。フレッドっていつもいつ髭を手入れしてたの?」
そういうとフレッドは自分のほっぺたに手をやって、
「そういえば昨日の夜は塗るのを忘れていたな」
とポツリと呟いた。
「塗る? それってどういうこと?」
「私がいつも顔を風呂で顔を洗うときに使っているのがあるだろう? あれには髭を溶かす成分が入っているんだよ」
「えーっ、知らなかった。ただの洗顔用の石鹸だと思ってた。じゃあそれを塗るだけで髭が生えないの?
あ、もしかしてぼくの洗顔にもそれが入ってたりする?」
「ふふっ。シュウのは生まれたばかりの赤子が使う肌に優しいものだよ。
私のみたいなそんな強い成分は入ってないし、シュウに使ったら綺麗な肌が台無しになってしまうよ」
ぼくの肌は赤ちゃんと同レベルってことか……。
なんか喜んでいいんだか複雑だな……。
「シュウ、どうだ?」
「うわっ、つるつるだっ! すごーいっ!」
フレッドがそれを塗り、顔を洗うとあっという間にぼくと同じつるつるすべすべの肌に変身した。
当然のように使ってるけど、これ相当すごいよ。
「シュウは私が髭を生やすのはどう思う?」
「えーっ? フレッドに髭……」
ぼくは口髭と顎髭をたっぷり蓄えた昔の偉人ような姿になったフレッドを思い浮かべて、結構似合うかも……と思ってしまった。
「かっこいいかも……」
そうボソリと呟いた言葉にフレッドはすぐに反応して、
「そうか、シュウが髭がある方が好みだというのなら、伸ばしてみるのもいいかもしれないな」
とまんざらでもなさそうな顔で顎を撫でていた。
「あ、でも伸ばしている間はチクチクするから、フレッドと『ちゅー』できないなぁ……」
わざとそう言ってみると、『ええっ? それは困る。やめとこう』とすぐに撤回していたのが可愛かった。
「ふふっ。冗談だよ」
「シュウに揶揄われるようになるとはな」
「でもフレッドのほっぺた、つるつるの方が気持ちいいよ」
そう言ってフレッドのつるつるになったほっぺたにちゅーしてあげると、嬉しそうに抱きしめてくれた。
寝室へと戻り、フレッドはぼくを鏡台の前に座らせた。
そして丁寧にぼくの金色のウイッグをつけてくれて、フレッドが選んだ赤いワンピースを着せてくれた。
フレッドのウイッグと同じ赤い色を選んだのは、ジュリアン王太子に会うことになった時のための牽制のつもりなんだろう。
準備万端整ってからブルーノさんを呼び、部屋に朝食を準備してもらう。
足を怪我しているからと全部食べさせてくれたけど、足の怪我はご飯食べるのに正直関係ないんだけどね。
こんなに甘やかされたら、フレッドの仕事が始まった後寂しくなるなぁなんて思ってしまったから今だけ特別!! と自分に言い聞かせてぼくは束の間の甘やかしを楽しんだ。
食後に紅茶を淹れてもらい、落ち着く香りに癒されていると、
「ジュリアン王太子は落ち着かれたのか?」
とフレッドがブルーノさんに尋ねていた。
「はい。ただいま、アンドリューさまとトーマさまと朝食を召し上がっておられます」
「そうか。それで今日はなにをされてお過ごしになるのだ?」
「今日は午前はアンドリューさまがジュリアンさまを執務室にお連れになって、フレデリックさまのお仕事をさせなさるとのことでございます。午後はトーマさまが畑にお連れになるようでございますよ」
「なら、今日は我々は部屋で過ごすとしよう。シュウも足を怪我していることだしな」
「はい。畏まりました」
ブルーノさんが部屋を出て行ってしばらくはフレッドと2人で会話を楽しんだり、ダラダラとソファーに寝転んでイチャイチャしたりしていたけれど、いつもならフレッドは仕事をしているし、ぼくも絵を描くのに集中している時間で、なんとも時間が経つのが遅い。
もちろんフレッドと一緒に過ごすのは嬉しいし、楽しいんだけど。
「どうも私たちはダラダラと過ごすのに慣れていないようだな」
「ふふっ。そうだね。フレッド、サヴァンスタックのお屋敷でもずっと忙しかったしね。
ここでもずっと働いてるから、フレッドの身体は少しくらい動いていないと落ち着かないのかもね」
「そうだ、シュウ。久しぶりに厩舎に行こうか」
「わぁ、行きたいっ! ユージーンいるかなぁ……」
「ふふっ。その代わり私から絶対に離れてはいけないよ」
「うん、わかった」
心配なのかフレッドはぼくに靴を履かせずに抱きかかえたまま、部屋を出た。
「アルフレッドさま、シュウさま。お出かけでございますか?」
「ああ。ちょっと気分転換に厩舎にでも行って来ようかと思ってね」
「そうでございますか。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
ブルーノさんに見送られながら、僕たちは久しぶりの厩舎へと向かった。
もちろん、ぼくたちの後ろからは騎士さんが三人ついてきてくれている。
厩舎に着くと、『ヒヒーン』と聞き慣れた嗎が聞こえる。
「あっ! フレッド、ユージーンがいるよ!」
「ふふっ。相変わらずシュウはすぐにわかるのだな」
フレッドに抱きかかえられたまま、厩舎を覗くとそこには少し興奮気味に焦げ茶色の毛並みに緑色のふわふわの鬣を揺らしたユージーンがいた。
「ユージーンっ!」
「ヒヒーン」
どうやらユージーンもぼくのことを覚えてくれているらしい。
「ねぇ、フレッド。もう少し近くまで寄れる?」
「ああ。だが、気をつけるようにな」
「わかってるって」
少し興奮気味だったユージーンはぼくとフレッドが近づくと『ほら、触って』とでも言うように顔を近づけてきた。
ふふっ。やっぱり可愛いなぁ。
「アルフレッドさま。奥方さま。ユージーンと中庭で遊ばれますか?」
近くにいた厩務員さんがそう誘ってくれた。
「シュウ、どうする?」
「もちろん、遊びたい!!」
「じゃあ、出してもらえるか?」
フレッドの言葉に厩務員さんは流れるような動きでユージーンを外に出してくれた。
馬房から出てきたユージーンは嬉しそうに尻尾を高く振り、足取りもすごく軽やかで気持ちよさそうだ。
こんないい天気に外に出られて嬉しいのかも。
それともぼくとフレッドに会えたからって思ってもいいのかな。
もう多分ユージーンと遊べる機会はこれで最後かもしれないだろうけど、ユージーンがぼくとフレッドのこと覚えていてくれて嬉しかったな。
「ユージーンは本当に奥方さまがお好きなようですね。
人見知りも強く普段ならどんな者にも威嚇するユージーンが、これほどまでに懐くとは目の当たりにしても本当に信じられない思いでございます」
厩務員さんはすごく驚いた表情をして何度もぼくとユージーンに視線を向ける。
「シュウはユージーンのみならず、我が屋敷にいた気性の荒い馬でもすぐに惹きつけ大人しくさせていたからな。
馬に愛される天賦の才があるのだよ、シュウには」
気性の荒い馬ってサヴァンスタックの厩舎にいたオルフェルとドリューのことかな。
あの2頭も全然暴れなかったしすごく可愛かった。
そうそうあの時、この世界には白いお馬さんがいないって教えてもらって驚いたんだっけ。
ああ、懐かしいな。
フレッドが厩務員さんに声をかけると、
「それは素晴らしゅうございます。気性の荒い馬は我々厩務員でも手懐けるまでに相当の期間を要するのですよ。
それがこんなにも懐くだなんて……本当に羨ましゅうございます」
とユージーンを見ながら何度も言っていた。
「よろしければ、後でユージーンのブラッシングもお願いできますか?」
「えっ、良いんですかっ! やりたいです!」
「ふふっ。ではご用意しておきますね。よろしくお願いいたします」
ぼくたちは最後にブラッシングをすることにして、厩舎から少し離れた中庭をユージーンと散策することにした。
一応背中に乗っても良いようにと鞍もつけてある。
「シュウ、背中に乗ってみるか?」
「フレッドも一緒に乗ってくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
フレッドはヒョイとぼくを抱きかかえたまま、ユージーンに飛び乗った。
本当いつも思うけどよくぼくを抱えたままお馬さんに飛び乗ったりできるよね。
フレッドの身体能力って凄すぎる。
これが普通なんだろうか?
「んっ? シュウ、どうした?」
「いや、フレッドが軽々とユージーンに飛び乗るのがすごいなぁって思って……。
ぼくも練習したら1人で飛び乗ったりできるようになるかな?」
「うーん、そうだな。シュウは私がいつも乗せてあげるから練習などしなくていいよ」
「えーっ、練習したらぼくだってフレッドを乗せてあげられるかもしれないよ」
「はっはっはっ。シュウが私を? それはすごいな。じゃあ、屋敷に帰ったら私の愛馬たちで練習してみるか?
エイベルならシュウが練習するのに適しているだろう」
「うん! 絶対だよ」
フレッドと久しぶりに大声で笑いながら、中庭を散歩した。
「シュウ、どこに行ってみようか?」
「あ、ぼく久しぶりにあそこ行きたい!」
ぼくがフレッドの耳元であの場所を囁くと、フレッドは『ああ、いいな。そこにしよう』とユージーンをそっちに向かわせてくれた。
ゆっくりとした速度のぼくたちの後ろから騎士さんたちもお馬さんに乗ってついてくる。
ユージーンのゆったりとした歩みと、フレッドの胸に抱きしめられている安心感がなんだかとても心地良い。
ああ、こういう時間……本当幸せ。
フレッドに連れてきてもらってよかったな。
到着したのは以前お父さんと一緒に川遊びをした王城の森。
この周辺は川のおかげで過ごしやすい温度になっている上に風が通り抜けていくのが気持ちいい。
木漏れ日が水面に当たってキラキラと輝いているのを見ているだけでもテンションが上がってくる。
ぼくたちはユージーンから降り、2人で川の傍にある大きな岩に座って足を水につけたり、日光浴したり、途中でフレッドが騎士さんにお願いして焼き菓子を持ってきてもらったり、まるでピクニックのように川で楽しい時間を過ごした。
その間、ユージーンも川の水に鼻先をつけたりして気持ちよさそうに過ごしていた。
「川の水、気持ちいいね」
「ああ、そうだな。そういえば、この川で前にトーマ王妃とシュウが遊んでいた時は驚いたな」
「ふふっ。あの時トーマさまのバスタオルが取れちゃって、アンドリューさまが怒ってたよね」
「あれがシュウだったら私も怒っていたぞ」
「だからもうしないって。川遊びするのはフレッドと2人だけの時にする。それなら、別にバスタオルが取れても見られるのはフレッドだけだし」
「――っ! ああ、もう。シュウはこんなところで私を煽るのはやめてくれ。我慢できなくなってしまうぞ」
んっ? 今の話に何か変なところあったっけ?
うーん、よくわからないけど……フレッドがいうなら気をつけよう。うん。
ご飯を食べたところまでは記憶があるからきっとその後寝落ちしてしまったんだろう。
ギュッと抱きしめてくれているのに、怪我をしている足にだけは当たらないように避けてくれているあたり、眠っていてもぼくのことを考えてくれているんだと思うと嬉しくなる。
今日からジュリアン王太子が帰るまではフレッドの仕事もお休みだって言ってたし、バタバタ起きて準備することもないんだ。
じゃあもう少しフレッドの寝顔を見ていてもいいんだよね。
寝ているフレッドを起こさないようにそっと見上げると、濃い赤毛のウイッグからほんの少しフレッドの金色の髪が見える。
ぼくは部屋に入るとすぐにウイッグを外しちゃうけど、フレッドは何かあった時のためにと髪を洗う時以外はほとんど外すことはない。
お風呂上がりでさえすぐに乾かしてウイッグをつけてしまうから、この時代に来てからはほとんど赤毛の印象が強いんだよね。
寝相もいいからウイッグつけたまま寝ても全然乱れないし……。
王族ってみんなこんなに寝相がいいのかな。
凄すぎる。
そっと手を伸ばしてフレッドの地毛に触れると、柔らかくて気持ちがいい。
元の時代に戻ることができたら、その時はこの地毛で何の視線も気にせずに歩けるようになっているんだろうか……。
そうだったら嬉しいけどな。
起きるかな? とドキドキしながら今度はフレッドのほっぺたに触れてみる。
少しチクチクとした感覚に、髭が生えてるんだと気づいた。
今まで朝触れてみたことはあったけど、こんな感覚なかったけどな……と考えて、もしかしたら昨日はぼくの世話が忙しくて自分のお手入れまで出来なかったのかもしれない。
甘えたせいで申し訳なかったなと思いながら、自分のほっぺたを触ってみるとつるつるしていてなんの感覚もない。
そういえばぼく、髭とか生えたことないや。
気にしたこともなかったし、もう少し大人になれば自然に生えるものだと思ってたけど、お父さんも生えているようには見えないし、もしかしたら遺伝的なものなのかも。
ぼくみたいな童顔でも髭でも生えれば少しは大人っぽく見えるんだろうか……と想像して、
『ふふっ』と笑ってしまった。
「何笑ってるんだ?」
「わっ――!」
突然聞こえた声に驚いて見上げると、さっきまで閉じていた目がパチリと開いてぼくをみながら微笑みを浮かべていた。
「悪い、驚かせたな」
「ううん。ぼくこそ起こしちゃって……」
「いいや。幸せな夢を見て目を開けたら天使の微笑みが見えたからまだ夢の中にいるのかと思ったよ」
フレッドってば、いちいち言うことがカッコいいんだよね。
ぼくも言われて嬉しいからいいんだけど。
「ふふっ。幸せな夢って?」
「決まっているだろう。シュウと一緒に過ごしている夢さ」
「それ、夢じゃないじゃない。ぼくたちずっと一緒にいるんだから。ねっ」
「ああ。そうだな。なぁ、シュウ……朝の挨拶がまだだぞ」
そう強請るように近づいてくるフレッドの唇にちゅっと唇を重ね合わせると、フレッドは満面の笑みで
『シュウ……おはよう』と言ってくれた。
「フレッド、おはよう。大好きだよ」
「ああ。私も大好きだ、愛しているよ、シュウ」
もう一度軽いキスをしてから
「さっき何を笑っていたのか、教えてくれないか?」
と尋ねられた。
ああ、あれか。
笑われそうな気もするけど隠すようなことでもないし、いいか。
「あのね、フレッドのほっぺた触ったら髭が生えてたから、ぼくにも生えたらどんな感じかなって想像してたらちょっと面白くなっちゃって……」
「シュウに髭?? ははっ。それはそれで可愛いかもしれないな」
「むーっ、思ってないくせに」
「いや、思ってるよ。シュウに顎髭が生えたら……くっくっくっ。か、可愛いじゃないか」
「もうっ! フレッドっ!」
フレッドの胸を両方の拳でポカポカと叩いたけれど、鍛えまくっているフレッドには何の効果もなかったらしい。
ぼくが叩くのを見ながらフレッドは嬉しそうに笑っていた。
ベッドの中で久しぶりにゆっくりと過ごしてから、そろそろ食事でもしようかとフレッドに抱き上げられた。
あの膝の擦り傷は傷薬のおかげでもう痛みもなさそうだったけれど、フレッドが楽しそうにお世話してくれるから甘えることにした。
一緒に洗面所に行って顔を洗うのを手伝ってもらってから、ふと思いついた。
「ねぇ、そういえば髭の話だけど……」
「ふふっ。シュウの可愛い髭か?」
「もう、違うってば。フレッドのほっぺたチクチクしてたよ。フレッドっていつもいつ髭を手入れしてたの?」
そういうとフレッドは自分のほっぺたに手をやって、
「そういえば昨日の夜は塗るのを忘れていたな」
とポツリと呟いた。
「塗る? それってどういうこと?」
「私がいつも顔を風呂で顔を洗うときに使っているのがあるだろう? あれには髭を溶かす成分が入っているんだよ」
「えーっ、知らなかった。ただの洗顔用の石鹸だと思ってた。じゃあそれを塗るだけで髭が生えないの?
あ、もしかしてぼくの洗顔にもそれが入ってたりする?」
「ふふっ。シュウのは生まれたばかりの赤子が使う肌に優しいものだよ。
私のみたいなそんな強い成分は入ってないし、シュウに使ったら綺麗な肌が台無しになってしまうよ」
ぼくの肌は赤ちゃんと同レベルってことか……。
なんか喜んでいいんだか複雑だな……。
「シュウ、どうだ?」
「うわっ、つるつるだっ! すごーいっ!」
フレッドがそれを塗り、顔を洗うとあっという間にぼくと同じつるつるすべすべの肌に変身した。
当然のように使ってるけど、これ相当すごいよ。
「シュウは私が髭を生やすのはどう思う?」
「えーっ? フレッドに髭……」
ぼくは口髭と顎髭をたっぷり蓄えた昔の偉人ような姿になったフレッドを思い浮かべて、結構似合うかも……と思ってしまった。
「かっこいいかも……」
そうボソリと呟いた言葉にフレッドはすぐに反応して、
「そうか、シュウが髭がある方が好みだというのなら、伸ばしてみるのもいいかもしれないな」
とまんざらでもなさそうな顔で顎を撫でていた。
「あ、でも伸ばしている間はチクチクするから、フレッドと『ちゅー』できないなぁ……」
わざとそう言ってみると、『ええっ? それは困る。やめとこう』とすぐに撤回していたのが可愛かった。
「ふふっ。冗談だよ」
「シュウに揶揄われるようになるとはな」
「でもフレッドのほっぺた、つるつるの方が気持ちいいよ」
そう言ってフレッドのつるつるになったほっぺたにちゅーしてあげると、嬉しそうに抱きしめてくれた。
寝室へと戻り、フレッドはぼくを鏡台の前に座らせた。
そして丁寧にぼくの金色のウイッグをつけてくれて、フレッドが選んだ赤いワンピースを着せてくれた。
フレッドのウイッグと同じ赤い色を選んだのは、ジュリアン王太子に会うことになった時のための牽制のつもりなんだろう。
準備万端整ってからブルーノさんを呼び、部屋に朝食を準備してもらう。
足を怪我しているからと全部食べさせてくれたけど、足の怪我はご飯食べるのに正直関係ないんだけどね。
こんなに甘やかされたら、フレッドの仕事が始まった後寂しくなるなぁなんて思ってしまったから今だけ特別!! と自分に言い聞かせてぼくは束の間の甘やかしを楽しんだ。
食後に紅茶を淹れてもらい、落ち着く香りに癒されていると、
「ジュリアン王太子は落ち着かれたのか?」
とフレッドがブルーノさんに尋ねていた。
「はい。ただいま、アンドリューさまとトーマさまと朝食を召し上がっておられます」
「そうか。それで今日はなにをされてお過ごしになるのだ?」
「今日は午前はアンドリューさまがジュリアンさまを執務室にお連れになって、フレデリックさまのお仕事をさせなさるとのことでございます。午後はトーマさまが畑にお連れになるようでございますよ」
「なら、今日は我々は部屋で過ごすとしよう。シュウも足を怪我していることだしな」
「はい。畏まりました」
ブルーノさんが部屋を出て行ってしばらくはフレッドと2人で会話を楽しんだり、ダラダラとソファーに寝転んでイチャイチャしたりしていたけれど、いつもならフレッドは仕事をしているし、ぼくも絵を描くのに集中している時間で、なんとも時間が経つのが遅い。
もちろんフレッドと一緒に過ごすのは嬉しいし、楽しいんだけど。
「どうも私たちはダラダラと過ごすのに慣れていないようだな」
「ふふっ。そうだね。フレッド、サヴァンスタックのお屋敷でもずっと忙しかったしね。
ここでもずっと働いてるから、フレッドの身体は少しくらい動いていないと落ち着かないのかもね」
「そうだ、シュウ。久しぶりに厩舎に行こうか」
「わぁ、行きたいっ! ユージーンいるかなぁ……」
「ふふっ。その代わり私から絶対に離れてはいけないよ」
「うん、わかった」
心配なのかフレッドはぼくに靴を履かせずに抱きかかえたまま、部屋を出た。
「アルフレッドさま、シュウさま。お出かけでございますか?」
「ああ。ちょっと気分転換に厩舎にでも行って来ようかと思ってね」
「そうでございますか。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
ブルーノさんに見送られながら、僕たちは久しぶりの厩舎へと向かった。
もちろん、ぼくたちの後ろからは騎士さんが三人ついてきてくれている。
厩舎に着くと、『ヒヒーン』と聞き慣れた嗎が聞こえる。
「あっ! フレッド、ユージーンがいるよ!」
「ふふっ。相変わらずシュウはすぐにわかるのだな」
フレッドに抱きかかえられたまま、厩舎を覗くとそこには少し興奮気味に焦げ茶色の毛並みに緑色のふわふわの鬣を揺らしたユージーンがいた。
「ユージーンっ!」
「ヒヒーン」
どうやらユージーンもぼくのことを覚えてくれているらしい。
「ねぇ、フレッド。もう少し近くまで寄れる?」
「ああ。だが、気をつけるようにな」
「わかってるって」
少し興奮気味だったユージーンはぼくとフレッドが近づくと『ほら、触って』とでも言うように顔を近づけてきた。
ふふっ。やっぱり可愛いなぁ。
「アルフレッドさま。奥方さま。ユージーンと中庭で遊ばれますか?」
近くにいた厩務員さんがそう誘ってくれた。
「シュウ、どうする?」
「もちろん、遊びたい!!」
「じゃあ、出してもらえるか?」
フレッドの言葉に厩務員さんは流れるような動きでユージーンを外に出してくれた。
馬房から出てきたユージーンは嬉しそうに尻尾を高く振り、足取りもすごく軽やかで気持ちよさそうだ。
こんないい天気に外に出られて嬉しいのかも。
それともぼくとフレッドに会えたからって思ってもいいのかな。
もう多分ユージーンと遊べる機会はこれで最後かもしれないだろうけど、ユージーンがぼくとフレッドのこと覚えていてくれて嬉しかったな。
「ユージーンは本当に奥方さまがお好きなようですね。
人見知りも強く普段ならどんな者にも威嚇するユージーンが、これほどまでに懐くとは目の当たりにしても本当に信じられない思いでございます」
厩務員さんはすごく驚いた表情をして何度もぼくとユージーンに視線を向ける。
「シュウはユージーンのみならず、我が屋敷にいた気性の荒い馬でもすぐに惹きつけ大人しくさせていたからな。
馬に愛される天賦の才があるのだよ、シュウには」
気性の荒い馬ってサヴァンスタックの厩舎にいたオルフェルとドリューのことかな。
あの2頭も全然暴れなかったしすごく可愛かった。
そうそうあの時、この世界には白いお馬さんがいないって教えてもらって驚いたんだっけ。
ああ、懐かしいな。
フレッドが厩務員さんに声をかけると、
「それは素晴らしゅうございます。気性の荒い馬は我々厩務員でも手懐けるまでに相当の期間を要するのですよ。
それがこんなにも懐くだなんて……本当に羨ましゅうございます」
とユージーンを見ながら何度も言っていた。
「よろしければ、後でユージーンのブラッシングもお願いできますか?」
「えっ、良いんですかっ! やりたいです!」
「ふふっ。ではご用意しておきますね。よろしくお願いいたします」
ぼくたちは最後にブラッシングをすることにして、厩舎から少し離れた中庭をユージーンと散策することにした。
一応背中に乗っても良いようにと鞍もつけてある。
「シュウ、背中に乗ってみるか?」
「フレッドも一緒に乗ってくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
フレッドはヒョイとぼくを抱きかかえたまま、ユージーンに飛び乗った。
本当いつも思うけどよくぼくを抱えたままお馬さんに飛び乗ったりできるよね。
フレッドの身体能力って凄すぎる。
これが普通なんだろうか?
「んっ? シュウ、どうした?」
「いや、フレッドが軽々とユージーンに飛び乗るのがすごいなぁって思って……。
ぼくも練習したら1人で飛び乗ったりできるようになるかな?」
「うーん、そうだな。シュウは私がいつも乗せてあげるから練習などしなくていいよ」
「えーっ、練習したらぼくだってフレッドを乗せてあげられるかもしれないよ」
「はっはっはっ。シュウが私を? それはすごいな。じゃあ、屋敷に帰ったら私の愛馬たちで練習してみるか?
エイベルならシュウが練習するのに適しているだろう」
「うん! 絶対だよ」
フレッドと久しぶりに大声で笑いながら、中庭を散歩した。
「シュウ、どこに行ってみようか?」
「あ、ぼく久しぶりにあそこ行きたい!」
ぼくがフレッドの耳元であの場所を囁くと、フレッドは『ああ、いいな。そこにしよう』とユージーンをそっちに向かわせてくれた。
ゆっくりとした速度のぼくたちの後ろから騎士さんたちもお馬さんに乗ってついてくる。
ユージーンのゆったりとした歩みと、フレッドの胸に抱きしめられている安心感がなんだかとても心地良い。
ああ、こういう時間……本当幸せ。
フレッドに連れてきてもらってよかったな。
到着したのは以前お父さんと一緒に川遊びをした王城の森。
この周辺は川のおかげで過ごしやすい温度になっている上に風が通り抜けていくのが気持ちいい。
木漏れ日が水面に当たってキラキラと輝いているのを見ているだけでもテンションが上がってくる。
ぼくたちはユージーンから降り、2人で川の傍にある大きな岩に座って足を水につけたり、日光浴したり、途中でフレッドが騎士さんにお願いして焼き菓子を持ってきてもらったり、まるでピクニックのように川で楽しい時間を過ごした。
その間、ユージーンも川の水に鼻先をつけたりして気持ちよさそうに過ごしていた。
「川の水、気持ちいいね」
「ああ、そうだな。そういえば、この川で前にトーマ王妃とシュウが遊んでいた時は驚いたな」
「ふふっ。あの時トーマさまのバスタオルが取れちゃって、アンドリューさまが怒ってたよね」
「あれがシュウだったら私も怒っていたぞ」
「だからもうしないって。川遊びするのはフレッドと2人だけの時にする。それなら、別にバスタオルが取れても見られるのはフレッドだけだし」
「――っ! ああ、もう。シュウはこんなところで私を煽るのはやめてくれ。我慢できなくなってしまうぞ」
んっ? 今の話に何か変なところあったっけ?
うーん、よくわからないけど……フレッドがいうなら気をつけよう。うん。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
3,863
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる