1 / 54
ここはどこ?
しおりを挟む
ファミレスでの夜勤のバイトを終えた僕、朝比奈斗希は、早く家に帰って身体を休ませようと自宅に向かっていた。バイト先から徒歩二十分の場所にある古い木造アパートの二階。そこが僕の住まい。
僕の年齢より二倍以上前に建てられたアパートの二階に上がる鉄骨の階段は、長年雨晒しになっているせいで錆びてボロボロになっている。すでに穴が空いているところもあって階段を上がるたびに、今にも崩れ落ちそうな音がしてヒヤヒヤする。
そんなアパートだからこそ、ここはワンルームで家賃二万五千円。トイレは共同。ただ、シャワールームだけはかろうじて部屋についていた。壁も薄く隣の声もまる聞こえだけど、東京でこの安さはかなりの破格だろう。
親からの仕送りもなく、大学に奨学金で通って日々の生活をバイト代で充てている僕にとって、不便でもボロくてもこの安さは何よりもありがたかった。
けれど、このアパートもあと二ヶ月後には出ないといけない。
なぜならここが取り壊されることが決まったから。
アパートの大家さんから引越し代は出してもらえるけれど、この家賃のアパートを探そうとしても見つからないだろう。
家庭教師のバイトの数を増やして頑張っていたけれど、さらに少しでもお金を貯めるためにそれに加えて、夜勤のバイトを始めた。仕事がきついという噂のファミレスを選んだのは、賄いが出て食費が節約できるから。
けれど、この生活を始めて一ヶ月。身体はすでに疲労困憊だ。
今日は大学は午後からだから少しでも身体を休ませておこう。
重い身体を引き摺りながら階段を上がる。
ようやく半分を上り終えた時、足の踏み板に穴が開き、僕はそのまま地面へ転落した。
そうして、気がつくとなぜか僕は深い森の中にいた。
地面に叩きつけられた衝撃はしっかり記憶の中にあるのに、どうして僕はこんな場所にいるのだろう。
考えても全くわからない。けれど不思議なことに身体のどこにも怪我はなかった。
これは夢なのか?
でもひどく喉が渇いている。
ファミレスの仕事から帰ってきて、いつも家で麦茶を一杯飲んで寝るのが習慣になっていた。
我慢しようと思えば我慢できないことはない。けれど一度喉の渇きを感じると飲まずにいられなくなった。
どこかに湧き水か、川はないか。
気持ちを奮い立たせて探してみることにした。
森の中を無闇に歩き回るのはよくない。
それはわかっていても、このままここにとどまってもどうしようもなかったからだ。
ここにいる理由もわからない。とりあえずここがどこなのか、手がかりを見つけないとどうしようもない。
耳を澄ませながら森の中を歩いていく。すると微かに人の声らしき音が聞こえた気がした。
緊張しつつ、その声に向かって歩き出す。
どうかいい人であってくれたら……
けれど、そんな期待は無惨にも打ち砕かれた。
僕の足音を獣か何かと勘違いしたんだろう。
猟銃を構えた男が突然目の前に現れた。
「ひぃっ!」
撃たれる!
咄嗟に頭を両手で庇い、その場にしゃがみ込んだ。
けれど、男は猟銃で撃つことはしなかったが、ツカツカと近づいてきて、あっという間に僕の胸ぐらを掴み地面に押し倒した。
怒りの表情で僕を地面に押し付ける。その力が強くて息ができない。
「うぐっ!」
「お前、どこから来た? この国を滅ぼしに来たのか?」
グイグイと力任せに押さえつけられてそんなことを尋ねられても声が出せない。
必死にもがいて、男の腕にしがみつき思いっきり爪を立てる。
「くっ!」
男の力が弱まった隙に体をぐるりと捻って転がるとやっと新鮮な空気が入ってきた。
「ごほっ。ごほっ」
抑えつけられた胸に手を当てて、必死に呼吸を整える。
思いっきり深呼吸を繰り返してようやく息が落ち着いた。
まだ声が出せなかったが、いきなりの暴力を振るってきた男を睨みつけた。
「なんだ? その挑戦的な目は! この私に刃向かうつもりか!」
カッと目を見開いて近づいた男は、もう一度僕の胸ぐらを掴んだ。
「くそっ、この黒髪を見ているだけで虫唾が走る!」
そう吐き捨てると、男は僕を掴み上げたまま森の奥に入っていく。
そして大きな池に僕を投げ捨てた。
お世辞にも綺麗とは言えない水だったけれど、口に入ってきた水を吐き出すことができないほど僕は喉が渇いていた。それを全て飲み干し、大して深くなかったその池の中に立つと、
「お前、殺されたくなかったらすぐに来い!」
と男に呼びつけられた。
全身ずぶ濡れのまま、池から上がる。男は池のそばに生えていた黄色の花を数本むしり取った。
男が何をしたいのか、全くわからない。
だが、男はその花に溜まった蜜のようなものを手のひらにのせるとそれを僕の髪に擦り付けた。
「なっ、やめて! 何するんだ!」
「うるさい! 大人しくしておけ!」
男は時間をかけて僕の髪にそれを擦り付ける。
そして、次に池の周りの泥を僕の顔に擦り付けた。
それらを終えると満足したように僕を放り出した。
「ふっ、これでいい。これでお前は誰からも気づかれない」
男が一体僕に何をしたのかわからないまま、僕は男に両手を後ろ手に縛られた。
「離せ!」
「静かにしておいたほうが身のためだぞ。この森には獰猛な獣たちがウジャウジャいるんだ。もうすぐ日が落ちる。そうなったらお前はここで奴らの餌になるだけだ。ここに置いていかれたくなかったら大人しくするんだな」
男に連れていかれても結局酷い目に遭わされそうな気がする。
けれど森の奥から聞こえてくる恐ろしい声に僕の思考は停止してしまっていた。
僕の年齢より二倍以上前に建てられたアパートの二階に上がる鉄骨の階段は、長年雨晒しになっているせいで錆びてボロボロになっている。すでに穴が空いているところもあって階段を上がるたびに、今にも崩れ落ちそうな音がしてヒヤヒヤする。
そんなアパートだからこそ、ここはワンルームで家賃二万五千円。トイレは共同。ただ、シャワールームだけはかろうじて部屋についていた。壁も薄く隣の声もまる聞こえだけど、東京でこの安さはかなりの破格だろう。
親からの仕送りもなく、大学に奨学金で通って日々の生活をバイト代で充てている僕にとって、不便でもボロくてもこの安さは何よりもありがたかった。
けれど、このアパートもあと二ヶ月後には出ないといけない。
なぜならここが取り壊されることが決まったから。
アパートの大家さんから引越し代は出してもらえるけれど、この家賃のアパートを探そうとしても見つからないだろう。
家庭教師のバイトの数を増やして頑張っていたけれど、さらに少しでもお金を貯めるためにそれに加えて、夜勤のバイトを始めた。仕事がきついという噂のファミレスを選んだのは、賄いが出て食費が節約できるから。
けれど、この生活を始めて一ヶ月。身体はすでに疲労困憊だ。
今日は大学は午後からだから少しでも身体を休ませておこう。
重い身体を引き摺りながら階段を上がる。
ようやく半分を上り終えた時、足の踏み板に穴が開き、僕はそのまま地面へ転落した。
そうして、気がつくとなぜか僕は深い森の中にいた。
地面に叩きつけられた衝撃はしっかり記憶の中にあるのに、どうして僕はこんな場所にいるのだろう。
考えても全くわからない。けれど不思議なことに身体のどこにも怪我はなかった。
これは夢なのか?
でもひどく喉が渇いている。
ファミレスの仕事から帰ってきて、いつも家で麦茶を一杯飲んで寝るのが習慣になっていた。
我慢しようと思えば我慢できないことはない。けれど一度喉の渇きを感じると飲まずにいられなくなった。
どこかに湧き水か、川はないか。
気持ちを奮い立たせて探してみることにした。
森の中を無闇に歩き回るのはよくない。
それはわかっていても、このままここにとどまってもどうしようもなかったからだ。
ここにいる理由もわからない。とりあえずここがどこなのか、手がかりを見つけないとどうしようもない。
耳を澄ませながら森の中を歩いていく。すると微かに人の声らしき音が聞こえた気がした。
緊張しつつ、その声に向かって歩き出す。
どうかいい人であってくれたら……
けれど、そんな期待は無惨にも打ち砕かれた。
僕の足音を獣か何かと勘違いしたんだろう。
猟銃を構えた男が突然目の前に現れた。
「ひぃっ!」
撃たれる!
咄嗟に頭を両手で庇い、その場にしゃがみ込んだ。
けれど、男は猟銃で撃つことはしなかったが、ツカツカと近づいてきて、あっという間に僕の胸ぐらを掴み地面に押し倒した。
怒りの表情で僕を地面に押し付ける。その力が強くて息ができない。
「うぐっ!」
「お前、どこから来た? この国を滅ぼしに来たのか?」
グイグイと力任せに押さえつけられてそんなことを尋ねられても声が出せない。
必死にもがいて、男の腕にしがみつき思いっきり爪を立てる。
「くっ!」
男の力が弱まった隙に体をぐるりと捻って転がるとやっと新鮮な空気が入ってきた。
「ごほっ。ごほっ」
抑えつけられた胸に手を当てて、必死に呼吸を整える。
思いっきり深呼吸を繰り返してようやく息が落ち着いた。
まだ声が出せなかったが、いきなりの暴力を振るってきた男を睨みつけた。
「なんだ? その挑戦的な目は! この私に刃向かうつもりか!」
カッと目を見開いて近づいた男は、もう一度僕の胸ぐらを掴んだ。
「くそっ、この黒髪を見ているだけで虫唾が走る!」
そう吐き捨てると、男は僕を掴み上げたまま森の奥に入っていく。
そして大きな池に僕を投げ捨てた。
お世辞にも綺麗とは言えない水だったけれど、口に入ってきた水を吐き出すことができないほど僕は喉が渇いていた。それを全て飲み干し、大して深くなかったその池の中に立つと、
「お前、殺されたくなかったらすぐに来い!」
と男に呼びつけられた。
全身ずぶ濡れのまま、池から上がる。男は池のそばに生えていた黄色の花を数本むしり取った。
男が何をしたいのか、全くわからない。
だが、男はその花に溜まった蜜のようなものを手のひらにのせるとそれを僕の髪に擦り付けた。
「なっ、やめて! 何するんだ!」
「うるさい! 大人しくしておけ!」
男は時間をかけて僕の髪にそれを擦り付ける。
そして、次に池の周りの泥を僕の顔に擦り付けた。
それらを終えると満足したように僕を放り出した。
「ふっ、これでいい。これでお前は誰からも気づかれない」
男が一体僕に何をしたのかわからないまま、僕は男に両手を後ろ手に縛られた。
「離せ!」
「静かにしておいたほうが身のためだぞ。この森には獰猛な獣たちがウジャウジャいるんだ。もうすぐ日が落ちる。そうなったらお前はここで奴らの餌になるだけだ。ここに置いていかれたくなかったら大人しくするんだな」
男に連れていかれても結局酷い目に遭わされそうな気がする。
けれど森の奥から聞こえてくる恐ろしい声に僕の思考は停止してしまっていた。
880
あなたにおすすめの小説
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
完結しました。
どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。
王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる