異世界で監禁された僕は助けてくれた公爵さまからこの上ない寵愛を受けています

波木真帆

文字の大きさ
4 / 66

最期の言葉

しおりを挟む
手紙には感染する恐れはないと書かれていたが、とりあえず手袋と防護用のマスクをつける。
二間続きの奥の扉を開けると、暗い部屋の中で生気のない男がベッドに横たわっていた。
これがエヴァンス子爵、か。
その傍らに最期の確認をするための医師が立っている。
私を見ると、静かに頭を下げた。
それにしてもシーツも替えていないのだろうか。
防護用のマスク越しにも異臭がする。

「旦那様。ランチェスター公爵様がお見えになりました」

執事の声に彼はうっすらと目を開ける。
見えているかどうかもわからぬが、私はベッドに近づいた。

「エヴァンス子爵。私はランチェスターだ。これからのことはこの私に全てを一任してくれるな? 理解できたら頷くだけでいい」

声をかけると、弱々しいその顔をほんの僅かだが縦に動かした。それを医師も確認した。念の為、エヴァン子爵の拇印もとっておいたからこれで手続きも楽になる。

「よし、クラウス。すぐに執務室に行って資料を集めるぞ」

エヴァンス子爵には悪いが、ここにいては私の生気まで失われそうな気がする。
クラウスに指示を出し、私もすぐにこの部屋から立ち去ろうとしたのだが、エヴァンス子爵が「う、あ……っ」と言葉にならない声をあげて私を引き止める。

「なんだ?」

「あ、あ……」

何か言いたげなその声は、あまりにも弱々しく何も聞こえない。
だが、自分の残りの命の時間を削ってまで私に伝えたいことがあるのなら聞くしかないだろう。

「エヴァンス子爵。何を言い残したいのだ?」

彼の顔に耳を近づけたその時、うっすらと声が聞こえた。

「ち、ぁ……し」

それだけ告げ、エヴァンス子爵の声は聞こえなくなった。
まだかすかに口は動いているがそれもすぐに止まった。
傍らに立っていた医師が彼の命が燃え尽きたことを確認する。
彼の命の灯火が尽きたのだ。

彼の最期の言葉は私にしか聞こえなかっただろう。
彼は私に何を伝えたかったのか……
それを考えなければいけないが、この屋敷の後始末を引き受けた以上先にやらなければいけないことがある。

「エヴァンス子爵は息を引き取った。これからのことは私が指示を出す。すぐに動け」

エヴァンス子爵の弔いの準備を進めながら、私は執務室に置かれた資料から使用人たちのこれまでの給金を計算する。
念の為に親戚連中にも死去の報告のための早馬を飛ばしたが、同時に葬儀などは行わないことも併せて伝えておいた。
元々付き合いを止めている者たちだ。彼が死んだからといって弔いにわざわざやってくることはないだろう。

通常なら火葬までに数日かかるが、そこまでは待っていられない。
隣国だが、大国であるフィオラード王国唯一のランチェスター公爵家の力は強い。
かなり無理を通したが、即日火葬を行うことが認められ、エヴァンス子爵の亡き骸はすぐに火葬場へ運ばれていった。
それでも完全に骨になるまでに数時間かかる。その待ち時間を利用して使用人たちに未払いの給金と次の仕事のための紹介状を渡してやった。
彼らはようやく安堵の表情を浮かべたが、金と紹介状を手にするとすぐにでもこの家を出て行きたいと言い出した。
とりあえず執事だけを残して、他の使用人たちを先に出て行かせた。

「其方も早く出て行きたいのだろうが、少し話を聞かせてほしい」

そう告げると、執事は頭を下げ、私の言葉を待っているようだった。

「エヴァンス子爵のことだ。彼には持病がったのか?」

「いいえ。旦那様は森に行かれるまでは元気でお過ごしでいらっしゃいました。私たちは午後、数時間ほど旦那様のご用事でこの家を空けることになっており、その用事を済ませて戻ってきたところ、部屋でお倒れになっている旦那様を発見いたしました。すぐにお医者をお呼びしましたが、その時にはすでに意識もなく回復の見込みはないとのことでございました」

「それで、私に手紙を送ったと言うわけだな?」

執事は「突然ご連絡を差し上げ、大変失礼いたしました」と深々と頭を下げる。
本当に急な出来事だったようだ。

最初は使用人たちが毒でも持ったのかと思ったが、それは後のことを考えて無さすぎる。
もし、私が手紙をもらっても反応をよこさなければ彼らはいつまでもここから離れられないのだから。
だが、それにしては持病もないのに急すぎる。

森で何か毒物でも口にしたのか?
いや、それなら身体に反応が出るだろうし、医師が気づかないわけがない。
そもそも自生している毒物は即効性のものしかないはずだ。
じわじわと命を縮めるなんてものはない。
それなら……

「あの、もうお話がなければ私もおいとましてもよろしいでしょうか?」

考え込んでいた私に執事が申し訳なさそうに問いかける。
これ以上は無理か。

「ああ、わかった。最後までご苦労だった」

私の声掛けに執事はうっすらと涙を浮かべ、部屋を出ていった。

本音を言えば火葬を終えるまでの間、執事だけでも残って欲しいと思ったが、あの窶れ具合を見れば引き止めるのも可哀想に思えてくる。結局、私とクラウス、そしてヨハンだけが残り、エヴァンス子爵の最期を見守ることとなった。
使用人たちが誰も残らないとは少し彼が可哀想に思えてくるが、この惨状でここまで残っていただけでも温情があったと思うべきなのか。

だが、ただでさえ静まり返っていた屋敷が我々三人だけになり、余計に静けさを感じる。
落ち着かないがどうすることもできない。

「旦那様。紅茶をお淹れしましょう」

「そうだな。頼む」

クラウスが我が家から持ってきた紅茶を淹れてくれてようやく一息ついた。
心にほんの少し余裕ができたことで、私はエヴァンス子爵の最期の言葉を思い出した。

そういえばあれは何を伝えたかったのか……

彼の言葉をもう一度頭の中で反芻する。
ち、あし……ち……
そして、思いついた言葉は……

「そうか! 地下室!」

地下室に何かがある。それしか考えられなかった。
しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています

水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。 「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」 王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。 そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。 絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。 「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」 冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。 連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。 俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。 彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。 これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...