南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

波木真帆

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悠真と過ごす時間のために

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「あの、私……今日は西表に戻らないといけないんですが……」

「ええ、大丈夫ですよ。私も一緒に行きますから」

「えっ、でも伊織さん……ここのホテルには2泊されるご予定でしたよね?」

「その予定でしたが、それは悠真と恋人になれる前に決めていたことですから。
今の私は少しでも長く悠真と一緒に居たいんです。それとも、私が一緒だと……迷惑でしょうか?」

「いえ、迷惑だなんてそんなっ! 伊織さんと一緒に西表島に戻れるなんて嬉しくて……私の好きな場所、全部伊織さんに案内したいです」

「くっ――!」

いつも彼の潤んだ瞳で『ダメですか?』と問われて慌てさせられるのが悔しくて、私も一度くらい同じように慌てさせてみたいという浅はかな考えを目論んだのだが、彼の無自覚な言葉にあっという間に胸を貫かれてしまった。

やはり私は悠真には一生勝てないのかもしれない。
いや、それでいい。

私はいつでも悠真にドキドキさせられる方がいいんだ。


玄関のチャイムが鳴り、まだ食事には早いと思っているとどうやら頼んでいた悠真のスーツがクリーニングから戻ってきたようだ。

急いで玄関まで取りに行こうとする悠真を制して、私が受け取りに行った。

なんと言っても悠真の寝起きのあの可愛らしい顔など誰にも見せるわけにはいかない。
それにあんなに魅力的な浴衣姿を見せるなどもってのほかだ。

スタッフから悠真のスーツを受け取りながら、私はこれからのことを考えていた。

それというのも悠真のあの無防備さだ。
恋人となった今、これから先、西表に1人で残しておくのが心配になってしまう。
なんとかして、少しでも早く私もこちらに移住する方法を考えなければな。
K.Yリゾートの顧問弁護士を引き受け西表に腰を据えるのも一つの手だが、東京に開業したばかりの事務所もあることだし、悠真との将来を考えてもすぐに結論を出すのは早計だな。

そんなことを延々と頭の中で考えながら、受け取ったスーツを悠真へと渡す。

彼はお礼を言ってそれを受け取るとそのまま寝巻きにしていた浴衣の帯をスーッと外した。
そして惜しげもなく綺麗な肩を見せながらゆるりと浴衣を脱いでいく。

絵画のように美しいその姿を私は声も出せずにただ黙って見つめていると、私の不躾な視線に気づいたのか彼がハッと顔を赤らめながら、脱いだ浴衣を拾い上げそっと身体を隠した。

「す、すみません……つい、いつもの癖で」

悠真の身体なら昨夜もう隅々までしっかりと目に焼き付けているというのに、こんなにも恥ずかしがるなんてどこまで初心うぶなんだ、私の可愛い恋人は。

「謝ることなんて何もないよ。朝から悠真の美しい肌が見られるなんて私は幸せなのだから」

彼をそっと抱きしめ、綺麗に艶めく髪にそっとキスを贈ると、

「私の身体、お好きですか?」

と上目遣いに尋ねられる。

ほんのりと頬が赤くなっているから、きっと照れているのだろう。
そんなふうに照れながら可愛い質問をしてくる彼が愛おしくてたまらない。

「もちろん。ですが、身体だけじゃなくて悠真自身が好きなんです。誰にも触れさせないでください」

「……伊織さんも……」

「えっ?」

「伊織さんも誰にも触れさせないでください。もう、私のものですよね?」

「くっ――! ああ、もちろんです。私はもう全て悠真のものですよ」

「ふふっ。嬉しいっ」

ギュッと悠真を抱き締めると、彼の吸い付くような心地良い素肌の感触にあっという間に昂りそうになる。
こんな朝っぱらから欲望に塗れているなど悠真に知られては恥ずかしい。
必死に昂りを抑えながら、私は愛しい悠真を抱きしめ続けた。


部屋で朝食をとり、そろそろホテルを出る時間になった。

昨夜の時点で今日出発することを伝えていたから、ホテルの入り口には私の車がきちんと用意されていた。
彼の壊れてしまった車は、あの女が故意に故障させた証拠物件として警察が既に運んでしまっていた。

支配人は迷惑をかけてしまったことを深く詫びていたが、まぁどれも私と悠真が出会うきっかけになったと思えば全てが悪いことばかりでもない。

ただ、悠真に怖い想いをさせたあの女を許すつもりは毛頭ないが。


ホテルを出て助手席に悠真を乗せ一路、離島ターミナルへと向かう。

「そういえば、今回は石垣への出張でしたが悠真は出張は多いんですか?」

「そうですね……ほとんどは西表にいますが、石垣への出張は多くて月に三度くらいでしょうか。
あとは、東京の倉橋に届け物がてら、イリゼホテルで浅香さんと新しいツアー企画の打ち合わせや会議に参加することもありますので、月に数回は東京へ行きますね」

「そうなんですか。じゃあ、東京でも悠真に会えるんですね。東京での宿泊はイリゼホテルですか?」

「いえ、真琴がいますからその時だけ真琴の部屋に泊めてもらってるんです。ただ……」

東京で悠真と出会えるなら、そのまま私の家に泊まらせればいい。
そう思っていたのだが、そうか……東京には弟くんがいたのだったな。

親元離れて一人暮らしをしている弟を心配するのは当然だ。
しかも倉橋さんの持っている部屋を借りていると言っていたな。
それなら悠真1人くらい余裕で泊まれるのだろう。

私の家に誘うのは無理か……と思っていたが、どうも悠真には憂いがあるようだ。

「何か不都合でも?」

「不都合というか……どうやら最近、真琴に恋人ができたようでその恋人から一緒に住まないかと誘われているみたいなんです」

「なるほど……」

「真琴はしっかりした子ですから、恋人と同棲したからといって勉学に身が入らなくなるタイプではないので、その心配はないのですが……次からはホテルを取らないといけなくなりそうです」

ふふっ。どうやら天は私に味方をしてくれているようだ。

「ホテルは必要ないでしょう?」

「えっ? ですが……」

「悠真は私の家に泊まればいいんです」

「でも、それじゃあ伊織さんにご迷惑では?」

「何を言ってるんですか? 恋人が泊りに来てくれるだなんて嬉しい以外の何ものでもないですよ。
それに悠真がホテルに1人で泊まっているだなんて心配で眠れなくなります。悠真は私を寝不足にしたいですか?」

「いえ、そんなことは決して……」

「ふふっ。なら決まりですね」

無理やり押し通した感は否めないが、悠真と心が繋がっていても、東京と西表で物理的に離れているんだ。
近くで会えるチャンスをみすみす取り逃がすわけにはいかない。

私のあまりにも強硬な様子に呆気に取られたような悠真だったが、すぐに笑顔を浮かべて

「それじゃあ、よろしくお願いします」

と言ってくれた。

よし、これで東京でも悠真との時間を過ごすことができるぞ。
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